長友さんと一緒に【稀代】⑩JAZZ BAR直立猿人

「そないなこともあったかいなぁ」実はこの時の取材の録音が残っているんです。記事に書いていたい部分の長友さんの話も貴重なんだけど、何よりちょっと鼻が詰まったような長友さんの「声」が貴重なんだな、これが。みんなの中に長友さんの声が残っている。クリネタ33号 Photo by 木内和美

「稀代」(けったい)とは、なんだ?
クリネタおススメの、いい店、おもろい店
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JAZZ BAR直立猿人
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そそられる地名
「昨日、〇〇で飲んだんだ」と聞くとき、そそられる地名ってものがある。そのひとつに上げられてもいい街、蒲田。今回のケッタイは蒲田のジャズバー「直立猿人」だ。蒲田駅西口を出て、東急池上線の線路沿いを歩く。ガード下にいい感じの店が並んでいる。ちょっと東京ではないどこかの街に出張に来て歩いているような気持ちになる。

街灯に「バーボンストリート」と書いてある。バーボンの店が多いわけではなさそうだが、まさか、直立猿人に向かう道だからこういう名前なのか?そんなことはないか。やや歩くとそろそろお店がまばらになってくる。そろそろ店がある場所だが・・・と不安になり始めるころに店のちいさな看板が見える。角が駐車場になったとなりのビル。1階が「白鳥」、2階が「燦燦」というスナックのビルの急な階段を上がって3階。

いつも思うのだが、よくまあ毎回毎回「ケッタイ」なお店を見つけるなぁと感心します。さすが長友編集長チョイス。

蒲田のジャズバー直立猿人は今から40年ほど前にオープンしたそうだ。現在のマスターはまだ2年目で、初代のマスターが身体の調子を崩されてバトンタッチされたらしい。初代マスターの写真が飾ってある。ああ、たしかに40年前だ。1976年頃、筆者も大学生だった。その当時のカラー写真の色あせ具合が似ている。しかもファッションもどことなく見覚えがあった。


現在のマスター石崎さんは、まだ2年目なのに、開店当初からいたような風貌。「この店に最初からいたみたいだ」「とても馴染んでいる」「店の名前にぴったりだ!」(←どういう意味?)と称賛があがった。というわけで、今回は、マスターよりもお店に詳しい常連客であられる日本工学院の秋山潔さんにお話を伺うことにします。

絶滅危惧店
「こういうジャズバーが東京からなくなってきてますね」と秋山さん。昔は新宿、中野、下北沢、自由が丘あたりにたくさんあったそうだ。みんなジャズのレコードを聴きに集まって来た。店ではひと言もしゃべっちゃいけない雰囲気もあったそうだ。だから、ちょっとでもしゃべろうもんなら「シーーーッ!」って言われたもんや、と長友さん。当時はオーディオを買うのも、レコードを買うのもカンタンなことではなかったですからね、と石崎マスター。

テーブル席に6、7人。カウンターに4、5人というとても小さなお店。ここでタバコの煙がモクモクしながらみんなでジャズの名盤を聴いていたのですね。「ここで生演奏もやっていたんですよ」と秋山さん。え!このスペースで!この近さで生演奏が聴けるというのはある意味贅沢だなぁ。でも、このビルのあの急な階段を楽器を抱えて登ってくるのはさぞタイヘンだったんじゃないかと想像します。

ふと、副編集長の柴田さんが少しにやけながらシャレたことを言った。「絶滅危惧店ですね」(いいこと言うでしょ的な笑みを浮かべて)言い得て妙だ。こういう店が少なくなるのは淋しいが、変わっていくのが人生よ。だから絶滅する前にもっと来てね、なんだと思う。

オブジェ
春雨サラダ、あさり豆腐、オムライス。黒板に手書きのメニューがある。うまそうだ。と思ったら、今はもう作っていないという。店長が「昔はやっていたんですけど、いまはこれ、オブジェです」といいながらナッツを少し出してくれた。

「ジャズにはつまみはいらないんですよ」と秋山さんが低い声でぽつり。こうやって文章に書くとクサいセリフのように思えるかもしれないけれど、セロニアス・モンクなどを聞きながら、ほんとにジムビームのソーダ割りがすすむ。「ジムビーム、うまいっすね」とつぶやくと、「つまみがジャズなんだよ」と柴田副編集長がさっき秋山さんがおっしゃったことを繰り返した。すいませーん、氷ください。


ぶ厚い本

直立猿人という店の名前はチャーリー・ミンガスのピテカントロプス・エレクトスからきている。この店のことは平岡正明の平民芸術という著書の中、帝国都改造計画―蒲田に裏国連をーというページに出てくる。——-

——-帰りに立ち寄った「直立猿人」のマスターは頑固そうなところがよかった。直立猿人–チャーリー・ミンガス–古い木造家屋三階のジャズ喫茶、したがってフュージョンはない店、だから入ろう。という論理で階段を上ったタキモッちゃんの推理どおり、あまり流行しなくても趣味でリアル・ジャズを守るといったマスターが、一人、マイルスの「死刑台のエレベーター」のサントラ盤をかけていた。——-

——-この中で平岡氏は「音にいま一つ厚みがほしい」と書いてある。なかなか手厳しい。しかし、この本が出版された頃よりこの店の壁や天井にいろんなものが染みついて、ちょうど今頃いい厚みが出せているんじゃないだろうか。

すごい人のサイン
「これ美術セットでつくるとなると、大変だろうね。なかなか再現できないよね」棚の隙間にマスターのタバコとライター。壊れたオーブントースターは貴重品入れになっている。柱のコンセントの周りにはジャズコンサートチケットの半券がびっしり。中には78年横浜大洋vs阪神、なんてのも貼ってある。赤いマジックで何か所にも印がつけられた日本地図。ジャズを聴きながらバーボンソーダを飲みながら、店内を見回すだけでも飽きない。細かいところがいちいちおもしろい。

「有名なラッパ吹きが来たってゆうといて」

長友編集長が壁にサインを書いてほしいと頼まれる。押しピンで貼られたジャズメンの写真がある板張りの壁にササっと描きはじめた。すごいミュージシャンが来たみたいに描きはじめた。「有名なラッパ吹きが来たってゆうといて」クリネタの読者のみなさん、蒲田の直立猿人にお寄りの際は、「このサイン、なんかすごいミュージシャンのサインなんですか?」と聞いてみてください。クリネタ編集長のサインですね、なんて野暮なことは言わないで。


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JAZZ BAR直立猿人
東京都西蒲田7-61-8エンリコビル3F
電話:090-8726-1728(店長石崎さん携帯)
営業時間18:00 – お客様がいなくなるまで
定休日 日曜祭日
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この取材のあと、長友さんがご存知だった蒲田のうまい鳥の素揚げの店にみんなで行った。「もう絶品やねん」その通りだった。あの日はたしか2月の中頃。カメラマンの木内和美さんが男性陣みんなにバレンタインのチョコレートをくれた夜だった。

No.33 (2016年春号)
クリネタ
http://www.crineta.jp

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