原英莉花の勇気


女子プロゴルフ黄金世代の一人、原英莉花プロの言葉。
大師匠のジャンボ尾崎選手から教わったこと。

プレーでは勇気を持って振り抜いて
勝負をしっかりするように。

「勇気を持って振るっていうのは怖いんですけど
達成した時にすごく気持ちいいので
常に勇気を持ってプレーするようにしています」

言葉ではいくらでも「勇気を持って振れ」とは言える。
だけど、ボールを前にしてテークバックするほんの数秒間に
ふっと不安が頭をよぎることがある。
その「不安」がミスにつながる。

その時「達成した時の気持ちよさ」を思えば
余計なことを考えずに振り抜けそうだ。

プロだって怖いんだ。
ましてや優勝がかかった一打だとすれば、どれほど不安か。
だけど、それを克服してこそ「達成感」があるんだなぁ。

勇気を持って振り抜く。
だって気持ちがいいんだもん。

これだ。

1日1ミリ


プロは毎日

下部ツアー記録「62」を出したときの仲宗根選手
(ということは、ハーフで60を叩く(日もある)ボクはもう、
ゴルフなんかやっちゃいけない?)

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『1日1ミリ、成長しよう』

      JLPGAツアー仲宗根澄香プロの言葉。

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ゴルフ番組を見ていて、ある女子プロの言葉が心に刺さった。
思わずメモをした。

『1日1ミリ、成長しよう』

JLPGAツアー仲宗根澄香プロの言葉。
毎日練習を重ねているであろうプロの言葉。

ゴルフは3歩進んで2歩下がる(あるいは4歩下がる)と言われるほど
技術の進歩、上達が見えにくいスポーツだと思う。
日々の精進がなかなか成果として見えてこないと
毎日の練習もついおろそかになってしまう。

いまボクは、毎日100回の素振り(太いビニールホースを振る)と
10回の60秒太極拳スイングを実行している。(岡本綾子プロの教え)

めげそうになったとき、この言葉を思い出そう。
まだ目には見えないけど、着実に成長しているんだ、と信じて。

話は変わるが(種目も変わるが)
サッカーの元日本代表、横浜FC所属の中村俊輔選手。
彼はいつもチームの練習の後、残ってフリーキックの練習をしているという。
その映像でも最後に彼がこう言っていた。
「今日も1ミリ、サッカーが上手くなった、でしょ?」
練習は裏切らない。

コツコツ続けること、継続は力なり、は半年、1年、
続けた人だけが見ることができる世界が
きっとあるはずだから。

追伸:いま女子プロゴルフ界は「黄金世代」や「プラチナ世代」で盛り上がっているけど、この言葉をキッカケに仲宗根澄香プロも応援しようと思った。

地球温暖化? 暖かそうで、いいじゃない。


「温暖な気候の国に住みたいですか?」と聞かれたら、
そりゃ極寒の北極圏や酷暑・猛暑の砂漠じゃないほうがいいに決まっているので
「はい」と答えます。じゃあ
「地球温暖化って心配ですか?」と聞かれたら、どうでしょう。

『温暖』という言葉は『暖かくて心地よい』という意味だと思うんですね。
だから、国際会議で大人たちが「地球温暖化をなんとかせにゃいかん」と
心配そうな顔をして話し合っている様子を見たり、
地球温暖化に関心のない世間の人々を
「問題意識が足らん」みたいな顔をされても、
ちょっと待てよ、と言いたい。

『温暖化』って言葉が違うんじゃないか?
危機感を想起する言葉でもなく、
むしろ『温暖」で何が悪いの?って思いませんか。
この大問題を世界中の人が自分ごととして心配して考え、行動しなきゃいけない、
その旗印(キャンペーンスローガン)が『地球温暖化』という言葉でいいのか?

ボクは『地球熱帯化』とか『地球高温化』のほうが正しいのではないかと思う。
いや、正しいとか正しくないとかではなく、
どっちが『効果的』か、どっちが問題解決のために効率がいいか、
コピーライターとしては考えてしまいます。

すると、コピーライターの大先輩、鈴木康之さんも
すでに同じことを考えてらして、
当時の福田首相やテレビ局宛に進言していたことを知りました。
康之さんは『地球加熱化』と呼びましょう、と。
いいじゃないですか!

世界中の人が『地球温暖化』について話し合うのではなく、
『地球加熱化』をなんとかしようと話し合う。
みんなが言い始めれば変わっていくんじゃないかと思い、
鈴木康之さんのブログをご紹介します。

http://www.alter-magazine.jp/index.php?
あなたがたはいつまで「地球温暖化」と言い続けるのですか?

俳句の天才たち


芭蕉は『三冊子』のなかで
「俳諧は三尺の童にさせよ。初心の句こそたのもしけれ」
と言っています。

俳句というものは童子の語り口のように
平易な表現で風体も軽やかに詠むことこそ大事で、
難解な文字や奇抜な表現に走る才智依存は句作では
百害あって一利なし、と説いているのです。

いまちょっと、俳句を勉強したくて、
いろんな本に目がいくのですが、
芭蕉の言葉が頭にあったせいか、図書館で、
とあるタイトルに目が止まったのです。

『子ども俳句歳時記』金子兜太監修。

パラパラと読み始めて、ハッとしました。
劇画でいうと、雷に打たれたようなシーン。
ピカソのデッサンのような、芭蕉の走り書きのような、
ダイヤの原石をゴロゴロ発見したような、そんな感動。
これは記録せねば、です。

300ページ余から好きな句を書き写してみたら、なんと139句に。その中でも好きなヤツを選んで35句。「これは秀句だ」と偉そうに選んだのではなく、こんな句を書きたいな、で選びました。

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あおむけば口の中まで春日かな     (中3男)

春風にやめた先生のかおりする     (小4女)

新しきクラスの窓から桜見る      (中2女)

花の種まく一粒は風に分け       (中3女)

うぐいすの鳴き声未熟山の春      (中3女)

モンシロチョウみつすう花をきめました (小4男)

ふわふわと蝶飛び説教つづくなり    (中1男)

ドッチボールがんばれとつばめちゅうがえり     (小1女)

マラソンをしてもしなくても暑い    (小3女)

飾られて細くて涼し埴輪の目      (小6男)

夏服になれば心も夏になる       (中3女)

クロールの上げる腕から見える空    (小6男)

一発の花火がてらす川の幅       (中3男)

せんぷうき兄とわたしに風分ける    (小5女)

かぜやんでかんがえているこいのぼり  (小2男)

あじさいの庭まで泣きに行きました   (小6女)

天国はもう秋ですかお父さん      (小5女)

おはじきの音さわやかに仲直り     (小5女)

秋の風とべたとび箱ふりかえる     (中1女)

ほんとうの願いは書かず星祭      (中1女)

くりひろいしているときもくりおちる  (小1男)

鉛筆の進む音だけ冬の夜        (小6女)

冬の川うごかぬ舟が一つだけ      (小5男)

先生のかみがたかわって新学期     (小5女)

はるやすみとけいはいつもうごいてる (幼稚園女)

虫かごの中にまだある夏休み      (小5女)

真夜中に風鈴思い出して鳴る      (高3女)

原爆忌この日は暑さ口にせず      (中3男)

しまへびの真一文字にひかれけり    (中3女)

おちついたくらしのような虫の声    (小6男)

のけものにされ校庭の秋を見る     (中3女)

ポケットの小銭を鳴らす夏祭り     (中2男)

受験する姉と最後のプール行く     (小6男)

里帰り母のなまりがいきいきと     (小4女)

さよならと空に小さくなる親友     (小5女)

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これらの子どもたちの句、目の付け所の素直さに感心します。
こうすれば褒められるだろう、なんていう大人の薄汚い心はなく
ただ、そう思ったから、書いた。そう見えたから、書いた。
そこには、コピーにも通じる
「だって、そうじゃん」があるように思えました。

ピカソの言葉を思い出しました。
参照:ピカソはこども
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こどもは皆、芸術家だ。
そのままでいることが、難しいのだ。
ピカソ
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そして、ケン・ロビンソン氏の言葉
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大人は失敗を許されない。
こどもは失敗を怖れない。
学校教育がクリエーティビティを失わせている。

Ken Robinson (TEDカンファレンスより)
http://www.youtube.com/watch?v=Tm90Ktww7g4
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以下、ノートに好きな句を書き出していたら、
139句にもなってしまいました。

いかがでした?すごいでしょ。すごいと思うんだなぁ。

参照:ピカソはこども

穏やかな最期(リビングウィルの共有)


駅までの道の途中に公民館のような、いつも選挙の投票で使う場所がある。そこの掲示板のポスターに目がとまった。「穏やかな最期」「自宅で最期を迎えるための…」という言葉。

昨年、中学の時の恩師が亡くなった。最期は自宅でご家族に見守られながら静かに旅立たれたと聞いた。それ以来、「自宅で最期を」ということに関心を持った。「自宅で亡くなると、警察が来て、現場検証とか死因を調べるために解剖されたりとか大変だよ」という根拠のない噂も聞く。実際のところどーなんだ。山田先生は幸せな最期だったそうじゃないか。ボクもそっちがいい。

意識がなくなって(でもホントは意識はあるけど喋れない、体も動かないという状態になって)延命のためだけに管だらけになるのはイヤだ。そうなる前に準備が必要だと感じていた。だから話を聞きに行こうと思った。

当日になって、行くのちょっとメンドクサイなと思ってしまった。無料で予約も不要のフォーラムなので、別に行かなくてもドタキャンにはならない。しかし、『迷ったらメンドクサイ方へ、の法則』でいこうと決めてあるので、やっぱり行くことにした。

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基調講演は「痛くない死に方〜穏やかな最期を迎えるために知っておきたいこと〜」尼崎市のクリニックの院長、長尾和宏氏。撮影禁止だったので、パワポのスライドが写真でメモできなかったので、気になった言葉だけメモをした。忘れないために、もう一度まとめておこうと思う。

リビングウィルを書いておく(生前に延命治療についての意思表示しておく)それを書くだけではダメで、家族、兄弟、親、できれば親戚、かかりつけ医(在宅医)、ヘルパーさんたち、と共有しておくことが大事。

■大橋巨泉さんは自宅で最期を迎えたかったので、ずっと自宅療養していた。しかしある日容体が急変して意識がなくなった。奥様が救急車を呼んでしまった(注)以後、3か月集中治療室で管につながれて亡くなった、という。巨泉さんはたぶんそう望んではいなかったはず。しかし意識はなく(本人は聞こえていたかも知れない)意思表示できないので、救急車→病院→管だらけ→天国となってしまった。巨泉さんの場合は、本人と奥様、医師たちとのリビングウィルの共有ができていなかったのが残念だった、と長尾先生は言う。

注:救急車を呼ぶということは、延命してくださいという意思表示。患者が延命を望まない場合は救急車を呼んではいけないらしい。運ばれた病院も延命措置をする義務がある。だから、管につながれてしまう。問題は、いつそれをやめるか(外すか)だそうだ。

■延命措置とは何か。人工栄養、人工呼吸、人工透析、輸血、酸素吸入、iPS細胞などがそれに当たる。延命措置は大事だけど、それを「いつやめるか」が大事なんだ、と。降圧剤やインスリンの投与はいい。だけど、それを「いつやめるか」のやめどきが難しいのだ、と。やるのは簡単。いつやるか?は、今でしょ、でいい。いつやめるの?これが難しいし重要な問題となる。

■高カロリー点滴や酸素吸入はガンのエサ。

■大阪大学(?)の総長だった(?)○○さんの本に「待つということ」というのがあるらしい。そこには「枯れる」ことの重要性が書かれているという。調べてみるか。

■DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)は,心停止時に心肺蘇生(cardiopulmonary resuscitation;CPR)を実施しないことを意味する。

リビングウィルとは、「生前に発効される遺書」のこと。 通常の遺書は、亡くなった後に発効されるが、リビングウィルは、生きていても意思表示のできない状態になり、その回復が見込めなくなったときに発効される。→これを日本政府はこれを「書くな」と言っているらしい。そんなこという国は世界で日本だけらしいなんで?(禎)

■ACP(アドバンス・ケア・プランニング)人生会議。事前指示書(リビングウィル)は書くだけでなく家族の署名も取っておこう

■「日本尊厳死協会」というのがあるらしい→調べてみよう(禎)

「安楽死」と「尊厳死」は違う
安楽死・・・回復の見込みがなく、苦痛の激しい末期の傷病者に対して、本人の意思に基づき、薬物を投与するなどして人為的に死を迎えさせること。日本では認められていない。

尊厳死・・・回復の見込みがない傷病者に対して、本人のリヴィング・ウィル(生前の意思)に基づき、人工呼吸器や点滴などの生命維持装置を外し、人工的な延命措置を中止して、寿命が尽きたときに自然な死を迎えさせること。

医師法20条と21条
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=9151

■スイスにはいくつかの尊厳死・安楽死の施設がある。
DIGNITAS・・・安楽死による死ぬ権利を訴え、実際に医師と看護師により自殺を幇助するスイスの団体。 医師が作成した診療録をスイスの裁判所が許可した場合に、対象者への自殺幇助を提供する。 (ウィキペディアより)

その施設で家族と何日か過ごし、その施設の部屋でピルを飲んで最期を迎えるらしい。現地で火葬され遺骨を持って帰国する。DIGNITASは外国人でも可。

→まだ自分からそのピルを飲もうとは思わないが、重病でどうしようもなかったらそうするのだろうか。行ってみて、やっぱり怖い、ってなるかも。自分でピルを飲み込めない状態だったらどうするんだろう。まあ、そういう施設があることだけは知っておこう。(禎)

「断食すれば安らかに死ねる」 by 小泉純一郎

「健康より元気だよ」 by 倉本聰 いい考え方だな、と思ってメモしたけど、よく考えてみれば、健康じゃなく病んでいる時に元気は出ない。上っ面な言葉だな、ともいえるか(禎)

■在宅医はどうやって見つければいいのか・・・対談では「いろんな病院にかかって、いい人を見つければいい」「病状を見て薬だけくれるような医者はダメだ」とかあったけど、私の主治医になってくださいって言って「イヤだ」とか「今いっぱいです」とか言われないんだろうか。それと、この先生はいい人そうだな、と思っても、ボクより年上だったら、その先生が先にいなくなったりしないだろうか、などといろんな疑問が沸いてくる。質問はできなかったので、この問題はまだまだ解決しそうもないな(禎)

■対談の最後に、こういうフォーラムを杉並区が主催していることがすごい、と司会者が言っていた。杉並区は進んでいる、と。たくさんパンフレットをもらって帰ってきた。さて、次の行動は?(禎)

篠田桃紅さんとのセレンディピティ③

 図書館での偶然の出会い

セレンディピティ(偶然の出会い)は、amazonにはたぶんない。図書館や大きな書店には、まだあると思う。「あなたにはこれが適当です」と推薦されるものは、過去のデータ(好み)からでしかない。昨日まで気にならなかったものに、今日興味を持つかもしれない。そうやって出会うものも忘れてはいけない。探していた本の近くに、全く新しい出会いがあるかもしれないのです。

日比谷図書館でとある地方の方言を調べようと思って本を探していたときだったと思います。近くにあった、本のタイトルと装丁に目が止まりました。ふと手にとって、ページをめくって、メモした言葉を記録しておきます。墨で描かれた抽象画と文章。絵本のような本でした。


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人生は一本の線

私はこういう線を引きたいと思って、一本の線を引いた。
しかし現実にできた線は、思った線とは違う。
人生も同じ。
人は、こういうふうに生きたいと思って、
しかし現実の人生は違う。

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出来心

出来心は、悪い意味に使われるけど
私は、毎日、出来心。
ふっとどういうところから思いが来るのかわからない。
どうして降ってくるのかわからない。

 

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幸福はあなた次第

私は幸福な人間、と思えるほど恵まれた人はそういない。
こういうときに、ちょっと幸福を感じる、という人はいる。
悩んでもしょうがない、と諦める手立てを
上手に持った人は生きられる。
自分をいなすことで、生きていける。
手立ては人それぞれで、
幸福は、ご自分の意識次第です。
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そうですよね。
幸せは、どこかに「あるもの」ではなく「気づく」もの。
と誰かの言葉で聞いたことがあります。

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なんだかやってみたい

必要があるかないか、誰にもわからないですよ。
必要だから、やるわけではない。
必要ではないから、やらないわけでもない。
なんだかやってみたい、という思いが大事。

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ないものねだり

ないものは欲しい。
あるものは、ありがたくない。
あるものを、ちゃんとありがたく思えて、
ないものは、まあしょうがないと思い、ねだらない。
そういう人は幸福。

自分の置かれた境遇を
これでよかったと満足できる人は、
最後、天に上がれるかな。

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「当たり前」に見えることを「有難い」と思えると、いいですね。
ああ、ここにも「謙虚」という言葉が、あるんだなぁ。

篠田桃紅さんとのセレンディピティ①
篠田桃紅さんとのセレンディピティ②
篠田桃紅さんとのセレンディピティ③

篠田桃紅さんとのセレンディピティ②

篠田桃紅さんのインタビュー番組を偶然見ることができた。その時の言葉をメモした。次元は違うのだろうが、コピーを書くときと同じ感覚があると思った。その言葉。

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心というものがすごく邪魔をしているんじゃないでしょうか、作品を作ることを。

どうやったら心が後ろ側に行ってくれて

ものをつくろうという意思が後ろ側に行ってしまって

私をつくらせている本当の芯みたいなものだけが紙面に出てくる時間、時、機。

そういうときがあるような気がする。

(1982年当時70歳頃の制作風景での言葉)

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全く次元が違うことかもしれないけど、同じようなことを感じたことがある。昔、年賀状のために墨を磨って半紙に書き初めをしていた時期があった。思いを込めてその「文字」を書くのだけれど、どこか「うまく見せたい」という気持ちが忍び出てくる。書いたものを何枚も床に並べて眺めてみると、そういう下心が出た字はすぐわかった。どこかいやらしい、どこか見栄を張った、どこか騙そうとしている文字に見えた。結局一番いいのは、何も考えずにガッと勢いで書いた文字だった。という経験をしたことがあった。

同じように、コピーを書くときもそう。どこか「褒められよう」とか「うまいね、って言われよう」とか「広告賞を獲ろう」とか、そういう不純なものが混ざったコピーはやはり醜い。すぐ化けの皮が剥がれる。それは、広告となって世の中に出たとき、なんの力も持たない。良い悪いの問題以前、消費者の目に入らない。制作者側が自己満足しているだけのものでしかない。だからやっぱりコピーは「うまいこと言おう」ではなく、「本当のことを言おう」だと思う。

桃紅さんとはレベルが違うのだろうが、「心を後ろ側に」というのは、邪念とか邪心とかそういうものが消えて、「自分の芯」が紙面に書かせる状態がいいのだと思う。つまり「ホントに思ったことを書け」なのだ。(「思った」時点でダメなのかも。無意識が書かせる、ということなのだろうか)

そういうことですよね?桃紅先生(怖くて聞けないけど)

篠田桃紅さんとのセレンディピティ①
篠田桃紅さんとのセレンディピティ②
篠田桃紅さんとのセレンディピティ③

篠田桃紅さんとのセレンディピティ①


「セレンディピティ」という言葉が好きです。思いがけないものを発見する、偶然の出会い、という意味です。AIに分析されて「あなたにはこれがお似合いです」と押し売りされるより、たまたま目に留まったものとの出会いのほうが、好き。偶然なんだけど、なんかそこに「見えない運命」みたいなものを感じたりします。

お正月のお笑い番組を流し見していて、それが終わったら何やらインタビュー番組らしきものが流れ始めた。聖路加病院の日野原先生が出ていたので目が止まった。つい先日、日野原先生の言葉をメモしたばかりだったから。日野原さんと上品なおばあちゃんが対談している。画面のタイトルに「篠田桃紅105歳を生きる」とある。篠田桃紅?なんか見覚えがあった。気になって引き続き番組を見ていて、おばあちゃん(篠田桃紅さん)の語りにスーパーインポーズが入る。ん?なんか聞き覚えがあるぞ・・・・。慌てて録画を始めた。その話口調に覚えがあった・・・。

一昨年の手帳を繰ってみて、あった。日比谷図書館で書き物をしていた時、偶然見つけた本があって。その中の言葉が気になってメモをしていた。その本が『人生は一本の線』という、篠田桃紅さんの本だった。その時のメモがあった。お顔は初めて見た。しかも、現在105歳だということも初めて知った。その人の表情と声が聞けるというラッキー。さすがNHKですね。メモした言葉はただの文字だけど、その人の顔と声が聞こえれば、その言葉はもっと染み込みが良くなると思います。

2017年の手帳にメモした言葉 イカン、忘れていた ちゃんと身についていなかったということか

今日メモした言葉と一昨年にメモした言葉を、『ぶ厚い手帳』に残しておこうと思います。
まずは今年の言葉。

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何かに所属しないんです、私は。
ただの桃紅篠田という絵描きとして。
なになにの桃紅じゃない。
ただの桃紅でいい。
どこの国の人であってもかまわない。
「私は日本人です」なんて偉そうに言わない。
アメリカ人ですとも言わない。
「どこの(国の)人」なんていうから戦争の種になる。
人として地球に生きていれば戦争なんて起きないですよ。
私はたくさんの戦争に出会ってきているから。
あんなバカバカしい、くだらない
一番いけないことは戦争です。

戦いをしたい人はスポーツをやればいい。
そしたらみんな面白がって見てくれる。
戦うことをスポーツに置き換えた人間は本当に頭がいい。
ーーーーーーーーーーーーー
「なになにの桃紅じゃない。ただの桃紅でいい」
「人として地球に生きていれば戦争なんて起きない」
グッときました。

桃紅先生は自分の昔の作品を見ようとしない。そのことに関して・・・
ーーーーーーーーーーーーー
昔のことを思い出していたらダメですよ、人間は。
思い出なんてものは、なるべくないほうがいい。
やはり未来。未来は必要ですよね。
過去はもうすんじゃったんだから、何があったってしょうがない。
ーーーーーーーーーーーーー

いい記憶もあるでしょ?という質問に対して・・・
ーーーーーーーーーーーーー
そんなことをいつまでも自慢していたらしょうがない。
若い時に、みんなにどーだった、あーだった、
そんなこと言ってたらバカじゃないですか。
『私、若い時、モテたのよ』なんて話をしたら、
あの人、バカじゃないですか。
ーーーーーーーーーーーーー
懐かしい思い出は取っておいていいでしょ?桃紅先生。
過去の仕事の成功をいつまでも自慢していちゃ
進歩がないからダメよ、ということですよね?

105歳を過ぎても過去より未来なんだなぁ。

いつが一番楽しかったですか?という質問に対して・・・
ーーーーーーーーーーーーー
いくつの時が一番よかったなんて言えないわ。
人間はその時その時にしかないものを大切にすべきだと思う。
ハタチにはハタチの人生がある。
30歳には30歳の人生、
40歳には40歳の。
その時は二度とないんだから。
ーーーーーーーーーーーーー


自分の作品の価値を問い続ける桃紅さん
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自分がものをつくって発表するなんてことは
あまりにいい気なものすぎる。
大声あげて道路を走り回っているようなもんよ。
芸術家なんてね、実に不遜。
傲岸不遜な職業よ。エラソーに。

『誰も引けないだろう、こういうは』なんていうような顔をして
下手くそなを一本引いたりして
人に見せたりしてんだから。
いい気なもんよ。
もう少し謙虚にならなきゃね。

一本ので人に見せるんだったら
そのがどれほど美しいか、どれほど力強いか。
人に何かを、気持ちがスーッとするだけでもいい、
何か力を与えるものがあるか。
そのというものに、人に見せ、
場所を取って発表するだけのものがあるのか、と。
ーーーーーーーーーーーーー
この「線」という言葉を「広告コピー」と置き換えてみる・・・。

一本の広告コピーを人に見せるんだったら
その広告コピーがどれほど美しいか、どれほど力強いか。
人に何かを、気持ちがスーッとするだけでもいい、
何か力を与えるものがあるか。

その広告コピーというものに、人に見せ、
場所を取って発表するだけのものがあるのか、と。
もう少し謙虚にならなきゃね。

コピーライターとして、人として、謙虚は当然だわな。

芸術家篠田桃紅さんとコピーライター中村禎を
同列で考えるのは誠におこがましいのですが
何か一つでも共通点を見つけ、
105歳の先輩の言葉からヒントをもらおうとメモしたのでした。

篠田桃紅さんとのセレンディピティ①
篠田桃紅さんとのセレンディピティ②
篠田桃紅さんとのセレンディピティ③

謙虚でありたい


謙虚でありたいと思う。
しかし、具体的に何をしているか、と問われると「えーっと」と考えてしまう。
facebookで友だちが【謙虚さがなくなる14の兆候】という言葉を見つけて
アップしてくれていた。思わず、メモ。
この14の兆候を出さないようにすればいいわけだ。
ーーーーーーーーーーーーー
【謙虚さがなくなる14の兆候】

01■時間に遅れがちになる

02■約束を自分の方から破りだす

03■挨拶が雑になりだす

04■他人の批判や会社の批判が多くなる

05■すぐに怒りだす(寛容さがなくなる)

06■他人の話を上調子で聞き流す

07■仕事に自信が出てきて勉強をしなくなる

08■物事への対応が緩慢になる

09■何事も理論で解決しようとする

10■打算的になりだす(損得勘定が先になる)

11■自分が偉く思えて他人がバカに見えてくる

12■立場の弱い人に対して強くものを言いがちになる

13■言い訳が多くなる

14■「ありがとう」という言葉が少なくなる(感謝の気持ちがなくなる)

「素心のすすめ」池田繁美著
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自分が中心、自分だけが正しいと思う、人の意見に耳を貸さない、
ベテランである、人より年上である、上から目線・・・。

「学年で言ったら上」の発想がいまだにあって、年が上の方が偉い、
みたいな錯覚を、老人になるまで引きずっていると、
こうなりやすいのかもしれない。気をつけよう。
時々この14ヶ条を思い出して、自分の姿勢を正そうと思います。

黒澤明監督の言葉


同じことを別の人も言っている。同じことをちょっと違う角度から別の人が言っている。そういう事柄に出会うと、それは真実なんだなぁと思います。だからメモします。さらに、自分の耳に痛い言葉、勉強になるなぁという言葉にも出会うことができました。還暦すぎても、まだまだなんだよなぁ。

「ためない練習」という本の僧侶の言葉に
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誰かと会ったらまず
「この人のいいところは、ここだ」と心に刻む練習をしましょう。
人のいいところを見つけると、その人を見る自分の眼が優しくなります。
ーーーーーーーーーーーーー
というのがありました。なるほど!と思いました。

このことを別の角度から見た、黒澤明監督の言葉です。
ーーーーーーーーーーーーー
悪いところは誰でも見つけられるけれど
いいところを見つけるのは、
そのための目を磨いておかないとできない。

人(モノゴト)の悪いところを見つけるのはカンタン。誰でもできる。
良いところを見つけるには、それなりの訓練がいる。
私には、人の悪口を言ったり憎んだりしているヒマはない。
ーーーーーーーーーーーーー
「目を磨く」か・・・。

そして、耳に痛い言葉・・・。
ーーーーーーーーーーーーー
自分の人生経験だけでは足りないのだから
人類の遺産の文学作品を読まないと、
人間は一人前にならない。
ーーーーーーーーーーーーー
・・・。

 

そして、コピーライターとして、ものをつくる人として、
覚えておきたい有難い言葉、言葉、言葉。
ーーーーーーーーーーーーー
創造というのは記憶ですね。
自分の経験やいろんなものを読んで
記憶に残ったものや感情が足がかりになって
何かが創れるんで。
無から創造できるはずがない。
ーーーーーーーーーーーーー
これでもか、これでもか、と頑張って
一歩踏み込んで、それでも粘って
もうひと頑張りして。

もう駄目だと思っても
ズカッと踏み込んで。

そうしていると
突き抜けるんだ。
ーーーーーーーーーーーーー
泥沼にだって、星は映るんだ。
ーーーーーーーーーーーーー
どう生きてきたかは
顔に出るものだ。
ーーーーーーーーーーーーー
人間は集中して夢中になっているときが
一番幸せで楽しいもんだよ。
子どもが遊んでいるときの
無心な顔は素直だ。
声をかけても聞こえないほど
自意識がない状態。
あれが幸せというもんだね。
ーーーーーーーーーーーーー

いい言葉を自分から発することはできなくても
いい言葉に目を留めて、自分の習慣に取り込めばいい。

クイズ番組の難問の答えを知ることより
たくさんのいい言葉を身につけて、生きて行く。
そのほうがいいなぁ、ボクは。