長友さんを偲んで【稀代】②BAR JADA

クリネタ25号 Photo by 木内和美

稀代(ケッタイ)とは、なんだ?
クリネタおススメの、いい店、おもろい店

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BAR JADA
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地下一階で止まったエレベーターのドアが開くと、そこはBARだった。それはもういきなりBARだった。店はドアを開けて入るモノ、という決まりがあるわけじゃないけれど、ちょっとビックリした。南青山6丁目、骨董通りから根津美術館へ抜ける道を曲がってすぐのビルの地下。BAR JADA(ジャダ)はずっとそこにあった。ずっとあった、というのは、この道は確かに通ったことはあるのだが、このBARには全然気づかなかったから。そしてオープンが1989年というから今年でもう25年になる。ウイスキーでいうとかなりのものだ。

気づかれにくい場所、控えめな看板。オーナーバーテンダーの小澤さんは「そうですね、一見さんはめったにお見えにならないですね」という。「一度お越しになったお客さまのお連れの方がまた別の人といらしたり、その繰り返しでだんだんいろんな方に知っていただけるようになりました」と。一度気に入っていただいたお客さんが別のお客さんを誘い、そのお客さんがまた別のお客さんを連れてくる。まるで、ソーシャルメディアの「いいね!」が拡散して常連さんが増えて行くイマのビジネスモデルだ。しかし、歯が生え替わるようにお店が無くなっては建つ表参道・南青山界隈で、25年もたったひとりでBARをやっている。それはどう見てもすごいことだと思う。その秘密はなんだろう?と探りたくなった。

心地いい緊張感

「く」の字に折れたカウンターに7席だけの小さなBAR。「エレベーターが開いて誰か人の気配は感じるんですが、そのまま黙って上に上がっていくこともよくあるんです。初めて入るBARはお客さまも緊張されるでしょうが、私の方も緊張するんですよ。25年やっていても、それは全然変わらないんです」と小澤さん。たしかにそうかもしれない。狭い店。しかも地下。男気ある風貌の小澤さんだが、どんな人が降りてくるかドアが開くまでわからない。すると一緒に取材をしていた、飲むほうのベテラン長友編集長が『その心地いい緊張感がええのよ。緊張感を愉しむためにBARのカウンターがあるのよ。吉行淳之介も言うてたで。BARの中と外があんまり仲良くなりすぎるのはよくないって』なるほど。さすがBARのベテランである。

お客同士の会話にもある種の緊張感はある。Aというひとりの客とBというバーテンダー。そこにCという別の客。Aとバーテンダー、Cとバーテンダーは知った仲だが、AとCは初対面の客同士だとする。ひとりで飲んでいると、他の客とバーテンダーの会話が耳に入る。なんとなく話が混ざってきて、AとBとCの3人で話すようになる。しかし、お客同士のお互いの深いところまで入り込まないほうがいい。調子にのりすぎないほうがいい。そういう、人との距離感みたいなものをBARで学ぶことがよくあった。

心の中の師匠

「25歳でこの店を始めて、10年くらい経ってからですかねぇ。自分の職業はバーテンダーだと胸を張って言えるようになったのは」やっぱり、10年くらいかかるのか。バーテンダーの小澤さんにとって「師匠」みたいな人はいらっしゃるんですか?と聞いてみた。すると、「心の中にはいます」と即答。ほほう、どんな人なんだろう?「渋谷のJIGGER BARで働いていたとき、教えてくれた先輩がいらっしゃった。その店では接客のマニュアルなどは置かず、基本任せてくれたのですが、そこでの失敗や経験がいまの自分のベースになっています。その方が心の師匠ですかね」バーテンダーコンテストで優勝するとか有名な店で何年働くとか、そういうことではなく、自分の中に「心の師匠」を持ち、自分の仕事に責任を持つ、プライドを持つ。みんなそうして一人前になるんだなぁ。どんな職業も同じかもしれない。

業界用語

「宇多田ヒカルさんが婚約した時スポーツ紙が、お相手の職業を『バーテンダー』と紹介していたんです。うれしくなりましてね。スポーツ紙がちゃんと『バーテンダー』と書いてくれる時代になったかと。昔は『バーテン』とか言われてましたからね」職業名はちゃんとした名前で呼ぶべきですね、とかなんとか話していたら『バーマンとも呼ぶんですよ』と、常連のお客さんが会話に加わってきた。「こちらのTさんは、お仕事でパリやニューヨークのBARをよく回られているんです」と小澤さん。常連のTさんがこんな話をしてくれた。「パリの老舗BARで聞いてみたんですがね。最高のバーマンってなんでしょう?って。そしたらその店のオーナーは、『ひとつのお店で長くバーマンをやっていて、たくさんのお客を持つことだ』と言うんです」あらま、小澤さんのことじゃないですか、最高のバーマン。「お客はバーマンにつくんですよね」とTさん。「客はバーマンにつく」またひとつ、業界用語を覚えた。

シュウマイの冷めない距離

山崎ハイボールをお替りしながら取材を続けていて、お腹がすいてきた。「中華でも、とろか」長友編集長がBARという場所に似つかわしくない発言をした。雀荘に出前、というのはよく聞く話だが、BARに出前、はあまり聞いたことがない。これも南青山で長くお店を構えるもの同士の友情のようなものなのか、すぐ近所にあるチャイニーズレストランDからの出前を取ってくれるという。前菜盛り合わせ、春巻き、シュウマイ、腸詰などなど。助かります。腹ペコでBARに来てしまうことって、けっこうあるんですよね。そんなとき本格中華のお皿を届けてもらえるという老舗BARならではのサービス。まさに「中華が冷めない距離」。ただし、この離れ業をオーダーできるのは、何回か通ってから、なのかもしれない。「一流の店は一流の店から出前をとるのよ」これは長友編集長のお言葉です。

南青山で25年。たったひとりでこのBARをやっているバーマン、小澤さん。怖がらずに一見さんとして行ってみてもいいと思います。「クリネタで見たんですが」と言えばもう一見さんではありませんから。

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BAR JADA

東京都港区南青山6-2-7グレグラン骨董通りビルB1F

03-3797-0561

年中無休18:00~26:00(LO25:30)
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No.25 (2014年03月27日発売)
 クリネタ
http://www.crineta.jp

長友さんを偲んで【稀代】①モンド・バー
長友さんを偲んで【稀代】②BAR JADA
長友さんを偲んで【稀代】③ne & de
長友さんを偲んで【稀代】④ Salon書齋

 

長友さんを偲んで【稀代】①モンド・バー

クリネタ24号 Photo by 木内和美

長友さんを偲んで。クリネタらしいBARを紹介する、稀代(ケッタイ)の記事をご紹介します。長友さんと一緒に取材に行ってまとめた記事です。

稀代(ケッタイ)とは、なんだ?
クリネタおススメの、いい店、おもろい店

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モンド・バー
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どうして駅に本格BARをつくったんですか?という質問をしたら「どうして駅に本格BARがなかったんでしょう?」と逆に質問された。外国のターミナル駅や空港には本格的なBARがある。考えてみれば駅にこそいいBARはあるべきなのかもしれない。品川駅港南口アトレ4F。銀座の老舗、モンドバーの直営店。

帰宅を急ぐビジネスパーソンたちを眼下にながめながら席に着く。入口左手にマホガニーのカウンター席が8席。付きあたりを右に折れると細長いスペースに向かい合わせのテーブル席。ちょうどここは列車の中のようだ。テーブル席の壁には小ぶりな網棚が。窓からの眺めが走る列車からの眺めだったらいいのに、と勝手に思う。

秘密のハイボール

このBARでは必ず注文して欲しいものがある。それは『角ハイボール』だ。冷凍庫から、グラスと一緒に冷やされた角瓶のボトル。カウンターの上に冷やしたグラスを置く。そこへ60mlの角を注ぐ。けっこう男っぽく注ぐ。そこへ冷えたソーダ水の瓶1本を勢いよく注ぎ切る。そんなに勢いよく注いで大丈夫?こぼれない?という心配は無用だった。底のほうがやや広くなった独特なカタチのグラスにぴったり収まる分量で止まった。そこにレモンピールを振りかける。魔法をかけるような手つき。氷を使わない角ハイボール。ウイスキーとソーダ水とグラス、全部を冷やしているので氷は要らない。氷が溶けて味が薄まることもない。

グラスの口のギリギリまで注がれて、こぼさないように静か~に運ばれて「どうぞ」と出された角ハイボール。口元に運ぶとほのかにレモンの香りがする。一口飲むと明らかに家で飲むハイボールとは別物だと降参する。何だろう、このまろやかさ。
グラスをカウンターに置いて、何気なく指を鼻に近づけると、ほんのりレモンの香りがした。マスターバーテンダーの小林さんが種明かしをしてくれた。「レモンピールはハイボールの液面と、グラスの側面にもふるんです。グラスを持つ指先まで香るでしょ」

あんなに勢いよくソーダ水入れて溢れちゃったりしないんですか?という幼稚な質問をしてみた。ソーダ水を勢いよく注ぐのには理由があるという。「勢いよく注ぐことで炭酸をやわらかくするんです」と。なるほど。ただショーのように見せるためではなかったのか。

専門用語の誘惑

「ちなみに・・・」とチーフバーテンダーの小林さんは話し始めた。「山崎ハイボールはまた少し違う作り方をします」冷やしたグラスに氷を入れて静かにソーダ水を注ぐ。で、レモンピールを絞るのかと思いきや「山崎ハイボールはオレンジピールを絞るんです」そしてグラス。「山崎ハイボールには薄いグラス使います。そのほうが『運びがいい』から」ん!運びがいい?耳新しい言葉を聞いた。カウンターに座っていた長友編集長と私は思わず顔を見合わせ「こりゃメモ!メモ!」と目で合図を送り合った。こういう「専門用語」を聞くとうれしくなる。いつか使ってみよう。「こういう薄いグラスで飲むのもいいよね」「うん、運びがいいよね」てなカンジで。

お酒の種類によってグラスの重さも重要な要素なんだそうだ。素人の私は「ぜんぶ薄いグラスにして運びがいいようにしてどんどんお代わりしてもらえばいいのに」と思ってしまうのだが、そのお酒によってゆっくり飲んでほしいものもあれば、気持ちよくクイクイいったほうがおいしいものもある。グラスの感触によっても味のイメージが変わる。角ハイボールはどっしりした重いイメージだからあのグラス。山崎ハイボールは繊細で軽やかに運びがいいこのグラス。あの底が広くなった重いグラスを山崎で試してみたけれど、やはり合わなかったそうだ。やっぱりやってみたんだ。そこまで考えていろいろ選んでいらっしゃるわけですな。

このハイボール、実は元々バーテンダーの『まかない酒』だったそうで「メニューにも乗せてないんですよ」ですって。「え!そうなんですか!」てっきり名物メニューだと思っていた。お客さんから「何か一杯飲みなよ」と言われたときに作って飲んでいたのがハイボールだった。それをお客さんが「それ何?」ということから裏メニューとして広まっていったんだという。へぇ~。角ハイボールも山崎ハイボールもメニューには載っていない。だから「クリネタで見たんだけど」と言っていただくといいですね。

常連さんのBLT

調子にのって角ハイボールと山崎ハイボールを飲んでいて、お腹が空いていたことを思い出した。お薦めのポテトサラダと自家製ハム(このハムは黒豚のももを一本仕込む、モンドバー自慢の一品)ほたてのガーリックソテー、BLTサンドイッチを注文する。BLTサンドイッチで長友編集長が思い出した話がある。

品川駅に新幹線が止まるようになって、常連さんが出張なんかで品川を通る時、「何号車まで」と電話をしたらホームまで、いや席までお弁当として届けてくれたこともあったという。そこでお金のやりとりはできないので、そこはツケで。なんとまあ、わがままな常連さん。と思うと同時に、行きつけのBARとそういう『関係』になれるお付き合いを、とてもうらやましくも思った。

スキンヘッドの心

同じカメラで同じ景色を撮影してもプロと素人の写真が違うように、同じウイスキーとソーダ水もバーテンダーによってハイボールの味が変わってくる。チーフバーテンダーの小林さんは、お客様には「いろんなBARで飲んでみてください」と言うことにしているそうだ。いろんなBARに行ったけど、やっぱりここのハイボールがいい、と言われるのが一番うれしいから。「結局、自分で一番うまいと思うものをお出しするしかないですし、自分がいいと思うその強さしか伝わらないんじゃないかと思うんですよ」カッコイイこと言うなぁ。

ところで小林さん、思い切って聞いちゃいますけど、スキンヘッド歴はもう長いんですか?すると、眉までキレイに揃えたスキンヘッドのチーフバーテンダーは、「ある時、お酒がうまくなるビジュアルって何だろうと考えたんです。うまくならずとも、お酒がまずくならない自分の姿はなんだろうと考えた。清潔感か。色気か。透明感か。で、スキンヘッドに行きつきました」なんというプロフェッショナル。

角瓶もソーダ水も近所の酒屋に売っている。絶対自分でも作ってみようと思う。たぶん再現はできないんだろうけど。

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モンドバー 品川店

東京都港区港南2-18-1アトレ品川4F

03-6717-0923

年中無休11:00~24:00
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No.24 (2013年12月27日発売)
クリネタ
http://www.crineta.jp

長友さんを偲んで【稀代】①モンド・バー
長友さんを偲んで【稀代】②BAR JADA

長友さんを偲んで【稀代】③ne & de
長友さんを偲んで【稀代】④ Salon書齋

4,928人の「いいね!」

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フェイスブックの書き込みに、4,928人ものいいね!をいただきました。
こんなに多くの人の賛同が集まった。ということを
記録として、残しておこうと思います。(2016.10.18)

『電通、労働時間の上限引き下げへ 
 新入社員の過労自殺を受け、社長が文書で通達』

というニュースに関して、思ったことを書いたものでした。
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電通はたしかに大きな会社ですが、結局は受注産業です。電通に発注するクライアントがいて成り立っている。クライアントの注文が大量で至急だったら、残業するしかありません。電通OBの友人の言葉を借りれば、『クライアントがいて、締切があって、正解が無くて、勝ち負けがあれば、期限ぎりぎりまで時間の限り頑張るしかない』のです。また、金曜の夕方にクライアントから「事情が変わった。至急直してくれ。月曜朝イチまでに」と言われたら、いつ仕事をすればいいのでしょう。電通の労働時間を制限しても、そのツケはプロダクションに回るのですか。社内の労働時間を規制する前に、クライアントに発注のルールや常識をきちんと伝えるべきではないでしょうか。無理な注文を黙って聞くことがクライアントサービスだと勘違いされては困ります。
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「わがまま言って申し訳ないですが、やってもらえませんか」と「代理店ならやるのが当たり前だろ。できないなら他に回すぞ」というのの違いですかね。お金払えばなんでもできる、という発想がそもそも違うと思います。
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お金を払う側とサービスを提供する側は、平等だと思うんです。だってその料金分の「商品」を渡しているのだから。こっちは金払ってんだ、というのなら、こっちはサービスという商品を身を削って提供しているんだ、と言いたい。お互い五分と五分です。だからそこにお互いのリスペクトがあるんじゃないでしょうか。そういう、いい関係のクライアントもたくさんありました。電通には。
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仕事のスケジュール表ってあるじゃないですか。カレンダーが表になってるやつ。あれの土日は表に入れないほうがいいですよね。スペースがあると、そこも使えると思ってしまう。特に年末とかね。年末にオリエンして、年明けにプレゼンしろとかいうクライアントもあったみたい。それは断るべきでしょ。そっちのほうがブラックでしょう。
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クライアントと広告代理店は、上下の関係じゃなくて、一緒に並んで競合商品や競合企業と戦う、同志だと思うんです。
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ボクは電通がブラック企業だとは思っていません。電通に労働基準局から強制捜査が入ったというニュースが流れ、世間は「電通はヒドイ」という印象を持ったかもしれませんが、電通を調べるなら、電通に仕事を発注している先も調べるべきだと思ったのです。仕事納めの前日の年末にオリエンして年明けにプレゼンしてくれ、などという発注を平気でする方がブラックなんじゃないのかと思ったのです(例え話です)
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何の根拠もないのですが、昔、三波春夫さんが「お客様は神様です」と言った。その言葉だけが勝手に暴走している気がするのです。三波春夫さんは自分のコンサートに来てくれたお客さんにありがとうございます、という意味で言ったのだと想像します。その言葉が一人歩きして、お客は何やってもいい、みたいな空気ができてしまったんじゃないかと。
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4,928人もの人たちの「いいね!」と317件もの「シェア」に正直、驚き、感激し、うれしく思っています。熱いものを感じました。ありがとうございます。

今回の一件。自分の家族、友人が、このような不幸なことの犠牲になったかもしれないと思うと、胸が痛みます。しかし、マスコミの取り上げるニュースには、所属していた会社だけが悪いと決め付けたような報道。違和感を感じました。だから、自分の思いを書かずにいられなかったのです。

こんなに多くの人の共感を得られるとは思ってもいませんでした。広告業界だけでなく、仕事に「発注」「受注」という関係がある限り、共通の大きな不満、共通の大きな問題があることに気づかされました。

ボクは電通に勤めていました。電通OBとして、このような不幸なことは二度と起こってほしくない。たかが一人のOBがfacebookでほざいたところで何も変わらないのかもしれませんが、いつも悪者扱いされる電通が、こういう時にこそ「クライアントからの理不尽な注文は断る」という毅然とした態度を示せば、何かが変わる気がしたのです。仕事は上流から下流に流れていくとしたら、一番上流にいる有名な会社が、そう宣言してくれれば、どれだけの人たちが救われるか。一番上が「NO!」を言わなければ、その下請け、孫請けは「NO!」とは言えないのです。電通だけでなく、博報堂、ADKといった大手が、せーの!で宣言したら、何かが変わるように思います。

「中村くん、クチで言うのは簡単だけど、それは非常識だよ」という人がいるでしょうか。だって、「非常識」なことが起こっているのだから、今までの常識では出来なかったことをやらないと、何も変わらないんじゃないですか?とボクは言いたい。労働基準監督官に、労働時間だけの問題じゃなく、なぜそんな労働時間になるのか?を調べてください、と言いたいのです。労働基準監督官はボクのfacebookを見てないとは思いますが。

ともかく、この小さな書き込みを読んで、くださったことに感謝します。うれしかったです。ありがとうございました。
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日本経済のために優勝したんやないで(笑)

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日本経済のために優勝したんやないで(笑)

応援感謝 星野仙一

2003年 星野仙一
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自分だけが読める字で下書きをしたら、それを大きく書いて並べてみます。自分の書いた文字は自分でわかるし好きなので全部いいコピーに見えてしまう。だから一度、身体から離して置いてみる。床に広げたり壁に貼ったりして、自分から離して観察する。そうやって客観的に見てみると、「ダッサーッ」とか「はっずかしー」とか「そーんなヤツおらへんやろー、チッチキチー」というコピーが見えてきます。

星野コピー壁2

このポストイットが貼られたコピーはチームのみんなで人気投票をしたものです。いいコピーもあれば恥ずかしいコピーもある。この恥ずかしいコピーを見せることで「こんなんじゃダメだ」と新しい次の案ができるのです。だから、ツマンナイと思うコピーも書いてみることが大事、自分で気付く意味で。てなことを宣伝会議の生徒たちにこの全部を見せます。「たくさん書け」ということは「ツマンナイと思うコピーも一度身体から外へ出せ」でもあるんです。それを見て、「うわ〜カッコワルゥ〜」「恥ずかしい〜」と思えてこそ次のコピーが書けるのだから。「ダメなコピーも書けないヤツにいいコピーは書けない」とも言っています。要するに、いいのだけ書こうとするな、ということですね。

星野コピー壁1星野コピー壁3

これらのA4に書いたコピーを星野さんに見てもらったわけですが、ふつうは終わった仕事のコピーや下書きをここまで保存しておくことはありません。これはこの仕事が超極秘だったので、書いたものすべてを大きな封筒に入れて持ち歩いていたからです。ふつうボツ案なんかすぐ捨てます。でもたまたま残っていたので、恥ずかしいコピーも張り合わせてコピーライター養成講座の生徒に見せています。「書いてみて、恥ずかしいコピーだと自分で気付けば、そういうの以外のコピーを書けばいい。いいコピーだけを書こうとせずに、どんどん書いて、自分のボツ案を踏み台にしてもっといいのを書けばいいんだ」と言っています。

勝ち組、負け組。そんなん、ないんや。

勝ち組

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勝ち組、負け組。そんなん、ないんや。

応援感謝 星野仙一

2003年 星野仙一
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このコピーを考える時、自分なら、星野さんが優勝インタビューで何と言ってくれたらグッとくるだろう? と考えました。ホントは星野さんの優勝インタビューの言葉からコピーライターが言葉を拾って書くのがいいんだけれど、それだと翌日の新聞に間に合わない。かといって、コピーライターが星野さんのナレーション原稿を書くなんておこがましい。だから、自分が星野さんになったつもりで、星野さんになりきって、優勝インタビューをされるつもりで、言葉を書いていきました。この頃は星野さんのいろんな本を読んで、しゃべり方も真似していました。中日の監督時代、相手ベンチからのヤジに『なんや!でてこい!』と言っていた乱闘シーンなんかも何度も見ました。

下書き2

この下書きはA4の紙を小さく折ってポケットに入れ、電車の中などで考えながら、隣りの席の人に読まれにくい字で書いたものです。『ひっくり返された夢も見た』は電車の中で書いていたんですね。これを電車の中で書いて、会社で1本ずつ大きく書いてみるのです。

電車の中はいろんなことを悩むのにいい場所です。ターゲットの人たちが大勢乗っているので、その人に向けてコピーを「当てて」みます。あんまりジロジロ見つめると怪しまれるので、そこはうまいこと目を反らしながら。「こんなコピーでいいのかなー。ボクは阪神ファンだから正直な気持ちで書いているんだけど、本場の関西の阪神ファンの人が見たらなんていうだろー・・・」と考えていたとき。

ウソのようなホントの話。あれは京浜東北線だったか、大井町あたりだったか。コテコテの関西弁をしゃべりながら、オッチャンたちが4、5人乗り込んできたのです。たぶん大井競馬場の帰りのような雰囲気でした。で、そのコテコテ関西弁のオッチャンたちをメチャメチャ阪神ファンだと仮定して、考えたコピーを「当てて」みるのです。そのオッチャンたちの顔を見ながら『あ〜しんどかった(笑) 応援感謝、星野仙一』とか『昨日、球場に来られなかった人たちにもありがとう。 応援感謝、星野仙一』とか『あーおもろかった。 応援感謝、星野仙一』とか『阪神ファンでよかったやろ? 応援感謝、星野仙一』と、こころの中で話しかけてみる。すると「なんやオマエ、全然わかっとらんのぅ」と言われるのか「おお、兄ちゃん、ええことゆうなぁ」と言われるか。想像してみるのです。ボクの勝手な想像力なんですが、そのオッチャンたちがニコッとしてくれるように思えた。だから、このコピーでいける、と思ったのでした。

日本経済のために優勝したんやないで(笑)

あーおもろかった。

あ〜おもろかった

 

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あーおもろかった。

応援感謝 星野仙一

2003年 星野仙一
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下書き1
このA4の下書きは、一番最初に書き始めた一枚目です。「こんなカンジかなぁ」と星野さんの背中の絵を描いてみる。そこにどんな言葉が入ればいいかなぁ、と考え始める。自分でもビックリしたのは、このあと何百本と書いていくわけだけれど、書き始めた6本目に「あーしんどかった」と書いている。7本目には「あー面白かった」とある。

コピーライター養成講座では「たくさん書かなきゃダメ」と言ってます。と同時に、「底辺が広いほど頂点は高い」とも言っています。たとえ最初に書いたコピーが一番よかったとしても、それが10本書いたうちの1本か、100本書いたうちの1本か、500本書いたけど、やっぱりこれが一番いいと思えるコピーなのかどうか。数をたくさん書いた方が、頂点の高さが違うと思うのです。コピーライターという仕事は、締切ギリギリまで、ヘタしたらプレゼンした後、OKが出た後も、もっといいコピーはないのか?と考えてしまう仕事です。(先輩の故・眞木準さんは「広告が世に出た後も考える」と聞いたことがあります)自分では「いいのができた!」と思っても、どこか信用していないフシがある。もっと他にあるんじゃないか、もっと他にスゴイのが出るんじゃないか、と。

優勝インタビューの監督の第一声は何を言っても大歓声になるのですが、『あーーーしんどかった』はとてもよかったと思っています。次点として、『あーーー面白かったっ』がありました。『あーーー』の部分の長さに、長かったそのシーズンの苦労みたいなものを思い出して、苦労したけど楽しかったなぁ、みなさんも楽しんでくれました?みたいな気持ちを込めたつもりでした。

スポニチ、サンケイ、日刊、報知、そして阪神ファンのデイリースポーツ。スポーツ新聞5紙に掲出するので「全部コピーを変えましょう」と提案しました。その人が買ったスポーツ紙には『あ〜しんどかった(笑)と出てる。別の人が持っているスポーツ新聞には『あーおもろかった』と出てる。となると、もしかして・・・と他の新聞も探してみるのではないかと思ったのです。ま、阪神ファンなら全スポーツ紙を買うと思いますがね。そうして全部買ったとき、全部コピーが違っていた方が楽しいし、ボクならうれしいと思うからです。星野さんがいろいろしゃべってくれるんですからね。

勝ち組、負け組。そんなんないんや。

昨日、球場に来られなかった…

昨日球場に

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昨日、球場に
来られなかった
人たちにも
ありがとう。

応援感謝 星野仙一

2003年 星野仙一
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広告主:星野仙一(後半)

 星野さんは「名古屋だけはちょっと特別やから、ドラゴンズファンに気をつかってやりたいんや」とおっしゃっていた。で東京中日スポーツには「あ~しんどかった(笑)」をキャッチにして、小さく「名古屋に育てていただいた星野が、大きな仕事をさせていただきました。野球人として幸せであると感じています」とか「ユニフォームは違うけれど、笑って許してやってください。もう一度胴上げを見たかった、妻との約束だったのです」という一文を小さく入れましょうかと、星野さんと話し合っていた。しかし、直前にドラゴンズの山田監督解任みたいなことになり、中日新聞が「掲載は遠慮したい」と言ってきたのだった。あ~あ、一本コピーをへらさなきゃ・・・。「ひっくり返された夢も見た」を削って、他の紙に「しんどかった」を回した。

 阪神戦のチケットは高騰してすごい値段になっていて、なかなか手に入らない。ボクも今年は1試合も球場に行けていない。そんなファンもいっぱいいると思った。だから、そんな自分みたいなファンが、こんなこと星野さんから言われたらたまらんだろうな〜というコピーを書いた。「昨日、球場に来られなかった人たちへもありがとう」とか「テレビの向こうの声援も、ちゃんと聞こえとった」とか。また、新聞記事に「阪神優勝の経済効果」とかいうのが出るだろうし、どこかのオーナーが「景気回復のためにも阪神が優勝してよかった」みたいな負け惜しみを言いそうだったから、「日本経済のために優勝したんやないで(笑)」をいれた。

 掲載が超極秘だったので、誰にも相談できず、コピーを書いても会社で拡げられず。自宅にこもって、書いたコピーを床に拡げながら、考えた。ほんとは阪神ファンのみんなに「どれがいいと思う?」とか聞いて回りたかったが、それもできなかった。しかし、ただひとり見つけた。人も少ない深夜の電通CPC37階。(当時の所属、クリエーティブ・プランニング・センター)そこの小部屋で作業をしていた「適任者」を見つけた。林尚司氏である。彼は生まれつきの関西人(京都らしいが)だし、生まれつきの阪神ファンなのだ。その林に「ちょっとコピーを見て欲しいんだけど・・・」と切り出した。部屋のドアを閉めて、「実はサ、星野監督がサ、自腹でサ、優勝した翌日にサ・・・」と説明しながら、なぜかウルウルしてきてしまった。自分でも興奮していたのだと思う。いま思うと、林に意見を聞くフリをしながら、誰かに見て欲しくて、見せびらかしたかったのだと思う。(林は「阪神ファンでよかったやろ?(笑)」を気に入ってくれた)

 胴上げが、神宮球場からナゴヤドームへ移り、ナゴヤドームから甲子園へ移り。そして9月15日の夜。ついにXデーがきた。優勝後の監督インタビューを家のテレビでみていて、その第一声に驚いた。「あ〜しんどかった(笑)」だった。ホントに言うとは思っていなかったから、うれしかった。その夜は何度も録画した特番を見ながら朝まで起きていた。朝5時頃、コンビニに掲載紙を買いに走った。しかしまだ、届いていなかった。一度家に戻り目覚ましをセットして、朝8時頃またコンビニに走り、5紙全部ゲット!ほんとに掲載しているかドキドキしながら新聞をめくった。

 男・星野仙一と目を合わせて話をして、一緒に仕事できたということは、ホントにラッキーだったし幸せだったと思う。作り手が掲載を前にしてドキドキするという、広告の原点みたいなものを思い出させてもらった。

 スポーツ新聞が街にあふれた16日の夜。一緒にコピーを悩んでくれたクリエーティブ・ディレクターの佐藤尚之氏(さとなおさん)と新橋の寿司屋に行った。「ああ、明日からの楽しみがなくなっちゃったね・・・」と小さな打上げをした。何年か後、関西かどこかの居酒屋に行ったとき、もし店の壁にあの原稿が貼ってあったら、涙がでるだろうなと思った。新聞広告は明日になったら、ただの新聞紙。ただの古新聞だ。でもそこで、誰かの記憶に深く残ることができるとしたら、これほど広告屋としての幸せはないのではないか。と同時に、記憶に残すことが一番の広告効果なのだとつくづく感じた仕事となった。だからもう、しばらく仕事はできまへん(笑)

                    2003年9月 コピーライター中村禎

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この星野さんの応援広告の5本シリーズは、東京コピーライターズクラブのTCC賞を受賞しました。その授賞式に、ボクはある紙袋を持って出席しました。名前が呼ばれて壇上に上がる時、その紙袋に入っていたものに着替えたのです。日本シリーズのとき甲子園で買った『背番号77 HOSHINO』の白い縦縞ユニフォームです。緊張していたのでハッキリとは憶えていませんが会場から笑いが漏れていました。失笑だったと思います。でも、いいんです。ボクは星野さんに感謝を表したかったし、壇上に星野さんと登りたかったのです。「バッカじゃないの」と思われたかもしれないけど、いいんです。会場に星野さんが来てくれたらすごいことだし、祝電でもあればすごいことだけど、やっぱりダメでしたが。

この仕事は、東京コピーライターズクラブが発行する『コピー年鑑2004』に掲載されました。そこにあった、審査員のコメントがうれしかったことを憶えています。「星野監督の優勝インタビューのコメントを、そのままコピーに使ったコピーライターの勇気を讃えたい」・・・イヤイヤ、それじゃぁ翌日の掲載に間に合いまへんがなw。ファンの人たちもそう思ったに違いないんです。この広告はゼッタイ「どうせ広告代理店が企画を持ち込んだんだろ?」と思われたくなかった。事実、そうじゃないんだし。広告主は星野仙一なんだ、と。だからこの言葉が星野さんの言葉に見えなければ、この広告は失敗なんだと思っていました。コピーライターは黒子なんです。(だからホントはTCCなどに応募してはいけなかったのかな・・・) そしてもうひとつ、うれいしいコメントがありました。「中村くんは星野監督になりきって書いている。むかし、糸井さんが矢沢永吉になりきって『成りあがり』を書いたことを思い出した」うれしかった。コピーライター、一倉宏さんのコメントでした。

あ〜しんどかった(笑)『広告主:星野仙一(前半)』

あーおもろかった。

 

あ〜しんどかった(笑)

 

あ〜しんどかった

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あ〜しんどかった(笑)

応援感謝 星野仙一

2003年 星野仙一
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2014年10月、楽天イーグルス監督の星野仙一さんがユニフォームを脱いだ。ずいぶん昔の話ですが、星野さんが阪神タイガースの監督で優勝した2003年に書いたコピーをご紹介します。当時書いた作文『広告主:星野仙一』。長いので2回に分けてアップします。

 

広告主:星野仙一

 今年、もう阪神の優勝は決りだろうという空気だった8月の終わり。ボクのケータイが鳴った。杉山恒太郎さんからだった。「中村君は、野球はどこファンだっけ?」と、阪神戦のチケットでもくれるのかと気楽に「当然タイガースファンですけど」と答えると、「実は、超極秘なんだけどサ・・・」という話だった。

 まず星野さんが個人的に「優勝したらファンにお礼がしたい、優勝の翌日にスポーツ新聞に広告は出せないか」と親しい友人、元日刊スポーツの高橋さんという人に相談した。それを聞いた高橋さんが電通の媒体担当の森隆一取締役を知っていて電話。その森さんがクリエーティブの杉山恒太郎さんを知っていたので電話。その杉山さんの脳裏に、なんとなく中村禎の顔が浮かんで、電話をくれたのだった。

  8月24日、日曜の午後。大きく負け越した「死のロード」の最終戦、ナイターのベイスターズ戦を控えた横浜シェラトンホテル。初めて星野さんに会いに行く。この先そう何度も会う機会もないだろうから、手ぶらで会うのはもったいない。どんな広告にしたいのだろう?と、勝手に「阪神タイガース監督、星野仙一」になったつもりで、いろんな角度からいっぱいコピーを書いて見てもらうことにした。それはもう、久々にいっぱい書いた。でるわでるわ。それを星野さんに見てもらった。「あはは、ホンマにこのとおりや」とか「これは、言いたいけど無理やろな」とか言ってくれたコピーに印を付けていった。「あ~しんどかった(笑)」とか「あ~おもろかった」とか「やっとぐっすり眠れるわい」とか「ひっくり返された夢も見た」とか「テレビの向こうの声援も、ちゃんと聞こえとった」とか「弱い阪神が好きだったというファンに、アッカンベ~や(笑)」とか「阪神ファンでよかったやろ?(笑)」とかとか。

  星野さんは、昔、王選手がホームラン世界記録を出したときや、日本シリーズで日本のプロ野球が盛り上がったときなどに「なんで(野球界の)コミッショナーがファンにお礼をせんのや!」とつねづね思っていたらしい。また今年は特に、球場に女性やこどもさんのファンが増えたことがうれしかった、ともおっしゃっていた。「だから、ワシはやるんです」と。「阪神ファンだけじゃなく、野球ファンにお礼がしたいんです」と。星野さんのあの太い声、ドスの利いた表情の後に、こどものように笑う顔、できるかぎりを記憶して、さらにコピーを書きまくり、6,7本に絞った。

  マジックは7くらいまでに減ってきていた。最短の胴上げが9日の神宮の可能性もでてきた。9月4日の広島戦。急遽、試合前の星野監督の時間がもらえることになり、新幹線に飛び乗った。広島の滞在先ホテルグランビアのロビーはおっかけのファンやマスコミ関係の人たちでざわめいていた。エレベーターに乗り、監督の宿泊している部屋で広告代理店新聞局の次長とコピーライター中村のふたりでのプレゼン。びびった~。部屋に案内してくれたのは監督専属の広報担当の平田さん。そう、あの85年のV戦士、背番号30番ショート平田勝男さんなのだ。その平田さんにおそれ多くもアイスコーヒーなんか持ってきていただいちゃって。恐縮です!特別料金とはいえ6紙(最初は東京中日スポーツも予定していた)の掲載料は軽くン千万は超える金額。それを個人で払うと。それなのに、緊張で早口になっていたボクの話を静かに聞いてくれていた星野さんは、「わかりました、いいと思います。ありがとう、あとはおまかせします」とニコッと笑ってくれた。ぶ厚い手としっかり握手させてもらって、興奮しながら広島を後にしたのだった。(長いのでつづく)

昨日、球場に来られなかった…

名前の天才⑦やや重

魚竹

名前の天才⑦

「やや重」

「ややおも」と読みます。(耳でしか聞いたことのない名前なんで、違うかもしれませんが)お昼に、築地にあるうまい魚屋さんで定食を食べます。「いらっしゃい~」という軽やかな声で迎えられると、「今日はいかがしやしょ?」とくる。「焼きで」と答えると焼き魚定食。「ごはんは?」とくると「やや重で」と答える。これ、ご飯の盛りの呼び名なんです。普通盛りよりやや多めで、大盛りよりやや少な目な「やや重」。半ライスというネーミングもなかなかスゴイのですが、この「やや」ってのが、いかにも日本風であいまいで。そのへんが妙に気に入っています。「はいっ、ご新規さん、ややでよろしくっ」な~んて声を聞くと、やっぱ、日本人っていいなあ、と思ってしまうのであります。(コピーライター)

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この投稿をするために、「魚竹」に写真を撮りに行きました。ほんとは魚竹の「やや重」を撮るつもりだったのですが、その時間はまだお腹空いてなかったので暖簾を撮って帰ってきました。魚竹さん、ごめんなさい。今度行きます。

*毎日新聞に「名前の天才」という小さなコラムを書かせていただいていました。その当時の原稿がでてきたので、これも「書いたコピー」として記録に残しておこうと思います。

名前の天才⑥瓶覗(かめのぞき)

瓶覗

名前の天才⑥

「瓶覗」

日本の伝統色に、「瓶覗(かめのぞき)」という名前があります。水色をもっと淡~くした色。藍染めの一番薄い色なんだそうです。藍染めは布や糸を何度も瓶(かめ)に漬けてはとりだし、何度もそれを繰り返してだんだん濃い青に染めていく。その瓶(かめ)をちょっとくぐらせただけの、「ちょっと覗いてみました」程度の色ということでしょう。藍染め界の「しゃぶしゃぶ」みたいなモノ、いや「しゃぶ」一回ですね。ちっとも有名な名前ではないけれど、そんなに淡い水色に「瓶覗」なんてユーモラスなネーミングをするセンス。昔の日本人のシャレもなかなかのもんです。この「瓶覗」の色の浴衣なんかを着た人が、通りを歩いていた頃の日本の夏は、きっと今より涼しかったんだろうなあ。(コピーライター)

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もう10年以上前になるでしょうか。毎日新聞に「名前の天才」という小さなコラムを書かせていただいていました。その当時の原稿がでてきたので、これも「書いたコピー」として記録に残しておこうと思います。その6本目です。以前、家庭画報に毎月「季節の色」について書く機会がありまして、そのとき読んだ「日本の伝統色」という本で一番憶えていた名前でした。余談ですが、この「日本の伝統色」にはほんとうにいろんな色の名前があって、今はもうそんな名前で呼ぶ人はいないんだろうけど、その色はある(ない色もあるのかな)その名前でその色をみんなが呼んでいたと思うと、日本って豊かだったんだなあと思います。

名前の天才①ニューライン
名前の天才②しりあがり寿
名前の天才③ポリ100
名前の天才④都忘れ
名前の天才⑤俺の考え
名前の天才⑥瓶覗