園子温さん、初めまして。

SionSono01

映画監督の園子温(その・しおん)という人の話を聞く場所に出かけた。まったく知らない人だった。名前も園子・温(そのこ・おん)なのか、何とお読みするのかさえも知らなかった。最初の自己紹介で本名だと聞いてなぜか安心した。なぜか勝手に正直な人なんだと思った。ペンネームなどで仕事をしていないことに安心したのかもしれない。だんだん彼の話に引込まれて行った。

(気になった言葉をメモしました。禎)

■やってないことは、やっとこう。
(園さんは子どもの頃からそうだったようだ。なんでも経験したことのないことをやってみよう、と思う人だったらしい。小学校になぜ服を着ていくんだろう?と思った園少年は、通学途中で服を脱いで学校に行ったらしい。当然怒られた。じゃあ上半身だけならどうか、下半身だけならどうか、試したそうだ。変ってる小学生。ある意味素朴な小学生。授業の始めと終わりに「起立・礼」をする意味がわからず、先生や親に聞いたが誰も答えてくれなかったそうだ。だから小学校ではずっと起立・礼をしなかったという。好きだわ、その姿勢。禎)

■冒険、実験がなければ、やっても意味が無い。
(園さんはいつも「経験」しようとしているようだ。冒険して実験して成功したこと、失敗したこと、すべて彼の血や肉になっているようだ。禎)

■できないことをやる。やっちゃいけないことをやる。いろんな分野で踏み外さないと、新しいものは生まれない。
(「常識」を疑う、ということだと思った。既成概念や慣習に縛られ過ぎてはダメだということだと思う。「ふつうは、そうしない」ことを、「なぜ?」と考えてみる、やってみることも必要だと。広告の作り方も同じだと思う。禎)

■慣れてはいけない。常に変っていたい。
(どんどん画風が変って行くピカソが好きだと言っていた。賞賛されたスタイルは捨ててどんどん次に行く。あの人の作風はこうだ、と言われたくないと言っていた。立ち止まったら死ぬ、ということだろう。禎)
(ボクが若い頃、師匠の仲畑さんが言っていた言葉を思い出した。仲畑さんは「一度賞を獲った仕事は、若いコピーライターに渡し、自分は違う仕事で賞を狙いに行くんだ」とよく言っていた。「いい仕事は抱え込みたがる。だけど、それじゃ若い人が育たないだろ?」と。どんどん自分が変ること、挑戦すること、冒険することで、成長して行くのかもしれない。逆に言うと、冒険しなければ、成長しないということか。禎)

■女優はイメージを大事にする。役者はイメージを壊していく。
(アクターという職業は、与えられた役を演ずるわけだから、自分のイメージなんていらないんだ、という園さん。全く同感だった。ある映画では悪役、この映画ではまた違った人、それを演じられる役者が好きだな。禎)

■幕の内弁当みたいな映画はダメだ。
(いろんな人にウケようとして、ダメになっている。例えば、最初はスパイシーな本格カレー屋をつくろうと思っていたのに、女性や子どもにも来てほしいという声を聞き、味付けが甘くなり、カレーだけじゃなく中華も食べたい人もいるだろうとラーメンもつくるようになり、結局なんでも食堂になり、なんの印象にも残らない店になる。広告も同じ。こういうことは制作者はとっくに知っている。誰でもわかりそうなことなんだけど、ごく一部のクライアントにわからない人がいまだにいるのが信じられない。禎)
(秋元康さんの言葉を思い出した。「心に残る幕の内弁当はない」あれも言いたい、これも言いたい、あれも入れてくれ、これも入れておこうという広告主に言うことにしている。それすら理解しない場合もあると思うけど。禎)

■日本映画は中身で勝負していない。日本の映画は有名な役者を使えばなんとかなると思っている。それでは、新人が育たない。新人のモチベーションが上がらない。ジョージ・クルーニーだってオーディションで応募してERの端役からブレイクしていった。そういうキャスティングをしたい。
(まったく同感だ。日本の映画やドラマをみるとき、この有名な人がもし知らない役者だったらどうだろう?と思って見てみる。その有名俳優だから見られる内容ならダメだということ。韓国の映画やドラマは中身が面白ければ見入ってしまう。有名な役者かどうかなんて関係なく、「いい役者かどうか」「いいストーリーかどうか」を見ているのだから。禎)

■子どもの絵は、大人に褒められようとし始めるとダメになる。
(この話は、以前TEDカンファレンスでも同じことを言っている人がいた。ピカソも同じことを言っていた。「こどもは皆、芸術家だ。そのままでいることが難しいのだ」。禎)
http://baccano21.wordpress.com/2013/05/28/

■人が好きなものは何だ?と考え過ぎて、自分がいいと思うものを忘れていた時期があった。そういう意味で、『非道に生きる』ということが必要になる。非道に生きると不利になる。しかし勇気を持って行くしかない。人がつくった舗装された安全な道を行くより、自分だけの獣道を歩け、といいたい。そこを歩く覚悟。自分が切り開いた道を通る人がいれば、道は踏みならされ広い道になる。
(「人の意見ばかり気にし過ぎて、自分がどうしたいのかを忘れていた」ということは、ボクにもあった。コピーを書いて人に選んでもらっていた頃。自分の意見がなかった。もっとも広告なんだから「非道」にはなれないが、その「気持ち」はあってもいいのかもしれない。禎)

http://baccano21.wordpress.com/2013/02/18/

(大きなホールの前の方の席に空席が少なかった。その理由がわかった。園監督のフィルムを見ようと思った)

 


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