穏やかな最期(リビングウィルの共有)


駅までの道の途中に公民館のような、いつも選挙の投票で使う場所がある。そこの掲示板のポスターに目がとまった。「穏やかな最期」「自宅で最期を迎えるための…」という言葉。

昨年、中学の時の恩師が亡くなった。最期は自宅でご家族に見守られながら静かに旅立たれたと聞いた。それ以来、「自宅で最期を」ということに関心を持った。「自宅で亡くなると、警察が来て、現場検証とか死因を調べるために解剖されたりとか大変だよ」という根拠のない噂も聞く。実際のところどーなんだ。山田先生は幸せな最期だったそうじゃないか。ボクもそっちがいい。

意識がなくなって(でもホントは意識はあるけど喋れない、体も動かないという状態になって)延命のためだけに管だらけになるのはイヤだ。そうなる前に準備が必要だと感じていた。だから話を聞きに行こうと思った。

当日になって、行くのちょっとメンドクサイなと思ってしまった。無料で予約も不要のフォーラムなので、別に行かなくてもドタキャンにはならない。しかし、『迷ったらメンドクサイ方へ、の法則』でいこうと決めてあるので、やっぱり行くことにした。

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基調講演は「痛くない死に方〜穏やかな最期を迎えるために知っておきたいこと〜」尼崎市のクリニックの院長、長尾和宏氏。撮影禁止だったので、パワポのスライドが写真でメモできなかったので、気になった言葉だけメモをした。忘れないために、もう一度まとめておこうと思う。

リビングウィルを書いておく(生前に延命治療についての意思表示しておく)それを書くだけではダメで、家族、兄弟、親、できれば親戚、かかりつけ医(在宅医)、ヘルパーさんたち、と共有しておくことが大事。

■大橋巨泉さんは自宅で最期を迎えたかったので、ずっと自宅療養していた。しかしある日容体が急変して意識がなくなった。奥様が救急車を呼んでしまった(注)以後、3か月集中治療室で管につながれて亡くなった、という。巨泉さんはたぶんそう望んではいなかったはず。しかし意識はなく(本人は聞こえていたかも知れない)意思表示できないので、救急車→病院→管だらけ→天国となってしまった。巨泉さんの場合は、本人と奥様、医師たちとのリビングウィルの共有ができていなかったのが残念だった、と長尾先生は言う。

注:救急車を呼ぶということは、延命してくださいという意思表示。患者が延命を望まない場合は救急車を呼んではいけないらしい。運ばれた病院も延命措置をする義務がある。だから、管につながれてしまう。問題は、いつそれをやめるか(外すか)だそうだ。

■延命措置とは何か。人工栄養、人工呼吸、人工透析、輸血、酸素吸入、iPS細胞などがそれに当たる。延命措置は大事だけど、それを「いつやめるか」が大事なんだ、と。降圧剤やインスリンの投与はいい。だけど、それを「いつやめるか」のやめどきが難しいのだ、と。やるのは簡単。いつやるか?は、今でしょ、でいい。いつやめるの?これが難しいし重要な問題となる。

■高カロリー点滴や酸素吸入はガンのエサ。

■大阪大学(?)の総長だった(?)○○さんの本に「待つということ」というのがあるらしい。そこには「枯れる」ことの重要性が書かれているという。調べてみるか。

■DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)は,心停止時に心肺蘇生(cardiopulmonary resuscitation;CPR)を実施しないことを意味する。

リビングウィルとは、「生前に発効される遺書」のこと。 通常の遺書は、亡くなった後に発効されるが、リビングウィルは、生きていても意思表示のできない状態になり、その回復が見込めなくなったときに発効される。→これを日本政府はこれを「書くな」と言っているらしい。そんなこという国は世界で日本だけらしいなんで?(禎)

■ACP(アドバンス・ケア・プランニング)人生会議。事前指示書(リビングウィル)は書くだけでなく家族の署名も取っておこう

■「日本尊厳死協会」というのがあるらしい→調べてみよう(禎)

「安楽死」と「尊厳死」は違う
安楽死・・・回復の見込みがなく、苦痛の激しい末期の傷病者に対して、本人の意思に基づき、薬物を投与するなどして人為的に死を迎えさせること。日本では認められていない。

尊厳死・・・回復の見込みがない傷病者に対して、本人のリヴィング・ウィル(生前の意思)に基づき、人工呼吸器や点滴などの生命維持装置を外し、人工的な延命措置を中止して、寿命が尽きたときに自然な死を迎えさせること。

医師法20条と21条
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=9151

■スイスにはいくつかの尊厳死・安楽死の施設がある。
DIGNITAS・・・安楽死による死ぬ権利を訴え、実際に医師と看護師により自殺を幇助するスイスの団体。 医師が作成した診療録をスイスの裁判所が許可した場合に、対象者への自殺幇助を提供する。 (ウィキペディアより)

その施設で家族と何日か過ごし、その施設の部屋でピルを飲んで最期を迎えるらしい。現地で火葬され遺骨を持って帰国する。DIGNITASは外国人でも可。

→まだ自分からそのピルを飲もうとは思わないが、重病でどうしようもなかったらそうするのだろうか。行ってみて、やっぱり怖い、ってなるかも。自分でピルを飲み込めない状態だったらどうするんだろう。まあ、そういう施設があることだけは知っておこう。(禎)

「断食すれば安らかに死ねる」 by 小泉純一郎

「健康より元気だよ」 by 倉本聰 いい考え方だな、と思ってメモしたけど、よく考えてみれば、健康じゃなく病んでいる時に元気は出ない。上っ面な言葉だな、ともいえるか(禎)

■在宅医はどうやって見つければいいのか・・・対談では「いろんな病院にかかって、いい人を見つければいい」「病状を見て薬だけくれるような医者はダメだ」とかあったけど、私の主治医になってくださいって言って「イヤだ」とか「今いっぱいです」とか言われないんだろうか。それと、この先生はいい人そうだな、と思っても、ボクより年上だったら、その先生が先にいなくなったりしないだろうか、などといろんな疑問が沸いてくる。質問はできなかったので、この問題はまだまだ解決しそうもないな(禎)

■対談の最後に、こういうフォーラムを杉並区が主催していることがすごい、と司会者が言っていた。杉並区は進んでいる、と。たくさんパンフレットをもらって帰ってきた。さて、次の行動は?(禎)

篠田桃紅さんとのセレンディピティ③

 図書館での偶然の出会い

セレンディピティ(偶然の出会い)は、amazonにはたぶんない。図書館や大きな書店には、まだあると思う。「あなたにはこれが適当です」と推薦されるものは、過去のデータ(好み)からでしかない。昨日まで気にならなかったものに、今日興味を持つかもしれない。そうやって出会うものも忘れてはいけない。探していた本の近くに、全く新しい出会いがあるかもしれないのです。

日比谷図書館でとある地方の方言を調べようと思って本を探していたときだったと思います。近くにあった、本のタイトルと装丁に目が止まりました。ふと手にとって、ページをめくって、メモした言葉を記録しておきます。墨で描かれた抽象画と文章。絵本のような本でした。


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人生は一本の線

私はこういう線を引きたいと思って、一本の線を引いた。
しかし現実にできた線は、思った線とは違う。
人生も同じ。
人は、こういうふうに生きたいと思って、
しかし現実の人生は違う。

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出来心

出来心は、悪い意味に使われるけど
私は、毎日、出来心。
ふっとどういうところから思いが来るのかわからない。
どうして降ってくるのかわからない。

 

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幸福はあなた次第

私は幸福な人間、と思えるほど恵まれた人はそういない。
こういうときに、ちょっと幸福を感じる、という人はいる。
悩んでもしょうがない、と諦める手立てを
上手に持った人は生きられる。
自分をいなすことで、生きていける。
手立ては人それぞれで、
幸福は、ご自分の意識次第です。
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そうですよね。
幸せは、どこかに「あるもの」ではなく「気づく」もの。
と誰かの言葉で聞いたことがあります。

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なんだかやってみたい

必要があるかないか、誰にもわからないですよ。
必要だから、やるわけではない。
必要ではないから、やらないわけでもない。
なんだかやってみたい、という思いが大事。

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ないものねだり

ないものは欲しい。
あるものは、ありがたくない。
あるものを、ちゃんとありがたく思えて、
ないものは、まあしょうがないと思い、ねだらない。
そういう人は幸福。

自分の置かれた境遇を
これでよかったと満足できる人は、
最後、天に上がれるかな。

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「当たり前」に見えることを「有難い」と思えると、いいですね。
ああ、ここにも「謙虚」という言葉が、あるんだなぁ。

篠田桃紅さんとのセレンディピティ①
篠田桃紅さんとのセレンディピティ②
篠田桃紅さんとのセレンディピティ③

篠田桃紅さんとのセレンディピティ②

篠田桃紅さんのインタビュー番組を偶然見ることができた。その時の言葉をメモした。次元は違うのだろうが、コピーを書くときと同じ感覚があると思った。その言葉。

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心というものがすごく邪魔をしているんじゃないでしょうか、作品を作ることを。

どうやったら心が後ろ側に行ってくれて

ものをつくろうという意思が後ろ側に行ってしまって

私をつくらせている本当の芯みたいなものだけが紙面に出てくる時間、時、機。

そういうときがあるような気がする。

(1982年当時70歳頃の制作風景での言葉)

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全く次元が違うことかもしれないけど、同じようなことを感じたことがある。昔、年賀状のために墨を磨って半紙に書き初めをしていた時期があった。思いを込めてその「文字」を書くのだけれど、どこか「うまく見せたい」という気持ちが忍び出てくる。書いたものを何枚も床に並べて眺めてみると、そういう下心が出た字はすぐわかった。どこかいやらしい、どこか見栄を張った、どこか騙そうとしている文字に見えた。結局一番いいのは、何も考えずにガッと勢いで書いた文字だった。という経験をしたことがあった。

同じように、コピーを書くときもそう。どこか「褒められよう」とか「うまいね、って言われよう」とか「広告賞を獲ろう」とか、そういう不純なものが混ざったコピーはやはり醜い。すぐ化けの皮が剥がれる。それは、広告となって世の中に出たとき、なんの力も持たない。良い悪いの問題以前、消費者の目に入らない。制作者側が自己満足しているだけのものでしかない。だからやっぱりコピーは「うまいこと言おう」ではなく、「本当のことを言おう」だと思う。

桃紅さんとはレベルが違うのだろうが、「心を後ろ側に」というのは、邪念とか邪心とかそういうものが消えて、「自分の芯」が紙面に書かせる状態がいいのだと思う。つまり「ホントに思ったことを書け」なのだ。(「思った」時点でダメなのかも。無意識が書かせる、ということなのだろうか)

そういうことですよね?桃紅先生(怖くて聞けないけど)

篠田桃紅さんとのセレンディピティ①
篠田桃紅さんとのセレンディピティ②
篠田桃紅さんとのセレンディピティ③

篠田桃紅さんとのセレンディピティ①


「セレンディピティ」という言葉が好きです。思いがけないものを発見する、偶然の出会い、という意味です。AIに分析されて「あなたにはこれがお似合いです」と押し売りされるより、たまたま目に留まったものとの出会いのほうが、好き。偶然なんだけど、なんかそこに「見えない運命」みたいなものを感じたりします。

お正月のお笑い番組を流し見していて、それが終わったら何やらインタビュー番組らしきものが流れ始めた。聖路加病院の日野原先生が出ていたので目が止まった。つい先日、日野原先生の言葉をメモしたばかりだったから。日野原さんと上品なおばあちゃんが対談している。画面のタイトルに「篠田桃紅105歳を生きる」とある。篠田桃紅?なんか見覚えがあった。気になって引き続き番組を見ていて、おばあちゃん(篠田桃紅さん)の語りにスーパーインポーズが入る。ん?なんか聞き覚えがあるぞ・・・・。慌てて録画を始めた。その話口調に覚えがあった・・・。

一昨年の手帳を繰ってみて、あった。日比谷図書館で書き物をしていた時、偶然見つけた本があって。その中の言葉が気になってメモをしていた。その本が『人生は一本の線』という、篠田桃紅さんの本だった。その時のメモがあった。お顔は初めて見た。しかも、現在105歳だということも初めて知った。その人の表情と声が聞けるというラッキー。さすがNHKですね。メモした言葉はただの文字だけど、その人の顔と声が聞こえれば、その言葉はもっと染み込みが良くなると思います。

2017年の手帳にメモした言葉 イカン、忘れていた ちゃんと身についていなかったということか

今日メモした言葉と一昨年にメモした言葉を、『ぶ厚い手帳』に残しておこうと思います。
まずは今年の言葉。

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何かに所属しないんです、私は。
ただの桃紅篠田という絵描きとして。
なになにの桃紅じゃない。
ただの桃紅でいい。
どこの国の人であってもかまわない。
「私は日本人です」なんて偉そうに言わない。
アメリカ人ですとも言わない。
「どこの(国の)人」なんていうから戦争の種になる。
人として地球に生きていれば戦争なんて起きないですよ。
私はたくさんの戦争に出会ってきているから。
あんなバカバカしい、くだらない
一番いけないことは戦争です。

戦いをしたい人はスポーツをやればいい。
そしたらみんな面白がって見てくれる。
戦うことをスポーツに置き換えた人間は本当に頭がいい。
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「なになにの桃紅じゃない。ただの桃紅でいい」
「人として地球に生きていれば戦争なんて起きない」
グッときました。

桃紅先生は自分の昔の作品を見ようとしない。そのことに関して・・・
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昔のことを思い出していたらダメですよ、人間は。
思い出なんてものは、なるべくないほうがいい。
やはり未来。未来は必要ですよね。
過去はもうすんじゃったんだから、何があったってしょうがない。
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いい記憶もあるでしょ?という質問に対して・・・
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そんなことをいつまでも自慢していたらしょうがない。
若い時に、みんなにどーだった、あーだった、
そんなこと言ってたらバカじゃないですか。
『私、若い時、モテたのよ』なんて話をしたら、
あの人、バカじゃないですか。
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懐かしい思い出は取っておいていいでしょ?桃紅先生。
過去の仕事の成功をいつまでも自慢していちゃ
進歩がないからダメよ、ということですよね?

105歳を過ぎても過去より未来なんだなぁ。

いつが一番楽しかったですか?という質問に対して・・・
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いくつの時が一番よかったなんて言えないわ。
人間はその時その時にしかないものを大切にすべきだと思う。
ハタチにはハタチの人生がある。
30歳には30歳の人生、
40歳には40歳の。
その時は二度とないんだから。
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自分の作品の価値を問い続ける桃紅さん
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自分がものをつくって発表するなんてことは
あまりにいい気なものすぎる。
大声あげて道路を走り回っているようなもんよ。
芸術家なんてね、実に不遜。
傲岸不遜な職業よ。エラソーに。

『誰も引けないだろう、こういうは』なんていうような顔をして
下手くそなを一本引いたりして
人に見せたりしてんだから。
いい気なもんよ。
もう少し謙虚にならなきゃね。

一本ので人に見せるんだったら
そのがどれほど美しいか、どれほど力強いか。
人に何かを、気持ちがスーッとするだけでもいい、
何か力を与えるものがあるか。
そのというものに、人に見せ、
場所を取って発表するだけのものがあるのか、と。
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この「線」という言葉を「広告コピー」と置き換えてみる・・・。

一本の広告コピーを人に見せるんだったら
その広告コピーがどれほど美しいか、どれほど力強いか。
人に何かを、気持ちがスーッとするだけでもいい、
何か力を与えるものがあるか。

その広告コピーというものに、人に見せ、
場所を取って発表するだけのものがあるのか、と。
もう少し謙虚にならなきゃね。

コピーライターとして、人として、謙虚は当然だわな。

芸術家篠田桃紅さんとコピーライター中村禎を
同列で考えるのは誠におこがましいのですが
何か一つでも共通点を見つけ、
105歳の先輩の言葉からヒントをもらおうとメモしたのでした。

篠田桃紅さんとのセレンディピティ①
篠田桃紅さんとのセレンディピティ②
篠田桃紅さんとのセレンディピティ③

謙虚でありたい


謙虚でありたいと思う。
しかし、具体的に何をしているか、と問われると「えーっと」と考えてしまう。
facebookで友だちが【謙虚さがなくなる14の兆候】という言葉を見つけて
アップしてくれていた。思わず、メモ。
この14の兆候を出さないようにすればいいわけだ。
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【謙虚さがなくなる14の兆候】

01■時間に遅れがちになる

02■約束を自分の方から破りだす

03■挨拶が雑になりだす

04■他人の批判や会社の批判が多くなる

05■すぐに怒りだす(寛容さがなくなる)

06■他人の話を上調子で聞き流す

07■仕事に自信が出てきて勉強をしなくなる

08■物事への対応が緩慢になる

09■何事も理論で解決しようとする

10■打算的になりだす(損得勘定が先になる)

11■自分が偉く思えて他人がバカに見えてくる

12■立場の弱い人に対して強くものを言いがちになる

13■言い訳が多くなる

14■「ありがとう」という言葉が少なくなる(感謝の気持ちがなくなる)

「素心のすすめ」池田繁美著
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自分が中心、自分だけが正しいと思う、人の意見に耳を貸さない、
ベテランである、人より年上である、上から目線・・・。

「学年で言ったら上」の発想がいまだにあって、年が上の方が偉い、
みたいな錯覚を、老人になるまで引きずっていると、
こうなりやすいのかもしれない。気をつけよう。
時々この14ヶ条を思い出して、自分の姿勢を正そうと思います。

黒澤明監督の言葉


同じことを別の人も言っている。同じことをちょっと違う角度から別の人が言っている。そういう事柄に出会うと、それは真実なんだなぁと思います。だからメモします。さらに、自分の耳に痛い言葉、勉強になるなぁという言葉にも出会うことができました。還暦すぎても、まだまだなんだよなぁ。

「ためない練習」という本の僧侶の言葉に
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誰かと会ったらまず
「この人のいいところは、ここだ」と心に刻む練習をしましょう。
人のいいところを見つけると、その人を見る自分の眼が優しくなります。
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というのがありました。なるほど!と思いました。

このことを別の角度から見た、黒澤明監督の言葉です。
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悪いところは誰でも見つけられるけれど
いいところを見つけるのは、
そのための目を磨いておかないとできない。

人(モノゴト)の悪いところを見つけるのはカンタン。誰でもできる。
良いところを見つけるには、それなりの訓練がいる。
私には、人の悪口を言ったり憎んだりしているヒマはない。
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「目を磨く」か・・・。

そして、耳に痛い言葉・・・。
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自分の人生経験だけでは足りないのだから
人類の遺産の文学作品を読まないと、
人間は一人前にならない。
ーーーーーーーーーーーーー
・・・。

 

そして、コピーライターとして、ものをつくる人として、
覚えておきたい有難い言葉、言葉、言葉。
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創造というのは記憶ですね。
自分の経験やいろんなものを読んで
記憶に残ったものや感情が足がかりになって
何かが創れるんで。
無から創造できるはずがない。
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これでもか、これでもか、と頑張って
一歩踏み込んで、それでも粘って
もうひと頑張りして。

もう駄目だと思っても
ズカッと踏み込んで。

そうしていると
突き抜けるんだ。
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泥沼にだって、星は映るんだ。
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どう生きてきたかは
顔に出るものだ。
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人間は集中して夢中になっているときが
一番幸せで楽しいもんだよ。
子どもが遊んでいるときの
無心な顔は素直だ。
声をかけても聞こえないほど
自意識がない状態。
あれが幸せというもんだね。
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いい言葉を自分から発することはできなくても
いい言葉に目を留めて、自分の習慣に取り込めばいい。

クイズ番組の難問の答えを知ることより
たくさんのいい言葉を身につけて、生きて行く。
そのほうがいいなぁ、ボクは。

ためない練習


気になるタイトルの本を見つけました。『ためない練習』という本。この『〜練習』という言葉が気に入ったのでした。サブタイトルに「大事なものだけ残していく、人生のヒント」とある。この本もそうですが、最近、仏教の教え、というか住職さんの本をよく読んでいる気がするなぁ。

電通時代の先輩の、本田亮さんの言葉『持ち運べる財産を持とう』というのがあり、それに感銘を受けました。読んだ本を本棚に飾るのではなく、大事なところを暗記して、それが習慣となるまで体に染み込ませる。そうなれば、その本から得た知識は「持ち運べる財産」となるわけです。

読書量が多くないボクとして、やっていることは、①読んだ本の気になった部分にポストイットを貼り ②その部分だけを読み返しながらノートに書き出し ③スキャンしてEVERNOTEに取り込み ④iPhoneでどこでも読み返せるように、しています。何度も体に叩き込まないと、なかなか習慣にまではならないのです。そして、ブログにも書いて、みなさんにも発表することで、自分の習慣にせよ、という「自主強制的約束」です。

この本の中で、特に心に刺さった言葉をメモします。
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誰かと会ったらまず
「この人のいいところは、ここだ」と心に刻む練習をしましょう。
人のいいところを見つけると、その人を見る自分の眼が優しくなります。
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部屋に花が飾られていたら、誰よりも先にそれに気づいて
「あーキレイな花!」と口にしましょう。
誰かが言ったのを聞いてから「本当だ」と気づくようでは、
心の張りがなくなってきた証拠です。
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誰かと関係することをやる場合、一度
「これって私のわがままか?」と
自問してみましょう。
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犬の秘められた力②


NHK地球ドラマチック『犬の秘められた力』という番組を録画していました。そこで得た知識をメモしておこうと思います(その2) いつか犬と暮らす日のために。

ガン細胞を嗅ぎ分ける
ボーダーコリーの雑種、マックス。いつもは飼い主(女性)の隣に座るのに、ある日から急にそばを離れて、すねたように悲しい顔をするようになった。飼い主の胸の匂いを嗅いで、悲しそうな顔をして離れて行く。寄ってこない。ある日、悲しそうに横になっているマックスと目が合った。その飼い主は昔受けた乳がん検診では陰性だったという。でも、胸の匂いを嗅いで悲しそうな表情で寄ってこないマックスを見て、ふと思った。乳がんの再検査してみることに。精密検査の結果、ごく初期のガン細胞があることがわかった、という。

(犬はガン細胞の匂いがわかる、という話は知っていた。警察犬に多いジャーマン・シェパードや盲導犬に多いラブラドール・レトリーバーなどを訓練して、嗅ぎ分けることができるようになる、という話は知っていた。しかし、そのガン細胞の匂いのする飼い主に「悲しそうな表情」をするということは、「ガンの匂い=悪いもの」という認識まであるということか!ボーダーコリーは、犬の中でも最も頭のいい犬種だとされているけど、この実話にはビックリ!)


飼い主の女性が手術をし、無事退院してきたとき、マックスは駆けよって来て、胸の匂いを嗅いで、尻尾を振ってよろこんでいたという。(エエ話や)

犬は言葉をしゃべれない。でも飼い主に伝えたいことがある時、どうするか。目で、表情で、態度で、訴えるしかない。要は、そのサインを人間が想像力を総動員して理解できるかどうか。人間がそれを理解しようとすることが大事なんだなぁ。犬を飼うということは、犬の気持ちを想像する、考えることから始まるんだろう。相手の気持ちを想像する、考える。コピーライターも一緒やな。

犬の秘められた力①視覚・聴覚・嗅覚・利き足

犬の秘められた力①


NHK地球ドラマチック『犬の秘められた力』という番組を録画していました。そこで得た知識をメモしておこうと思います(その1) いつか犬と暮らす日のために。

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犬の視覚(目)
■人間は3種類の色を見分けるが、犬に見える色は2種類しかない。ほとんどが青と黄色に見えている。例えば、緑の芝生とオレンジ色のおもちゃは区別がつかない。(匂いで見つけるしかない)
■モノを認識する能力は高い。飛んでいるフリスビーはスローモーションに見えている。だから着地点に先回りし、加えることができる。
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犬の聴覚(耳)
■人間と較べると、距離にして4倍、音の高さにして2倍の音を聴き取ることができる。
■犬笛、電球が灯る音、デジタル時計の振動音もわかっている。
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犬の嗅覚(鼻)
■脳の大きさは人間の10分の1だが、嗅覚は人間の40倍。匂いを感知する受容体(外からの刺激を受け取る器官や細胞)の数は3億個。これは人間の60倍。
■数ヶ月前の匂いも嗅ぎつけることができる(警察犬・救助犬)
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■犬は吠えることで6種類の感情を表現している。(その6種類はなんだろう・・・不安・よろこび・恐怖・注意喚起・・・・後は何?・・・・)

■犬(とくに仔犬)は夢を見ることで記憶を整理している。
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性格は利き足でわかる
■どちらの足から歩き始めるかで利き足がわかる。
■右利きは盲導犬に向いている(注:盲導犬になれる犬は極めて少数。犬種は、高度な訓練に適応できるラブラドール・レトリーバーが最適とされ、その中でも向き不向きがあり、しかも訓練しても落第することもあるほどの狭き門、らしい。さらに、血筋も大事。さらに、親が盲導犬でもその仔犬すべてが盲導犬になれるわけでもない、らしい)
■つむじの巻く方向も、半時計の方が「冷静」「機転がきく」「自信に満ちている」
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■犬は汗をかけない(毛で覆われているから)
■犬は体温を下げるために口を開け、舌を出す。
■走ったあと、ハァハァするのは息切れではなく、体温を下げるため。体の熱を口から逃がしている。
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■犬は、人の感情を見るため、人の顔の左半分を見ている

■犬が人にキスをしたり、顔をなめたりするのは愛情のあらわれ。
■口をなめるのは、仔犬の頃、母親の口の中の食べ物をねだった名残。相手を母親のように思っている証拠。

■犬と人間との関係を計る目安、あくび。あくびが出るのは共感のあらわれ。飼い犬にあなたのあくびが移るようなら、良い関係が築けている証拠。
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癒しの秘密
(人はどうして犬といるとリラックスできるのか)
■犬をなでるとオキシトシンが分泌され、血圧が下がる。(オキシトシン=母親が赤ちゃんに授乳するときに分泌されるホルモン)つまり、犬をなでることは、赤ちゃんと接するときと同じ穏やかな感情になる。なでられた犬もオキシトシンが分泌され、血圧が下がる。

■犬の観察力は鋭い。仕度をする前から、散歩に出かけることがわかる。人にはそれが犬の第六感のように見える。人が無意識にやっていることを観察している。

犬の秘められた力②ガン細胞を嗅ぎ分ける

108円で教わった言葉


コピーライター養成講座中村組では、コピーと関係ない話もします。(といっても、ボクは関係あると思っているんですけどね)それは、ボクの『メモした言葉』の紹介です。自分の忘備録のために、心に残った言葉をブログに書いているのですが、先日の15代目中村組最後の講義で紹介した言葉。

『人が見ていないところで、何をするかで、その人が決まる』
何かの本で読んだのですが、その出典がわからなかった。
だけど、「何かの本で見つけた言葉」として、みんなに紹介しました。

誰かが見ているからゴミを拾う。
誰も見ていなければどうか?

誰かが見ているから良いことをする、のではなく
誰も見ていない所で、どう振る舞えるか。

誰かが見ているから、丁寧に。
誰も見ていないから、雑に。
で、いいのか?

『誰も見ていない所で、どう振る舞えるか』を最近の自分のテーマにしてるんだ、という話をしました。講義で紹介したあと、出典がわかりました。いつもは『BOOK NOTE』にメモしているのですが、これは手帳に書いていた。

『禅、持たない生き方(有馬頼底著)』という本。「断捨離しなくちゃ」と思っていた時に、ブックオフの108円コーナーで見つけた文庫本。たった108円で、ものすごく大事なことを教わりました。

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■人が見ていないところで何をするか
人が見ているところでは、誰だっていい格好をする。大事なのは、誰も見ていないところで何ができるか。で、『徳』が決まる。言いたくても言わず、そっとそれができるかどうか。

何もないというのはゼロということではない
茶碗でも中に水やお茶が入っていたら、それ以上は注げない。空っぽなら、まだいくらでも注げる。空っぽ、無であるということは、何でも受け入れられるということ。

柳に雪折れなし
「気に入らぬ 風もあろうに 柳かな」
柳は、強風にさらされても、さっとそれを受け流してしまいます。
(風に揺れる柳の枝を見て、そこまで思い至るのか、と感心しました)

掃除について
掃除はただ、庭やお堂などの空間をきれいにするものではない。その本質は、心に溜まった塵、ゴミを払い、取り除いて、心を磨いていくことにある。掃除をすることで、霊性が高まってくる。世界の見え方が変って、小さなことにも感動でき、何にでも素直に感謝できる。

■字には書いた人間そのものが出る
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たった108円の文庫本に、5つも言葉をいただきました。
有難うございます、です。