16周年

富津集合

1999年2月26日 フランスW杯の余韻の中で、我らがFCバッカーノは設立されました。今日で16周年です。16年前、ボクも16才若かったわけです。あの頃より今のほうが走れているかもしれません。(ちなみに2月26日はキングカズ選手の誕生日でもあります)

小雨の国立競技場

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【今日のバッカーノ】今日は意地でも神宮外苑フットサル。毎度ピンポイントで悪天候にイジメられるFCバッカーノの悪運を払うために小雨の中でフットサル決行。今年初めて行ってみたら国立競技場が囲われていました。完成予想図もないのに大丈夫?スターウォーズのあの白い服着た人がひとりいました。そういえば、新国立競技場の最初の試合がサッカーじゃないと知って、ガックシ。and 日本の首都にはサッカー専用スタジアムもないってことか・・・。「聖地」はサッカー専用の聖地であってほしいなぁ、ボクは。

雨上がりバッカーノ

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以前、現場に行ってこんな状態だったのでキャプテンと「今日は無理だね」と言っていたんですが、技術担当が「雨上がりましたから、やれますね、やりましょう」と言うので、レーキで水溜まりをどけて、プレーした経験があります。土砂降りじゃない限りやるぞ!の気持ちで家を出ます

同期の3人(+1)

下田一志、御倉直文、中村禎。この3人は電通の同期だ。たった3人の同期。1988年当時クリエーティブ局長だった岡田耕さんと部長の大島征夫さんは「電通クリエーティブに初めて外部から経験者を入れるプロジェクト」を任されていた。岡田さんは「電通のクリエーティブに他の血を入れることで、化学変化を起こして、もっと活気のあるものにしたいんだ」とおっしゃっていた。大阪の東急エージェンシーから下田、眞木準企画室からフリーになっていた御倉、そしてサン・アドの中村。大島さんは「君らを入れてよかった、ってことになればこの途中入社制度は続く。うまくいかなかったら今回限り」と言っていた。その後、何人ものクリエーティブ途中入社が続いているから、うまくいったんだと思いたい。ちょっと年上の下田が2月の誕生日で電通を去る。飲もうか、ということで集まった。もうひとり山田達也も。彼は電通クリエーティブクロスに途中入社で入った。4人で飲んだ。写真は1枚も撮らなかった。また会うからいいか。この4人には電通系途中入社という以外にも共通点がある。全員、FCバッカーノなのだ。‪#‎1下田‬‪#‎7御倉‬‪#‎10山田‬‪#‎21中村‬。まあ、これからも長い付き合いになるだろう。よろしくね。