松下幸之助さんの言葉

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ひょんなきっかけで松下幸之助さんの本を読む。「経営の真髄」なんて本は自分には関係ないかと思っていたら、関係あった。フリーエージェントになって、「自分のカラダが本社ビル」という気持ちになって、「中村禎」という企業を運営していくようなもんだな、と思っていたら、幸之助さんも同じことをおっしゃっていた。

『自分一人の社会活動というものは一つの経営であると、こういうふうに考えられるわけです』

こりゃ、松下幸之助さんの本を読まねばいかんゾ、と思い、あわててメモしておるわけです。

【個人の活動も政治も経営である】
今日、経営というものはたくさんあります。いちばん大きな経営は、国家の経営でしょう。政治も結局は国家経営である。さらに、団体の経営でありますとか、あるいは公共団体、自治体などの経営でありますとか、さらに小さくは、個人の会社や商店の経営があります。これらは全部、経営としてとりあげてさしつかえないと思います。
それからさらに小さくは、自分一人ですね。自分一人の社会活動というものは一つの経営であると、こういうふうに考えられるわけです。

【経営理念を明確に持つ】
創業者に求められる資質なり条件というものは、統率力とか決断力、先見性や実行力、さらには責任感など、いろいろあげられましょうが、なかでもきわめて重要なのが、しっかりとした経営理念をもつことだと思います。
「自分の会社は、何のために存在しているのか」そして「この会社をどういう方向に進め、どのような姿にしていくのか」というような企業の基本的なあり方についての考え、それが私のいう経営理念ですが、そういうものを明確に持つことが非常に大事で、そうしてこそ初めて、いまあげたようなさまざまな要件も、生きてくるのではないかと思うのです。
(→「会社」という言葉を「中村禎」と置き換えてみる。「中村禎は、何のために存在しているのか」そして「中村禎をどういう方向に進め、どのような姿にしていくのか」なのだ。禎)

【経営は生きた総合芸術、経営者は総合芸術家】
経営者というものは、私は、広い意味で芸術家やと思うのです。というのは、経営というものは一種の総合芸術と思うからです。一枚の白紙に絵を描く、そのできばえいかんで、いい芸術家と評価され永遠に残る。要するに、白紙の上に価値を創造するわけですわな。これ、経営と同じです。
むしろ、われわれ経営者というものは、白紙の上に平面的に価値を創造するだけじゃない。立体というか、四方八方に広がる広い芸術をめざしている。それだから、生きた芸術、総合的な生きた芸術が経営だとーーーそういう観点で経営を見なければならんというのが、私のとらえ方です。
そういう目で見ると、経営というものはすばらしいもので、経営者というものはたいへんな仕事をする人なんです。ところが、なかなか世の中はそう評価してくれませんけどな(笑)
単なる金儲けとか、合理的な経営をするとか、そんな目からだけ見たらいかん。結局、人生とは何なのか、人間とは何かというところから出発しなければいけない。それは、人前では商売人です、毎度ありがとうございますと言うてるけれども、内心では、すこぶる高く自分で自分を評価しているんです。総合芸術家なんだと。だから、その評価に値するだけの苦心なり、悩みがある。これが経営者というものの本来の姿です。

【生きた経営は自得するものである】
私は経営は自得するもんやと思う。自得するために、あるいは人の教えを聞くとか、あるいは自分で体験してみるということは必要ですよ。しかし、これは教えられるもんやないんですよ。これはもう自得せなしょうがないですな。
なんか自分でいろいろ考えてみて、人にも聞き自分でも考えてみて、そしてみずから悟るものをもたないといかんのやね。経営というようなものは教えられないものです。
経営学は教えられますよ。経営学というものは、経営学者に教えてもらったら、ある程度わかりますわ。しかし生きた経営というものは、教えられないです。これはもうその人が、自分で体得するもんですわ。

【世間は神のごときものである】
私が経営者としての心がまえとしていることをあげますと、常々思っていることですが、大衆といいますか、あるいは世間といいますか、これは神のごときものだと考えているのです。なるほど一人一人について見ると偏見や狭量の人もたくさんありますが、それは個々の問題で、全体について見れば世間の見方というのは非常に正しいものであると考えるのです。こういうところに私の事業信念がおかれているのです。
自分のしたことが当を得ておれば、必ず大衆はこれを受け入れてくれるに違いない。ここに絶大な安心感があるわけですな。

(→「経営」とは、すべての人に必要なことだったんだ。会社員の時にも薄々感じていたけれど。もっと早く読めばよかった!しかし、関西弁はしみるなぁ。禎)

 

今日は人生最後の日

最後の日(手帳)

常に「死を意識している」人たちが、人生を最高に楽しんでいる9つのワケというTABILABOの記事を友だちがシェアしてくれていた。

「今日が人生最後だとしたら、今日やることは本当にやりたいことだろうか。『No』という答えが幾日も続いたら、私は何か変える必要があると知るのです」というスティーブ・ジョブズの言葉は知っていた。しかし、ここまでキチンと整理されるとさすがに身にしみる。自分の中に取り込むために手帳に書き写すことにした。

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1.
自分の物語を
俯瞰的に考えることができる

どんな物事にも、必ず終わりがあるものです。その「終わり」を意識することで、「今」を最大限楽しむことができます。私たちを邪魔する些細なことから手を離し、短い人生の中の「終わり」を意識してみましょう。そういう視点を持てると、長い行列や電車の遅れ、悪天候だって楽しむことができます。
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2.
八方美人なんて必要ない
本当に大切な人と付き合える

自分の時間を台無しにするような人とは、付き合わないようにしましょう。常に死を意識している人は、自分の生活に新たな価値観や深みを与えてくれる人とだけ付き合っています。彼らは自分が有害だと判断した人付き合いは早々に打ち切り、良いと思った人とはすぐに仲良くなります。なぜなら彼らは、自分たちの時間が有限であることを知っているからです。
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3.
お金を無駄に溜めないで
自分の投資のために使える

貯金は大切なことかもしれません。でも、「後々の生活に必要だ」と思って貯めているお金は、いったいいつ使うのでしょうか?人生は一度きりだし、同じ日は二度と訪れません。いつかは使ってしまうお金ですから、二度とない一つ一つの経験や瞬間を味わい、楽しみましょう。その時の体験に集中しましょう。常に死を意識している人は、お金の使い時を知っています。
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最後の日(手帳)2
4.
失敗や挑戦に
怖がらなくなる

もし間違えてしまったら・・・。そんなこと、死を前にしたら、ちっぽけなものです。死とは、あなたが知っていて愛している全てのものからの別れです。それと比べたら、あらゆる脅威は大したことではないのです。死を意識することで、生きているときに訪れる恐怖を、和らげることができるのです。
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5.
死ぬ気で常に
ベストを尽くす

いつかは自分も死ぬということを意識する。そのときは明日かもしれませんし、一ヶ月後かもしれません。すると、死ぬ前に自分の足跡を世界に残さなければと思い、常に高いモチベーションをキープすることができます。黒澤明監督の「生きる」という映画では、死を前にした主人公が、死ぬ気で働いて一つのことを成し遂げます。そして彼が死んだ後に、葬式に参加した一人が、死ぬ気でやれば、誰だって、成功できる!といったのに対して、あなただって明日死ぬかもしれないんだぜ?という言葉を投げかけて映画が終わっていきます。死と向き合うと、いつまでも人の記憶に残るような、素晴らしい功績を残そうと思えるのです。
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6.
他人に期待するのではなく
自分をもっと信じるようになる

全ての人やものがいつかは消えてしまうということを理解できれば、それらに過剰な期待をしすぎることはありません。もちろん、人に失望することはあるかもしれないですが、「失望した」と思えること、そういう感情は、自分が生きているからこそ抱くことのできるものです。その重要さを噛みしめれば、冷静に現実的に、物事に接することができます。
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最後の日(手帳)3
7.
小さなことに集中しすぎて
無駄に汗を流さず済む

死を意識することは、物事を正しい方向へ導くことでもあります。だから困難にぶつかったとき、目の前の小さなことに、本当に向き合うべきかどうかを考えてみましょう。あなたはそこから離れることも、他にもっと楽しいことを見つけることもできます。常に死を意識している人は、そのことをわかっています。
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8.
幸せになることに
集中できる

私たちはいつか必ず死んでしまいます。だとしたら、好きなときに好きなことをしましょう。あなたが誰かを愛しているなら、その人と一緒に過ごしましょう。スイーツが好きなら食べて、海が好きなら海の近くに移住したっていいんです。人生は限りある短い時間ですから、あなたが幸せになるために、全ての時間を使うべきです。
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9.
やるべきことでなく
やりたいことに集中できる

常に死を意識している人は、社会規範やルールに縛られません。彼らは望むときに、やりたいことをします。彼らはそれこそが人生の重要なポイントだと信じています。常に直感に従い、自分の心の思うままに動いていきます。
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「一日の計は朝にあり」という言葉がある。「一年の計は元旦にあり」は子どもの頃から親に聞かされていたが、「一日の計は朝にあり」のほうが気に入っている。とくに「一日の計は(晴れた)朝にあり」だと思う。その朝に、これからは「今日が人生最後の日だとしたら・・・・」と考えてみることにする。ベッドから飛び起きる。今日やることを整理する。ボーッとしてられない。無駄なことはしない。キャンディークラッシュをしてる時間はない。お金を自分のためや大事な人のために使う。些細なことで怒らない。笑顔になれる。・・・いいことばかりだ。もし今日が人生最後の日だとしたら・・・と考えるとやることいっぱい。行動的になれる。そうだ、今日は会社を休んで妻と花見に行こう。

並び屋さん

ipad_accessories_large前夜、ケースは何色にしようかな、なんてこと考えていたのに・・・

iPad mini「3」の64GBは53,800円(税別)もするから、型落ちのiPad mini「2」なら32GBだけど36,800円(税別)だから、買うなら「2」にしようかな、とボンヤリ思っている人がいる。そのとき「日替わり超特価!iPad mini「3」の64GB 24,800円(税別)50台限り 展示処分品 色は選べません」とあったらどうするか? というお話。

「休日だし、家から近いから行ってみるか」「行列してまで買いたくはないけど開店前には行っとくか」と朝10時開店前の9時半くらいに着くように出かけた。電車の窓から見える近さのヤマダ電機LAVI吉祥寺店。見たくないものが目に入った。すでに人だかり。ヤバい、もう50人くらいは並んでいるかも・・・。あえて何人いるか数えずに列の最後尾につく。

チラシに釣られた自分のことは棚に上げて「どんなヒマ人が並んでんだよ、まったく、もー」と行列を観察すると、なんか違和感・・・。サラリーマン風でもないオッチャンばかりが並んでいる。しかもみんな顔見知りなのか談笑している。もしかしてこれは、業者かなんかに委託されて並んでいるんじゃないか?そんな気がした。

開店15分前。「これから整理券を配りまーす」と店員。その日はiPadの他にも、パソコン、ハイビジョンテレビ、電気炊飯器、プリンター、ひげ剃りなども超特価だ。あのオッチャンたちはきっとひげ剃りだ、炊飯器だ、ハイビジョンテレビだ。ぜったいiPadなんか使わないよ・・・・「ハイ、iPadは終了しました〜」列の真ん中へんで試合終了のホイッスルは吹かれた。

やっぱりダメか・・・。そーとー早くから並ばないとダメなのかも、とは思っていたけれど、そこまでするつもりはなかったのでそんなにガッカリしない(←負け惜しみではなく)で、行列を見て気づいたことがある。iPadっぽくないオッチャンたちはいつの間にかLAVI吉祥寺店の前に停められていた2台のワンボックスカーの中の人にその「整理券らしきもの」を次々に渡しに行っていた。やはり「並び屋」はいたのだ。(←そういう呼び名かどうかは不明)

ヤマダ電気悔しさが撮らせた一枚 「2台のクルマ」です

だんだん悔しくなってきたので、笑い話として、反省として、記録しておきます。

教訓:①特売チラシには二度と釣られない(→自分にだけお得な話なんてない) ②並び屋さんとは競わない(→勝負は、勝ちたい気持ちが強い方が勝つ) ③色も選べないiPad miniなんてダメダメ ④明日、アップルストアに行く。 以上。

怒らないこと vol.2

怒らないこと_寿さん

怒らないこと_3怒らないこと_4

「怒らないこと」という本を読んでメモをした。忘備録としてブログに残すことにした、その2です。

怒らないこと vol.1
怒らないこと vol.2

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■怒りではなく「問題」をとらえる
・「これはAです」vs「いや違う、Bだ」という言い争いについて
×→「この人は正しい」「この人は間違っている」
○→「この場合、こういう答えでいいのではないかな」と智慧を使って一緒に解決方法を編み出す姿勢

point : 相手の怒りや言うことにとらわれずに、「問題」だけを取り出して解決することが大切。みんな感情でしゃべっているから、「問題はこういうことですね?だったら、こういう答えはどうだろうか」という話し方をする
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■相手の怒りには「智慧」で勝つ
・怒って感情的になっている人に対して「あなたの気持ちではなく、何が問題なのか、なぜ問題なのか、そのポイントだけおっしゃってください」と言う。怒りっぽい相手に勝つのは、とても簡単なのです。
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■攻撃には水晶玉のように対応する
「何があっても怒らない」ために・・・
・誰かが自分をバカにしようとした時、怒ったら(バカを)認めたことになる。相手の勝ちになる。
・自分を「水晶玉」のようにイメージする。
→相手にどんな色の水をかけられても、臭いモノをつけられても、拭けばすっかりキレイになるでしょう。相手の攻撃をスポンジのように吸い取ってしまうと負けなのです。
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■他人が吐いたゴミを食べる必要はない
・怒っている人の状態は、何かヒドイものを食べてお腹を壊して吐いているのと同じ状態
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■「怒らないこと」は奇跡をもたらす
・相手がカンカンに怒っているときでも気にしないでニコッとしていると、そのうち相手も怒るのをやめて、やがてニコッと笑う。
(→これはどうだろう?相手が「何へらへらしてんだ!」とまた怒り出すかも。禎)
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■笑える人ほど智慧がある
・「なんで、この話を聞いて笑うのか」を真剣に観察してみる
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■智慧の笑い、無知の笑い
○→「笑って幸福になってください」
×→「幸福だから笑う」
○→「笑ってしあわせになる笑い」
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■誰もが幸福に生きられる
・「怒り」は不幸そのもの
・我々の不幸を作り出す「怒り」だけは、けっして心の中に入れないようにすること
・「怒らないこと」を実践することは、智慧を追求してもっと幸福になるための道でもあるのです。
・笑えば「怒り」は消える
・「笑って生活したい」と心に言う
・「何があろうと笑うんだ」
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■「笑い」と「怒り」は正反対
・いつでも、よく笑うことを忘れないで
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怒らないこと_著者著者のスリランカ初期仏教長老アルボムッレ・スマナサーラさんです。いいお話をありがとうございました。

 

 

怒らないこと vol.1

怒らないこと_表紙望月さんのイラストだ!望月さんも読んだのだろう 

たまたま見つけた本のタイトルが気になってしまった。このタイトルに目が止まるということはたぶん、自分が怒りっぽいことを知っているから。そしてその、怒りっぽいところを治したいと思っているからなんだろう。新書のコーナーで「怒らないこと」という本を見つけた。(しかも「2」まであった) なんか安直なハウツーものなら買わなかっただろうけど、「仏教法話」という部分に惹かれた。書いている人は「スリランカ初期仏教長老:アルボムッレ・スマナサーラ」という人。ホントに実在する人なんだろうか?一度では憶えられない名前。しかし、仏教には興味があったので、読んでみることにした。

結論から言うと、すごく勉強になった。いろんな言葉がボクに刺さった。これを実践できれば、もっとハッピーになれる。この本を読んでから、ふつうに歩くときの顔つきも変わったように感じる。「怒るってバッカみたい」と思えるようになった。この本を血や肉にするためにメモをした。忘備録としてブログに残すことにした。なんとかこれを自分の中に吸収したいから。

怒らないこと_1怒らないこと_2

怒らないこと
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■「私は正しい」と思うから怒る。
・私は正しい、相手が間違っている、と思うから怒る。
→あなたは完璧な人なんですか?そうじゃないでしょ?
・自分は完璧でもないし、他人にも決して完全な結果を求めない。
・「一応、精一杯やりますけど、結果はわかりません」
→努力はしても結果は求めない
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■エゴ→無知→汚れ→怒り
「私は男だ」「私は若いのだ」「私は中年だ」「私は老人だ」「私は課長だ」「私は部長だ」「私は社長だ」「あいつは部下だから」「私は家の主人だから」
→なんて、一切関係ない。

大事なのは「その行動が正しいか、正しくないか」という点だけ。
「女だから、部下だから、こういうことをしなければイケナイ」と考えるエゴ、無知が怒りにつながる。
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■「怒る人ほど頭が悪い」という真理
・怒るときは智慧も湧かず、明るさもなく、適切な判断もできない。
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■いちばん強烈な罰、それは無視
・道徳を守らない人、みんなの決まりも調和も守らない人、相手をいじめることばかり考えていて、わがままで勝手で自分本位な人へは「どうぞ自由にやってください」と、社会の一員として扱わない。こっちも合わせて怒ると同じ罪を犯すことになる。
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■偉大な人ほど謙虚でいられる
・余計なプライドを捨てて、とことん謙虚になれば怒らない。
・本当に偉大な人は相手に「生意気言うな」などとは言わない。
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■何があってもびくともしない心をつくる
・「私は何を言われても、ガンジス川のような心で接します」
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■怒ったら「自分は負け犬」と言い聞かせる
■動物の世界でも、強い者ほど怒らない。
・臆病で弱くて自信がない人ほど偉そうに怒る
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■「自分は偉い」というエゴを捨てる
■「自分はダメな人」というエゴを捨てる
→それは相手をねたむ原因になる
■「他人に負けたくない」というエゴを捨てる
・正しい負けず嫌い→自分に負けてたまるかという気持ち
→自分の怠け心に負けてたまるか
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■小さな「成功」をつなげて人生をつくる
×「10年あとで成功するぞ」と思って計画すると苦しいだけ
○「この10分間で精一杯やって成功するぞ」という小さな計画のユニットの積み重ね
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(長いので後半は明日)

怒らないこと vol.1
怒らないこと vol.2

脳ミソを混ぜる

ハッカソン看板

たまたまブラジルW杯のツアー説明会で知り合ったサッカーファンの人から、「中村さん、W杯興味あるでしょ? ちょっとアイデア出してくれません?」とfacebookメッセージで誘われて、「あ、いいっすね」と軽く返事をしたら、タイヘンな場所に首を突っ込むことになってしまった。「ハッカソン」って、なんか聞いたことはあったけど、よく知らなかった。(つまり、何も知らなかった)それは、朝日新聞が主催したもので、

【データジャーナリズム・ハッカソン】『朝日新聞社から、災害・気象、社会保障、開発・経済、スポーツ、文化などの各分野の記者が参加。社外から、プログラマーやデザイナー、データ分析などのスキルを持った方々が参加。記者の問題提起の後、チームをつくり、各チームで活発な議論が繰り広げる。ハッカソン本番は3月1、2日に開催される』というイベント。この3月1、2日に来てください、という誘いだった。

ハッカソンとは、『プログラマーやデザイナーらが集まり、短期間で集中的にアプリケーションやウェブサービスなどをつくるイベント。今回のハッカソンは、データを活用して社会問題を分かりやすく伝えるコンテンツやアプリケーションを作る』と後で知ったのだった。ボクはただ「W杯の面白いアプリをつくる」とだけ聞いていたので、案をもって気楽に参加したのだった。

ハッカソンボード

そしたら、2日間でアプリケーションを完成させて5分のプレゼンをして審査される、というものだった。

結論からいうと、ものすごく刺激的で楽しかった。すごく疲れたけど。

新聞記者、プログラマー、エンジニア、デザイナー、プランナー、そしてボクみたいなただのサッカーバカな広告屋が混ざり合って、2日間。実際に動くアプリをつくってプレゼンする。なんというスピード感。ふだんの広告のプレゼンとは次元が違った。しかし、超短時間という制約が面白い効果を生むこともわかった。

まるで、いろんな楽器を担当するスタジオミュージシャンが集って、こんな曲がいいか、あんな曲がいいかをディスカッションし、基本メロディが決まったら、どんどん自分のパートを演奏し、録音し、データ化し、クラウド(この場合はfacebookグループ上)に上げて、みんなで共有し、それを使って自分のパートを完成させ、最後は5分という時間のプレゼンに入るようにリハーサルをする。楽器はみんなノートパソコン。(ボクはMacBookAirと手描きの併用)そして、本番。ライブで演奏する。そんなカンジだった。

ハッカソンデスク

ボクたちのチームは自信があった。グランプリ確実だと思っていた。しかし、結果は無冠だった・・・。しかし、ボクらの演奏した曲はみんなの心に爪痕を残したはずで、グランプリをとれなかったのは、このイベントの主旨からちょっとずれていただけだ。ボクらが2日間(実際は3日間)でつくった曲は、必ず世界でヒットするはずだ、とマジでまだ思っている。

この『いろんな得意分野をもった人たちが混ざり合って新しい何かを(短時間で)つくりあげる』ということに、すごく可能性を感じた2日間だった。

作戦A

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IMG_3428 のコピー
IMG_3432 のコピー
23才の素人新入社員の企画・コピーなのでお許しください。それよりこれをでっかいVHSのビデオカメラをかついで、自分たちで出演してビデオで撮影したことは、よくやったとホメてやりたいと思います。

昨日の「コピーの筋トレ 案その③」の応用篇が大きく役に立つことがありました。
コピーライター養成講座中村組でも話していることなんですが、
ボクがトンプソンの営業からクリエーティブへ移りたいと
アピールするために取ったアクション「作戦A」の話です。

当時、トンプソンの新入社員で営業に配属された中村青年は
会社の近くの居酒屋で愚痴をこぼしていました。
「ウチの会社のつくってるCMなんてツマンナイよな」
「オレがクリエーティブだったら、もっと面白いのつくるけどな」
みたいなことをほざいていたんだと思います。

それを聞いていた会社の先輩コピーライター。
「おう、中村。お前たちさっきから聞いてたらいろいろ文句があるようだな。
それだけ文句があるなら、自分ならどうするって案があるんだろう。
見てやるから見せろよ」
と言われました。当然そんな準備はありません。

「バカヤロウ。代案がなくて文句だけ言ってるのは、
ただの消費者や評論家と変らねぇだろ。
お前はクリエーティブに行きたいんだろ?
それなら、自分ならこうする、って案を懐に持ってから文句を言え」

後頭部にガツンときました。先輩のおっしゃるとおりです。そのとき、
ただ「クリエーティブに行きたいんです」と叫んでいるだけじゃダメだ
と気づきました。ボクならこうする、というものをつくって、
会社にプレゼンしよう。そう決意したのでした。

数ヶ月後、友人の須山君と6、7本のCMをつくりました。
今みたいな編集機材もない時代。VHSのビデオで35秒とか59秒とか。

「営業部の中村です。PR部の須山です。
僕たちはクリエーティブに移りたい。
で、今ウチがつくっているCMを、僕たちならこうする、
というものをつくってきましたので、見てください」

副社長やクリエーティブの局長や人事部長に来ていただいて、
汗だくでプレゼンをしました。成功だったようです。
その後会社も「こいつら本気だ。移動を考えようか」と動き始めたみたいでした。

そこでつくったものは稚拙なものでした。
しかしその熱量は相当なものだったと思います。
この「案」をそのまま採用してもらおうなんて思ってはいません。
そこまでうぬぼれてはいません。
ただ、コピーライターになりたいとか、クリエーティブに行きたいという
多くの新入社員の中で、自分らが一番本気なんだということを伝えたかった。
そのためのプレゼンでした。

「コピーを勝手に書き直す」という筋トレがあることを知っていたおかげで、
精神的な筋肉が鍛えられてたようです。

リンク元:プロフィール 作戦A

記憶に残る幕の内弁当はない

秋元康

何かの番組で秋元康さんがしゃべっていた言葉を、メモしました。
仕事について、企画についてのインタビューを受けていたときの話です。

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記憶に残る幕の内弁当はない。

秋元康
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何かを企画する時、何かをつくる時、あれもこれもと欲張ると、何の特長も魅力もないものができあがる。と、秋元さんは言っていた。まったく同感です。出張のとき東京駅で買う紀ノ國屋の「プレミアムのり弁当」、2002年日韓ワールドカップ、アルゼンチンvsスウェーデン戦の帰り、仙台駅で買った、ひもを引くと蒸気で温められる「牛タン弁当」、熱海に行く時、踊り子号で食べた「深川あさり飯」。カンタンに思い出せる弁当がある。しかし、思い出せる幕の内弁当はない。広告も同じですね。あれも言いたい、これも言いたい。これも入れて欲しい、あれも入れて欲しいとクライアントは注文する。「ハイわかりました」と文句も言わずその通りにつくるとクライアントは満足する。しかし、そうやってつくられた広告を世の中に出したとき、目立たず、誰にも気づかれずにひっそり消えていく。ああお金のムダ遣い。結局、効果がない。その広告をつくったのは誰だ? スタッフを変えろ! となる。なんだかなぁ。そうならないために、この言葉を教えてあげたい。