長友さんと一緒に【稀代】⑧ボロンテール

軽く握った右手のグーをカウンターに置き、「○○○○や、っちゅうてんねん」とか言いながら、軽くトンと叩く仕草がありましたなぁ。
クリネタ31号 Photo by 木内和美

「稀代」(けったい)とは、なんだ? クリネタおススメの、いい店、おもろい店

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JAZZ BAR ボロンテール
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長い友だち

赤坂見附の一ツ木通りに、和田誠さんのイラストが飾られた店があるのをご存知だろうか。ビルの2階の窓に飾られているので、歩いていても気づかないかもしれない。店の前を歩くより、舗道の向こう側からのほうがよく見える。サックスを持ったレスター・ヤングと唱うビリー・ホリデー。JAZZ BAR ボロンテールだ。

赤坂に引越してきて4年、その前は明治通り沿いの原宿で34年。1977年オープンの老舗バーである。われらが長友編集長が38年前から通っていたバー。長くお店を続けるのもタイヘンだけど、通い続けるお客さんもタイヘンだ。いや、毎日顔を出すわけではないので、そうタイヘンでもないか。むしろ、そんな長いこと通えるバーがあることが幸せなことだ。お店を友だちに喩えると、長いつきあいの友だち、幼なじみのような友だち。(あ、「長」い「友」さんか)原宿から赤坂に引越しても友だちに会いに行く。友だちが会いにきてくれる。

 

シルバー街

原宿でスタートした当時のボロンテールは、ファッション業界デザイン関係の溜り場だった。そう、セントラルアパートがあった時代。そのあたりには小さな店が何軒かあった。常連さんたちはそこを「シルバー街」と呼んでいて、長友さんは「シルバー街に寄ってから、(新宿の)ゴールデン街に行ってたんよ」だそうだ。

原宿のお店は明治通りの拡幅工事のために立ち退くことになる。そういえばあの、明治神宮前の交差点近くから、明治通りの渋谷方面へ斜めに入っていく道がある。その道を行くと明治通りに合流する三角地帯のような場所があった。ああ、あそこの角だったんですね。角の細いビルで、らせん階段を2階に上がったお店だったそうだ。「和田誠さんの描いてくださった当時のお店のイラストがあるんですよ」とオーナーの坂之上京子さん。週刊文春の表紙に描かれたイラストが額装されて飾ってあった。

幸運なレコードたち

昼はカフェタイム。(弟の聡さんがマスターで、野菜たっぷりパストラミ・ビーフサンドがおススメ)夜はバータイムで、いつも名盤LPのジャズが流れている。お酒の種類よりレコードの数のほうが圧倒的に多い。だって約三千枚。長い年月かけてコツコツ集めた貴重なアナログレコードとジャズメンの肖像画や写真が飾られたバー。

『ボロンテール』とは「ボランティア」の語源となったフランス語で、「気ままな空気」「前向きな、いい空気」といった意味らしい。オーナーの京子さんがつくりたかったお店のイメージ通りのネーミングだ。三千枚ものレコードがあって「お客さまからリクエストがあったらすぐ見つかるのですか?」と聞くと、だいたい何がどこにあるか、頭に入っているらしい。京子さんなりのルールで整理しているそうだ。小柄な京子さんが一番出しやすい位置の棚にはよくかけるアルバムが置いてある。

「この三千枚のレコード、実は危なかったんですよ」と京子さん。原宿を立ち退く日が迫っているのにまだ次の行先が決まっておらず、もう少しレコードだけでも置かせてもらえないか、とお願いするもダメで。仕方なく倉庫を借りてそこに預けることに。それが2011年2月末日。つまり、3.11の直前だったのだ。もしあの時そのまま、原宿の店に置いたままだとたぶんレコードも被害を受けていたはず。もう二度と手に入らない貴重な名盤たちが命拾いした。そう思うと、原宿から赤坂に引っ越さなければならなくなったのも、何か運命なのかも、と思えてくる。

ふたつの心臓

この「ボロンテール」のこの三千枚のレコードは財産であると同時に、オーディオ機器も重要だ。60年代のJBLアンプ。古い曲を聴くのにはやはりその時代につくられたオーディオが合う。JBLというとスピーカーをまず思い浮かべるが、オーナーにとってはこのJBLアンプが大事なのだという。なにしろ2台もあるのだから。「なぜ2台もあるんですか?」と聞くと、「もし壊れたら困るから、予備に」ということ。まさにボロンテールの心臓なのだ。

オーナーの京子さんにレコードの話をお聞きしていると、うれしそうに話してくれる。CDやiPodで音楽を聴くことが当たり前になってきたけれど、そういえばターンテーブルのレコードで音楽を聴いていないなぁ。ボロンテールには、33と1/3回転のLP(ロング・プレイ)、45回転のEP(エクステンディッド・プレイ)、そして、1分間に78回転のSP(スタンダード・プレイ)がある。

音楽好きなお客さんのために、なかなか聴けないSP盤大会やEP盤大会の夜もあるらしい。店内を見渡すと窓の上にロール式のスクリーンがあった。「あれは何に使うんですか?」と聞くと、「トークショーをときどきやるんです」という。映像を見ながら、シャープ&フラッツの原信夫さんによる「戦後のジャズ史」のトークショーも開かれたそうだ。

秘密の蓮の花

白木の曲線のカウンター。オーディオやレコードを収納する棚にも曲線が活かされた内装。「原宿のお店の雰囲気もこうだったのですか?」と聞くと、全然違うのだという。「だって、新しいものをやりたいじゃないですか」と京子さん。

「でもね・・・一か所だけ前の店の名残があるの・・・」と。当時お店に、蓮の花のカタチをした照明器具があった。その照明はもうないのだけれど、その「蓮の花」を模った照明を作ってもらった。それはお店の中の、とある柱の上にさりげなく灯っていた。たしかに蓮の花だ。Kenny Dorhamのロータス・ブロッサムという曲にちなんだのだという。原宿時代からのお客さんも、気づいている人は少ないんじゃないかな。こんどお店に行ったとき、柱の上を見渡して見つけてください。ロータス・ブロッサムです。

常連のリクエスト

若い頃はたくさん買えなかったけど、コツコツ買い集めてきた愛しいレコードたち。「もしかしてビートルズのLPとかもあったりして、アハハ」と冗談のつもりで言ってみたら「あるんですよ」ですって。カウンターからは一番遠い棚の上のほうにあるらしい。閉店時間が近くてお客さんがいないときにかけることもあるという。JAZZ BAR ボロンテールでビートルズを聴けるにはもっともっと常連にならなければリクエストはできないだろう。クリネタを読んで来ましたと言えば、かけてくれるかな。
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JAZZ BARボロンテール
http://volontaire.jp

〒107-0052 東京都港区赤坂5-1-2 赤坂エンゼルビル2F
営業時間   12:00 – 02:00
CAFE TIME  12:00 -19:00 (L.O.18:30)
BAR TIME  19:00 – 02:00(L.O.01:30)

定休日      日曜
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No.31 (2015年秋号)
クリネタ
http://www.crineta.jp

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蛇足:この日の取材のあと、まだ明るい夕方だった一ツ木通りを編集団で歩いていて、セールをしているブティックの前を通りがかる。すると長友さんは「ちょっと見てみる?」と店に入り、これええね、とチェックのシャツを2、3枚ご購入。「なんか旅先のお店で洋服買ってるみたいですね」というと「ゆっくり買いに行く時間がないねん」と。そしてみんなで近くの開高健さんも通っていたBARへ。しあわせな時間でした。


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