夏野剛さんの言葉①

夏野さんの話

『イノベーションは摩擦から生まれる』

昔、夏野さんが役員をしていた会社で、社長が「君にはいつも議論で論破されていてくやしい」とマジで言ってきたそうだ。夏野さんは「いいじゃないですか、そんなこと。あなたは社長でいるんだから、それでいいじゃないですか」と言ったら本気で怒ってきたそうだ。大事なのは摩擦を恐れずに議論して、いい方向を見つけてそこに進んで行くことであって、誰がいいことを言ったかなんか、どうでもいいじゃないか。そんな年功序列のメンツを気にしているから予定調和が崩れなくて進化が遅れるのだ、と夏野さんはいいたそうだった。

『イノベーションは摩擦から生まれる』ということは「摩擦を恐れるな」「意見が違うことを大事にせよ」「議論を避けるな」ということではないか。会社の役員会議などで社長に「それは違うと思います」と言っている取締役はいるのだろうか。みんなが「上」の顔色を伺って、自分の保身ばかり考えている役員がいる企業はダメだ、とも夏野さんは言っていた。一番簡単な方法は、役員の半数を外部から入れることだ、とも。

『イノベーションは摩擦から生まれる』
これは以前、ボクの師匠の仲畑貴志さんが「異論を大事にする」と言っていたことに通ずる。(仲畑貴志さんの話①)藤原和博さんが「脳みそを混ぜるブレストが大事になってくる」と言っていたことに通ずる。(藤原和博さんの話)新しいこと、いい方向を発見するには、やっぱりこのやり方が正しそうだ。

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(EMC Cloud Executive Summit 2014 「企業ビジネスの成長・革新と事業継続・運営効率化のためのクラウド活用」という日経BPとEMC(企業向けクラウドを扱う会社)が主催するセミナーに行きました。夏野剛さんの「IT・クラウド戦略で変貌する社会と日本企業の未来」という講演からメモした言葉より)

夏野剛さんの講演(忘備録)

夏野さんの話

EMC Cloud Executive Summit 2014「企業ビジネスの成長・革新と事業継続・運営効率化のためのクラウド活用」という日経BPとEMCが主催するセミナーに行きました。夏野剛さんとサッカー解説者山本昌邦さんの話も聞けるというので申し込みました。まず夏野さんの話「IT・クラウド戦略で変貌する社会と日本企業の未来」という夏野剛さんの話のメモを記します。@品川カンファレンスセンター

・1994年からの20年で日本のGDP成長率はたった2%だった。
・同じ時期のアメリカはGDP成長率200%、つまり3倍。
・アメリカの人口は日本の2倍で、人口も30%増えているからそのぶんを差し引いても170%はどう説明すればいいか
・日本は、ITがインフォメーション・テクノロジーのことだ、とは知っている。言葉では。
・しかし、「社会認識としてのIT」を理解していなかったのではないか。
・90年代後半にやっとひとりに1台のパソコン、ケータイ。

・IT革命とは何だったか?
・①効率革命(あらゆることの効率が上がった・スピード)
・②検索革命(Googleの出現・にわか専門家が増大・情報収集能力が飛躍的に向上)
・③ソーシャル革命(個人の情報発信力の拡大)→いままでは『個人の気付き』を広げることができなかった→それがソーシャルメディアで広げることができる時代。個人の気付きの共有が早くできる。昔から「法則」の発見は「個人名」でしょ?『ニュートンの法則』『ヴェーバー‐フェヒナー?の法則』とか。

夏野さん曰く
・いまだにWEBで選挙ができない国なんて遅れ過ぎ。ITをわからない「老人」に合わせてルールをつくるからそうなる。その「老人」が企業や国のトップにいる。→(この場合の「老人」とは高年齢の人のことではない。脳が堅い人のことだと思う。禎)
・つい最近まで政治家のWEBページを更新することも許されなかった。その理由が「プリントアウトできるから、ポスターに該当する」からだと。バッカじゃないの。→(50年以上前の公職選挙法をそのまま使っていることに問題があるわな。禎)

・いまだに「USBメモリー差しちゃダメ」とか「閲覧禁止」とかやってる企業はダメ。
・トップダウンの構造(社長→役員→局長→次長→部長→課長→みたいな構造の企業はおかしい)
・「個人」と「組織」が融合した企業が成長する
・情報は全社員が平等に共有するべき
・役員がすべて同じ会社出身だから弱い企業になる。半分は社外から連れてくるべき(→それはどうかわからないが、ただ年齢が上だとか業績がよくて出世した人が果たして「経営」のプロと言えるのだろうかとは思う。ドラッカーとかの本を読んだだけで経営できるのか、とも思う。禎)
・生物学的に見ても、同じ種の集合体は一度の食中毒で全滅する。
・いろんな種の集合体のほうが繁栄してきた。
・純血種より雑種の方が強い。企業も同じ。(→なるほど。禎)

・イノベーションは摩擦から生まれる。みんなが「同じ人」ではダメ。議論しないとダメ。
・日本人の弱さは、①語学能力の低さ(これはなんとでもなる)②個性軽視(みんな同じじゃないとしかられる教育)③議論軽視(反対意見を言いたがらない)④予定調和好き

・企業は今後6年〜10年が勝負。
・2020年までに人口は300万人減る
・2030年までに人口は1000万人以上減る

(←だからどうしろ、という結論はないんだけど、そういう状況にあることを自覚して行動せよ、ということかな。ボクには『個人の気付きの共有』 『イノベーションは摩擦から生まれる』という言葉が刺さりました。禎)

いいね!のしるし

手帳と付箋

 

このポストイットを使い始めて、2年くらいになるだろうか。いろんな人が気づいてくれて「あ、何これ?」と言ってくれる。実はこれ、宣伝会議コピーライター養成講座専門コース9代目中村組の卒業記念にもらったもの。ボクの似顔絵のポストイット。これを大量にもらった。なぜポストイットかというと、その9代目では毎回の講義の後にテーマを決めて「句会」をやっていて(あのときは武玉川だっけ?)みんなが書いた句を壁に貼りだして、自分がいいと思う句に自分の名前を書いたポストイットを貼っていく。そしてその作者に100円あげる。そんなことをやっていた。で、卒業記念にボクの似顔絵が「いいね!」しているポストイットをつくってくれたというわけ。手帳や書類やあれやこれやに使っているのを見つけた人が「あ、何これ?」と気づいてくれる。先日、自宅の食卓に置いてあったこのポストイットを見つけた妻の母親も「あ、何これ?禎さんの顔?」と言ってくれた。(少し持って帰ったらしい)

付箋みどり

 

最初は正直「こんなにたくさん要らないよ~」と思うくらい大量にもらったが、最近は「なくなると寂しいから大事に使おう」と思っている。ありがとね。(これ増刷できないのかな)

偶然の女神は・・・

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「偶然の女神は、準備のできた心に訪れる」

     NHK「ザ・プロフェッショナル」より

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誰の回だったかは忘れましたが、 NHKの「ザ・プロフェッショナル」はよく見ていて、心に残った言葉をメモしていました。そして、宣伝会議コピーライター養成講座専門コース中村組のテキストというかレジュメの「こんな言葉がありました」のコーナーで紹介したものです(2007年版)。なんで思い出したかのようにここに書くか、といいますと。中村組OBから質問が来たので、返事をしたのでした。

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【募集】コピーライターの中村禎さんが
おっしゃっていたと人づてに聞いた言葉、
「幸運の女神は、〜〜した人にやってくる」
みたいなフレーズが思い出せない。
打席に立ち続ける人だからこそ、
ラッキー安打が打てる。
みたいなニュアンスの言葉です。
誰か知っている方、コメントで教えてください。
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「偶然の女神は、準備のできた心に訪れる」
・・・NHK「ザ・プロフェッショナル」
(2007年の『中村禎の場合』より)
のことかな? と返事をしました。

「偶然できた」とか「偶然見つかった」というと、なんか運がいいねぇとかラッキーだねぇと言われそうですが、そうじゃないということです。いまから33年ほど前、この言葉を実感することがありました。JWトンプソンという広告代理店の新入社員の営業として働き始めた頃、コピーライターになりたくて社内で活動をしていました。その一環で求人広告も探していました。そして「偶然にも」サン・アドのコピーライター募集の突き出し広告を「見つけた」。そして応募した。当時通っていた宣伝会議コピーライター養成講座専門コース岡田耕さんのクラスのみんなと飲みに行ったとき、ボク以外はみんなすでにコピーライターの名刺をもっていた彼らは、誰一人そのサン・アドの求人広告を知りませんでした。「中村は運がいいなぁ」と言われましたが、それは違うと思っていました。ボクは必死でした。必死でコピーライターへの道を探していました。だからあの小さな突き出し広告を見つけられたのだと思っています。その思いと同じことをNHKの「ザ・プロフェッショナル」の誰かさんが言っていたのです。

自腹という覚悟

105期修了式

コピーライター養成講座基礎コース修了式の懇親会に行ってきた。基礎コースでは、専門コースの中村組とは別に、少人数クラスという3回のクラスを受け持ってて何人かは知っている顔がいるのでいつも行くことにしている。ボクも大学4年の頃、この基礎コースに通っていたので、こういう懇親会に講師の人が来てくれるとうれしい(だろうと思う)だから、行くようにしている(ボクの頃はこういう会はなかったから)

いろいろ話していて、自分が通っていた頃を思い出す。そこで、宣伝会議のエライところに気づかされる。ボクが通っていた頃と今と、受講料がほとんど変っていないのだ。ボクが通った1979年頃は確か16万8,000円くらいだった。聞いてみると、今もそれくらいだという。なんとほとんど値上げしていない! 宣伝会議、スゲー、と修了生たちに話した。しかし、ちょっと待てよ? とも思った。ボクが大学生だった時代のアルバイトの時給は500円がいいほうだった。今はというと、時給1,000円くらいだという。つまり、貨幣価値からすると当時の16万8,000円は現在の33万6000円くらいじゃねーか? てなことを今の修了生に自慢しながら、ふと思う。何を言いたいかというと、金額はいくらにせよ、ボクは当時16万8,000円の(現在の貨幣価値でいう33万6,000円くらい←しつこい)自腹の覚悟をしたんだ、ということ。今の修了生も16万8,000円の自腹の覚悟をしたということ。学生でこの金額は大金だ。ボクもバイトの貯金だけでは足りず、親から借りて払ったと思う。つまり、お金を払ってでも学びたい、なんとか技術を習得したい、どうしても広告業界に入りたいというハートの強さが大事なんじゃないかと思った。

ボクは社内でコピー講座のようなものをやることがある。(注:当時は電通クリエーティブ局に在籍中)しかし弊社の新入社員と宣伝会議の生徒とでは目つきが全然違うと感じる時がある。社員は当然無料、しかも給料をもらいながら教えてもらっている。宣伝会議の生徒は自分の貯金をはたき、借金してでも通って来ている。中には長距離深夜バスで通う者もいる。その差はなんだ? ハングリーさの差以外にないだろう。無料で教わることと、自腹をはたいて教わること。どっちが染み込むか、ということ。ま、本人の気持ちの持ち方次第なんだけど、自腹にはそれ相当の覚悟があるのだと思う。修了式では「あ〜やっと終わったか」という顔もあれば、「まだまだ足りない・・・」と思っている顔もある。自腹の覚悟をした目は清々しく、澄んでいると思った。

追伸:今年の宣伝会議賞で。協賛企業賞の8代目中村組名引佑季くんは大阪から。同じく協賛企業賞の8代目松田孝一くんは名古屋から。眞木準賞の9代目古橋亮羽くんも名古屋から。偶然にもみんな深夜バスで中村組に通ってくる若者たちだった。

ユナイテッドアローズのおさるさん

2014宣伝会議賞

いつから始めたかは忘れたけれど、中村組の子が宣伝会議賞を取ったら、軽いお祝いにユナイテッドアローズのおさるさんをあげるようにしてきた。今回の宣伝会議賞では3人のOBが協賛企業賞を取っていたので、授賞式の前に新宿のユナイテッドアローズに寄って3匹買って最終審査会場の六本木ヒルズに向かった。

●たった26文字の組み合わせで、世界は広がる。ECC(8代目名引佑季)

●キレイなおばあちゃんになるつもりだ。牛乳石鹸(8代目松田孝一)

●売れない方法も、知っています。ディーエムソリューションズ(10代目植村明弘)

待てよ? 3次審査通過に何人か中村組の名前が残っていたなぁ。もし誰か受賞したらサルが足りなくなるなぁ。幸い六本木ヒルズの中にユナイテッドアローズがあったぞ。よし、1匹追加しておこう。と気を利かせたつもりだった。ところが。最終審査が終わった会場で受賞者の名前が発表されると、なんと中村組の名前が3人も!

●CMゴールド:『何気なく間違えている結婚式のBGM』篇(11代目合田ピエール陽太郎)

●眞木準賞:走れ、親孝行。西日本高速道路(9代目古橋亮羽)

●シルバー:脚立は、脚立としての時間は短い。長谷川工業(7代目柴田尚志)

2匹足りないっ!でもラッキーだった。審査会場の森タワーを降りると1階にユナイテッドアローズがある。授賞式までまだ時間はある。あわててもう2匹捕まえに走った。宣伝会議賞の授賞式で6人もの中村組OBに会えるなんて。(正確には7人。ひとりは協賛企業のクライアントに9代目宮本真由美がいる)

授賞式に参列しているファイナリストたちは自分の名前が呼ばれるかどうか、ドキドキだったと思う。中村組の修了のときに渡したメッセージ入りのボクの名刺、秋篠寺のお守り、眞木準さんからもらった金の鉛筆・・・それぞれが「お守り」を持って授賞式に来ていたそうだ。たまたま眞木準賞のプレゼンテーターをやることになっており、教え子の名前を読み上げるという幸運。賞状の文章を読んでいる時、実はちょっと足が震えていた。(バレなかったと思うけど)

『中村組、すごいっすね』と言われると正直うれしい。ただ、ボクの教え方がいいとかそういうことじゃなくて、中村組の自慢はOBになってもつながりがあるところだと思う。常に「くやしい」とか「うれしい」を共有できるから、モチベーションが持続するところがいいんだと思っている。うれしくてその日は3次会まで行った。(ひとり、カオタンラーメンにまで行ってしまった)

1.44%の門

一次通過

第51回宣伝会議賞の応募は48万8916点、昨年比10万点増で過去最高だったそうだ。一次審査通過はコピー部門6686点、CM部門361点。中村組OBなら一次は軽く通過してほしいところだけど、『全体の1.44%しか通過しない』と聞くと、そこに残るというのはかなり難しいことがわかる。その一次審査通過者のリストから中村組OBの名前を探して、マーカーで印をつけるのがこの時期の楽しみなのだ。『フルネームと顔を憶えている限り、一生応援する』のが中村組の約束だから。いくつもたくさん残っている者、何年も前に卒業して今も頑張っている者、去年は少ししか通過してなかったのに、今年は複数残っている者、たったひとつだけど、立派に名前を残した者。それぞれ頑張っている『名前』を見つけると、熱いモノが込み上げてくる。授賞式で何人に会えるか。何人か、会いたいなぁ、

●112新免弘樹●118廣川洋平●205石見亜紀子 ●215佐藤文香●314中尾ゆかり●322 宮城朝一郎●404印南智史●420松川亜紀●502飯田啓貴●513城市俊則●602阿部裕一●617早野祐司●622宮田智香●701石本香緒理●702伊藤拓郎●703伊東美貴●704大澤芽実●716柴田尚志●717島村伸江●718鈴木宣彦●720高橋尚睦●723野田頭弘修●727横溝未央●801伊藤みゆき●803 岩城一雄 ●810島田寛昭●818名引佑季●821松田孝一●824山内昌憲●902石井 亮 ●904大杉陽●906大橋 幸裕●909木原 純子●911栗原 勲●916関根 祥量●921古橋 亮羽●1003石田 英範●1004上野 彬●1005植村 明弘●1007大瀧 篤●1008岡本 真帆●1014 菅谷 敏通 ●1015関口 謙一●1016高橋 貞行●1017舘入 友香●1020野口 拓也●1021半田 智洋 ●1023 松田 彩子●1025柳元良●1104遠藤 絢子●1109岡山 和也●1110奥村 広乃●1113合田P陽太郎●1115三枝 峻宏●1120半澤 桃子●1122松本 和音●1123丸山 るい●1124村田 唯●(ひとつでも名前を見つけた者たち。漏れていたらゴメンナサイ)

脳ミソを混ぜる

ハッカソン看板

たまたまブラジルW杯のツアー説明会で知り合ったサッカーファンの人から、「中村さん、W杯興味あるでしょ? ちょっとアイデア出してくれません?」とfacebookメッセージで誘われて、「あ、いいっすね」と軽く返事をしたら、タイヘンな場所に首を突っ込むことになってしまった。「ハッカソン」って、なんか聞いたことはあったけど、よく知らなかった。(つまり、何も知らなかった)それは、朝日新聞が主催したもので、

【データジャーナリズム・ハッカソン】『朝日新聞社から、災害・気象、社会保障、開発・経済、スポーツ、文化などの各分野の記者が参加。社外から、プログラマーやデザイナー、データ分析などのスキルを持った方々が参加。記者の問題提起の後、チームをつくり、各チームで活発な議論が繰り広げる。ハッカソン本番は3月1、2日に開催される』というイベント。この3月1、2日に来てください、という誘いだった。

ハッカソンとは、『プログラマーやデザイナーらが集まり、短期間で集中的にアプリケーションやウェブサービスなどをつくるイベント。今回のハッカソンは、データを活用して社会問題を分かりやすく伝えるコンテンツやアプリケーションを作る』と後で知ったのだった。ボクはただ「W杯の面白いアプリをつくる」とだけ聞いていたので、案をもって気楽に参加したのだった。

ハッカソンボード

そしたら、2日間でアプリケーションを完成させて5分のプレゼンをして審査される、というものだった。

結論からいうと、ものすごく刺激的で楽しかった。すごく疲れたけど。

新聞記者、プログラマー、エンジニア、デザイナー、プランナー、そしてボクみたいなただのサッカーバカな広告屋が混ざり合って、2日間。実際に動くアプリをつくってプレゼンする。なんというスピード感。ふだんの広告のプレゼンとは次元が違った。しかし、超短時間という制約が面白い効果を生むこともわかった。

まるで、いろんな楽器を担当するスタジオミュージシャンが集って、こんな曲がいいか、あんな曲がいいかをディスカッションし、基本メロディが決まったら、どんどん自分のパートを演奏し、録音し、データ化し、クラウド(この場合はfacebookグループ上)に上げて、みんなで共有し、それを使って自分のパートを完成させ、最後は5分という時間のプレゼンに入るようにリハーサルをする。楽器はみんなノートパソコン。(ボクはMacBookAirと手描きの併用)そして、本番。ライブで演奏する。そんなカンジだった。

ハッカソンデスク

ボクたちのチームは自信があった。グランプリ確実だと思っていた。しかし、結果は無冠だった・・・。しかし、ボクらの演奏した曲はみんなの心に爪痕を残したはずで、グランプリをとれなかったのは、このイベントの主旨からちょっとずれていただけだ。ボクらが2日間(実際は3日間)でつくった曲は、必ず世界でヒットするはずだ、とマジでまだ思っている。

この『いろんな得意分野をもった人たちが混ざり合って新しい何かを(短時間で)つくりあげる』ということに、すごく可能性を感じた2日間だった。

売り手よし 買い手よし 世間よし

長岡理恵さん

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売り手よし 買い手よし 世間よし

三方よし

近江商人の経営理念より
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江戸時代から明治期にわたって活躍した近江国、滋賀県出身の商人、近江商人の言葉。とある本を読んでいて出会った言葉です。(これ、最近読んだ別の本でもこの言葉を書いている人がいた。その本がどれだったか探し中・・・)

売り手、買い手だけが利益を得ることだけでなく、社会全体の利益までを考えるべき、という考え方。売り手、よろこぶ。買い手、よろこぶ。世間も、よろこぶ。自分がいかに得をするか、だけを考えないという教えの言葉です。よく、「WIN・WINの関係」なんていうけど、それじゃ足りないよ、と。「WIN・WIN・WIN、つまりトリプルWINの関係」だと江戸時代の先輩は気づいていた。スゴイです。この考え方は、最近企業が言い始めているCSV(Creating Shared Value)に近い考え方ですよね。Creating Shared Valueって、「ハーバード大学教授のマイケル・ポーター氏が提唱している社会課題の解決と、企業の成長を両立させるという経営コンセプト」ってことらしいですけど、近江商人から言わせれば、「何百年も前からやってますけど?」ですね。恐るべし、近江商人。

①競合プレゼンに勝つ→広告会社、一番よろこぶ。広告主、まあよろこぶ。世の中、まだよろこばない。

②広告賞を獲る→制作者、すごくよろこぶ、広告主、ちょっとよろこぶ。世の中、別にどうでもいい。

③必要なサービス(広告)を考える→買い手、よろこぶ。売り手、よろこぶ。世の中、よろこぶ。

ボクは、近江商人になりたい。③をやる。

 

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【写真注釈】このコラムに合う写真が思いつかなかったので、コピーライター養成講座中村組OBで近江八幡のレタス農家に嫁いだ長岡理恵サンの幸せそうなプロフィール写真を無断で使用させていただきました。レタスなどの野菜でつくった「サラダブーケ」が贈り物によろこばれます。ボクも誕生日に贈っていただき、よろこびました。食べれるし。
https://www.facebook.com/nakamura.tadashi21/posts/530722130345353?stream_ref=10
http://www.nagaokafarm.com/

作戦A

IMG_3429 のコピー
IMG_3428 のコピー
IMG_3432 のコピー
23才の素人新入社員の企画・コピーなのでお許しください。それよりこれをでっかいVHSのビデオカメラをかついで、自分たちで出演してビデオで撮影したことは、よくやったとホメてやりたいと思います。

昨日の「コピーの筋トレ 案その③」の応用篇が大きく役に立つことがありました。
コピーライター養成講座中村組でも話していることなんですが、
ボクがトンプソンの営業からクリエーティブへ移りたいと
アピールするために取ったアクション「作戦A」の話です。

当時、トンプソンの新入社員で営業に配属された中村青年は
会社の近くの居酒屋で愚痴をこぼしていました。
「ウチの会社のつくってるCMなんてツマンナイよな」
「オレがクリエーティブだったら、もっと面白いのつくるけどな」
みたいなことをほざいていたんだと思います。

それを聞いていた会社の先輩コピーライター。
「おう、中村。お前たちさっきから聞いてたらいろいろ文句があるようだな。
それだけ文句があるなら、自分ならどうするって案があるんだろう。
見てやるから見せろよ」
と言われました。当然そんな準備はありません。

「バカヤロウ。代案がなくて文句だけ言ってるのは、
ただの消費者や評論家と変らねぇだろ。
お前はクリエーティブに行きたいんだろ?
それなら、自分ならこうする、って案を懐に持ってから文句を言え」

後頭部にガツンときました。先輩のおっしゃるとおりです。そのとき、
ただ「クリエーティブに行きたいんです」と叫んでいるだけじゃダメだ
と気づきました。ボクならこうする、というものをつくって、
会社にプレゼンしよう。そう決意したのでした。

数ヶ月後、友人の須山君と6、7本のCMをつくりました。
今みたいな編集機材もない時代。VHSのビデオで35秒とか59秒とか。

「営業部の中村です。PR部の須山です。
僕たちはクリエーティブに移りたい。
で、今ウチがつくっているCMを、僕たちならこうする、
というものをつくってきましたので、見てください」

副社長やクリエーティブの局長や人事部長に来ていただいて、
汗だくでプレゼンをしました。成功だったようです。
その後会社も「こいつら本気だ。移動を考えようか」と動き始めたみたいでした。

そこでつくったものは稚拙なものでした。
しかしその熱量は相当なものだったと思います。
この「案」をそのまま採用してもらおうなんて思ってはいません。
そこまでうぬぼれてはいません。
ただ、コピーライターになりたいとか、クリエーティブに行きたいという
多くの新入社員の中で、自分らが一番本気なんだということを伝えたかった。
そのためのプレゼンでした。

「コピーを勝手に書き直す」という筋トレがあることを知っていたおかげで、
精神的な筋肉が鍛えられてたようです。

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