『中国毒』

柴田哲孝さんのFBにまた怖そうな本の紹介がありました。
調べたら2014年に初版が出て、その新装版が出たそう。
図書館に初版があったので即手配。買わなくてスイマセン。
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『読み終えた方ならこの「小説」がどれほどの爆弾かよくおわかりであろう。
本を閉じてからの毎日を不安の中で過ごさねばならなくなるはずだ。
それほどまでに身近な恐怖を、この小説はもたらすのである』
(2014年初版の書評より)
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あなたはそれでも、中国食品を食べるのですか?
(新装版あとがきより)
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#中国毒

【Facebookの貴重なやりとり】
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【読後感想文】思った通り、面白かった。
静かに始まり、中盤から止まらなくなるジェットコースターだった。
お決まりの「この作品はフィクションであり・・・」という表記はあるが、
柴田さんの作品にはいつも『ホントはこうなんやで〜』を感じてしまう。
「これだけは言っておきたい!」があちこちの一行に込められている気がする。
今回気になった一行は、これ。
『日本はそういう国だ。中国や北朝鮮と同じように、
国民に真実が知らされることはない。』
これは最近ホントにそう思う。オールドメディアの伝えることや学校の教科書などに誤誘導されないようにしたいと思う。
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読了お疲れ様でした。
中国のトランスジェニック豚の肉が食品に混入していたこと、本当なんですよね。
柴田哲孝 さん、やっぱりそうでしたか!
ボクは気にしてなかったのですが、家人は中国産は買わないようにしてくれてます。
中国国内に「あの病」の患者がいないのであれば、
日本にだけ「中国毒」を輸出してることになりますよね。
なんて国だ!(中国国内で発症していても、発表はされないんでしょうが)

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『下山事件』新橋にて


ただ一冊の本を読んだだけで。
同じ本を読んだ友人と、『会って話しましょうよ!』ということになり、
久しぶりに会った新橋の焼き鳥屋。
『やっぱ、やったのはアイツだよな』と同意。
あー早く最新版を読まなきゃ。 #柴田哲孝さん #下山事件

【Facebookの貴重なやりとり】
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中村 禎
【情熱の薔薇】by ブルーハーツ
永遠なのか本当か 時の流れは続くのか
いつまで経っても変わらない そんな物あるだろうか
見てきた物や聞いた事 いままで覚えた全部
でたらめだったら面白い そんな気持ちわかるでしょう
答えはきっと奥の方 心のずっと奥の方
涙はそこからやってくる 心のずっと奥の方
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菊地 誠
関係者の身内という存在故に核心中の核心の人物に単独迫るシーンこそが、この戦後最大のミステリーを解くたった一つの鍵だったと思います。凄い本です

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柴田哲孝
良い時間ですね。
きっと、近くに私の祖父や矢板玄がいたと思いますよ。
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中村 禎
矢板さんに日本刀を突きつけられた件、柴田さんの「返し」がすごいよねと話していました♪
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柴田哲孝
私も日本刀が好きなので 笑
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CMを見て、その商品を買った。


CMを見て、その商品を買った。

CMを見て、その商品を買うのをやめた。
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先日クルマのタイヤを交換した。
点検したら、タイヤの溝に傷が入っているらしく
次の車検までには交換したほうがいい、というから。
現状に不満はないので、今と同じタイヤでいいかと思っていた時、
あるCMを思い出した。

ブリヂストンの『REGNO FEEL』
ブリヂストンという会社は、
もうずいぶん昔から独自の世界でレグノというタイヤブランドをCMで作ってきた。
たしかショーン・コネリーがCMに出ていた記憶があったので、
調べてみたらなんと、1981年新登場だった。

「そのCMで商品が売れるのか?」クライアントはまずそこを考える。
しかし、そこだけ考えていればいいのか?とも思う。
商品には「今欲しいもの」「いつか買うかもしれないもの」とがある。
今欲しい人はCMの情報より、WEBなどから人の評判を収集する。
とくに高額になればなるほど広告より評判を信じる。
CMを見てすぐ家やクルマを買いに行く人はいない。
CMの重要な役割として
「いつか買うかもしれない人」の記憶にどう残れるか、があると思う。
(買ってみてダメだったら別のを買う、という価格の商品なら話は別だけど)

1990年、緒形拳さんが登場するKIRIN一番搾りデビューの頃のCM。
一緒に仕事をさせていただいたCMプランナー安西俊夫さんは
「15秒のCMに大事なのは、人の24時間のうち、
その15秒以外の時間に、いかに思い出してもらえるか、だよ」
と言っていた。
(安西さんの弟子でもあった岡康道さんも
『読後感』という言葉で同じことを言っていた)

REGNOのCMは、オンエアされていないボクの時間の中に確実に残っていた。
しかも、タイヤを買おうなんて思ってもいない時期に見たCMで。

商品の評判を調べてみると、静粛性がずば抜けているらしい。
(ちょっと値段は高いけど)

ユーザーの声に
「タイヤを交換したショップから道に出る、その段差で違いを感じた」
というコメントを見た。
さすがにそれは大袈裟じゃね?と疑ったけど・・・ホントだった・・・。
カーショップの駐車場を出てから数分走っただけで、
「なんかしっとりしてるゾ」と感じた。(気のせいかもしれないけど)
音楽を消して高速道路を走った時も「なんか静かじゃね?」と感じた。
(数値を調べたわけじゃないけど)

広告に騙されているのかもしれない。
でも、それでもいいと思う。

CMを見て、「あ、いいな」「好きだな」と思う。
「いつか買う時があったら、それも候補にしよう」と思う。
それはもう立派な広告の成果だ。
売上げの数字にすぐには現れない効果だ。
マーケデータというヤツには、この「将来買うかも」の人数はカウントできない。
広告は「いつか買うかもしれない人」のことを忘れてはいけない。

タイヤを換えるつもりもなかったある日に見た
ブリヂストン『REGNO FEEL』 のCM。
映像と音楽にブランドとしての一貫性を感じ、
その商品とその企業に好感を持っていた。
だからボクは、CMで、買った。

広告の競合プレゼンをして、
毎年表現が変わったり、方向性が変わったりする商品や企業がある。
商品を「こども」だとすると、
毎年違う「親」に育てられた「こども」がスクスク育つだろうか。
ボクにとって、REGNOという商品は、
ブリヂストンという家庭で、大切に育てられた「いい子」に見えた。

【余談】
タイヤのブランドは決めた。次は『どこで』換えるか。
カーショップはいろいろあるが、
家から一番近い、以前パンクの修理をお願いしたショップに決めた。
ひとつだけ「ここでは絶対買わない」と決めていたカーショップがあった。
それは、なぜか。
その会社のCMが酷いから。
例えREGNOが安くても、そこでは買わないつもりだった。
CMが酷い企業の売上に貢献してしまうと、
そのCMで良いんだ!と勘違いされると困るから。
ボクは、嫌いなCMの企業の商品は極力買わないようにしている。
広告の質の向上のために。