長友さんを偲んで【稀代】②BAR JADA

クリネタ25号 Photo by 木内和美

稀代(ケッタイ)とは、なんだ?
クリネタおススメの、いい店、おもろい店

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BAR JADA
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地下一階で止まったエレベーターのドアが開くと、そこはBARだった。それはもういきなりBARだった。店はドアを開けて入るモノ、という決まりがあるわけじゃないけれど、ちょっとビックリした。南青山6丁目、骨董通りから根津美術館へ抜ける道を曲がってすぐのビルの地下。BAR JADA(ジャダ)はずっとそこにあった。ずっとあった、というのは、この道は確かに通ったことはあるのだが、このBARには全然気づかなかったから。そしてオープンが1989年というから今年でもう25年になる。ウイスキーでいうとかなりのものだ。

気づかれにくい場所、控えめな看板。オーナーバーテンダーの小澤さんは「そうですね、一見さんはめったにお見えにならないですね」という。「一度お越しになったお客さまのお連れの方がまた別の人といらしたり、その繰り返しでだんだんいろんな方に知っていただけるようになりました」と。一度気に入っていただいたお客さんが別のお客さんを誘い、そのお客さんがまた別のお客さんを連れてくる。まるで、ソーシャルメディアの「いいね!」が拡散して常連さんが増えて行くイマのビジネスモデルだ。しかし、歯が生え替わるようにお店が無くなっては建つ表参道・南青山界隈で、25年もたったひとりでBARをやっている。それはどう見てもすごいことだと思う。その秘密はなんだろう?と探りたくなった。

心地いい緊張感

「く」の字に折れたカウンターに7席だけの小さなBAR。「エレベーターが開いて誰か人の気配は感じるんですが、そのまま黙って上に上がっていくこともよくあるんです。初めて入るBARはお客さまも緊張されるでしょうが、私の方も緊張するんですよ。25年やっていても、それは全然変わらないんです」と小澤さん。たしかにそうかもしれない。狭い店。しかも地下。男気ある風貌の小澤さんだが、どんな人が降りてくるかドアが開くまでわからない。すると一緒に取材をしていた、飲むほうのベテラン長友編集長が『その心地いい緊張感がええのよ。緊張感を愉しむためにBARのカウンターがあるのよ。吉行淳之介も言うてたで。BARの中と外があんまり仲良くなりすぎるのはよくないって』なるほど。さすがBARのベテランである。

お客同士の会話にもある種の緊張感はある。Aというひとりの客とBというバーテンダー。そこにCという別の客。Aとバーテンダー、Cとバーテンダーは知った仲だが、AとCは初対面の客同士だとする。ひとりで飲んでいると、他の客とバーテンダーの会話が耳に入る。なんとなく話が混ざってきて、AとBとCの3人で話すようになる。しかし、お客同士のお互いの深いところまで入り込まないほうがいい。調子にのりすぎないほうがいい。そういう、人との距離感みたいなものをBARで学ぶことがよくあった。

心の中の師匠

「25歳でこの店を始めて、10年くらい経ってからですかねぇ。自分の職業はバーテンダーだと胸を張って言えるようになったのは」やっぱり、10年くらいかかるのか。バーテンダーの小澤さんにとって「師匠」みたいな人はいらっしゃるんですか?と聞いてみた。すると、「心の中にはいます」と即答。ほほう、どんな人なんだろう?「渋谷のJIGGER BARで働いていたとき、教えてくれた先輩がいらっしゃった。その店では接客のマニュアルなどは置かず、基本任せてくれたのですが、そこでの失敗や経験がいまの自分のベースになっています。その方が心の師匠ですかね」バーテンダーコンテストで優勝するとか有名な店で何年働くとか、そういうことではなく、自分の中に「心の師匠」を持ち、自分の仕事に責任を持つ、プライドを持つ。みんなそうして一人前になるんだなぁ。どんな職業も同じかもしれない。

業界用語

「宇多田ヒカルさんが婚約した時スポーツ紙が、お相手の職業を『バーテンダー』と紹介していたんです。うれしくなりましてね。スポーツ紙がちゃんと『バーテンダー』と書いてくれる時代になったかと。昔は『バーテン』とか言われてましたからね」職業名はちゃんとした名前で呼ぶべきですね、とかなんとか話していたら『バーマンとも呼ぶんですよ』と、常連のお客さんが会話に加わってきた。「こちらのTさんは、お仕事でパリやニューヨークのBARをよく回られているんです」と小澤さん。常連のTさんがこんな話をしてくれた。「パリの老舗BARで聞いてみたんですがね。最高のバーマンってなんでしょう?って。そしたらその店のオーナーは、『ひとつのお店で長くバーマンをやっていて、たくさんのお客を持つことだ』と言うんです」あらま、小澤さんのことじゃないですか、最高のバーマン。「お客はバーマンにつくんですよね」とTさん。「客はバーマンにつく」またひとつ、業界用語を覚えた。

シュウマイの冷めない距離

山崎ハイボールをお替りしながら取材を続けていて、お腹がすいてきた。「中華でも、とろか」長友編集長がBARという場所に似つかわしくない発言をした。雀荘に出前、というのはよく聞く話だが、BARに出前、はあまり聞いたことがない。これも南青山で長くお店を構えるもの同士の友情のようなものなのか、すぐ近所にあるチャイニーズレストランDからの出前を取ってくれるという。前菜盛り合わせ、春巻き、シュウマイ、腸詰などなど。助かります。腹ペコでBARに来てしまうことって、けっこうあるんですよね。そんなとき本格中華のお皿を届けてもらえるという老舗BARならではのサービス。まさに「中華が冷めない距離」。ただし、この離れ業をオーダーできるのは、何回か通ってから、なのかもしれない。「一流の店は一流の店から出前をとるのよ」これは長友編集長のお言葉です。

南青山で25年。たったひとりでこのBARをやっているバーマン、小澤さん。怖がらずに一見さんとして行ってみてもいいと思います。「クリネタで見たんですが」と言えばもう一見さんではありませんから。

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BAR JADA

東京都港区南青山6-2-7グレグラン骨董通りビルB1F

03-3797-0561

年中無休18:00~26:00(LO25:30)
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No.25 (2014年03月27日発売)
 クリネタ
http://www.crineta.jp

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