鋼婚式 2016.11.22

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結婚式の時の牧師さんから、今年もハガキが届きました。
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2016年11月22日
結婚記念日(11年・鋼婚式)おめでとうございます。
記念日というのは、その出来事を思い出す日、もう一度その時の心に返る日、その心を元にして一歩前進しようとする日です。結婚式の時の相手への愛と、皆さんへの感謝と、ご自分の感激を思い起こして幸せな家庭にしていってください。神様の御恵みをお祈りします。
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そうですね、毎日が過ぎていく中で「記念日」があることで初心に返れる。「もう一度その時の心に返る日」なんですね。記念日が多い人生のほうが、楽しそう。

最も厳しい頭脳作業


電通4代目社長、吉田秀雄さんの言葉。「広告の仕事は、最も厳しい頭脳作業であり、電通の仕事は、苛烈な競争の中で推し進められねばなりません・・・」から始まる、全電通人に送られた社長の言葉。この吉田さんの思いと誇りを忘れないでほしい。吉田さんの言葉の本意をかみしめてほしい。一人の電通OBとして、今つよく思います。

4,928人の「いいね!」

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フェイスブックの書き込みに、4,928人ものいいね!をいただきました。
こんなに多くの人の賛同が集まった。ということを
記録として、残しておこうと思います。(2016.10.18)

『電通、労働時間の上限引き下げへ 
 新入社員の過労自殺を受け、社長が文書で通達』

というニュースに関して、思ったことを書いたものでした。
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電通はたしかに大きな会社ですが、結局は受注産業です。電通に発注するクライアントがいて成り立っている。クライアントの注文が大量で至急だったら、残業するしかありません。電通OBの友人の言葉を借りれば、『クライアントがいて、締切があって、正解が無くて、勝ち負けがあれば、期限ぎりぎりまで時間の限り頑張るしかない』のです。また、金曜の夕方にクライアントから「事情が変わった。至急直してくれ。月曜朝イチまでに」と言われたら、いつ仕事をすればいいのでしょう。電通の労働時間を制限しても、そのツケはプロダクションに回るのですか。社内の労働時間を規制する前に、クライアントに発注のルールや常識をきちんと伝えるべきではないでしょうか。無理な注文を黙って聞くことがクライアントサービスだと勘違いされては困ります。
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「わがまま言って申し訳ないですが、やってもらえませんか」と「代理店ならやるのが当たり前だろ。できないなら他に回すぞ」というのの違いですかね。お金払えばなんでもできる、という発想がそもそも違うと思います。
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お金を払う側とサービスを提供する側は、平等だと思うんです。だってその料金分の「商品」を渡しているのだから。こっちは金払ってんだ、というのなら、こっちはサービスという商品を身を削って提供しているんだ、と言いたい。お互い五分と五分です。だからそこにお互いのリスペクトがあるんじゃないでしょうか。そういう、いい関係のクライアントもたくさんありました。電通には。
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仕事のスケジュール表ってあるじゃないですか。カレンダーが表になってるやつ。あれの土日は表に入れないほうがいいですよね。スペースがあると、そこも使えると思ってしまう。特に年末とかね。年末にオリエンして、年明けにプレゼンしろとかいうクライアントもあったみたい。それは断るべきでしょ。そっちのほうがブラックでしょう。
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クライアントと広告代理店は、上下の関係じゃなくて、一緒に並んで競合商品や競合企業と戦う、同志だと思うんです。
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ボクは電通がブラック企業だとは思っていません。電通に労働基準局から強制捜査が入ったというニュースが流れ、世間は「電通はヒドイ」という印象を持ったかもしれませんが、電通を調べるなら、電通に仕事を発注している先も調べるべきだと思ったのです。仕事納めの前日の年末にオリエンして年明けにプレゼンしてくれ、などという発注を平気でする方がブラックなんじゃないのかと思ったのです(例え話です)
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何の根拠もないのですが、昔、三波春夫さんが「お客様は神様です」と言った。その言葉だけが勝手に暴走している気がするのです。三波春夫さんは自分のコンサートに来てくれたお客さんにありがとうございます、という意味で言ったのだと想像します。その言葉が一人歩きして、お客は何やってもいい、みたいな空気ができてしまったんじゃないかと。
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4,928人もの人たちの「いいね!」と317件もの「シェア」に正直、驚き、感激し、うれしく思っています。熱いものを感じました。ありがとうございます。

今回の一件。自分の家族、友人が、このような不幸なことの犠牲になったかもしれないと思うと、胸が痛みます。しかし、マスコミの取り上げるニュースには、所属していた会社だけが悪いと決め付けたような報道。違和感を感じました。だから、自分の思いを書かずにいられなかったのです。

こんなに多くの人の共感を得られるとは思ってもいませんでした。広告業界だけでなく、仕事に「発注」「受注」という関係がある限り、共通の大きな不満、共通の大きな問題があることに気づかされました。

ボクは電通に勤めていました。電通OBとして、このような不幸なことは二度と起こってほしくない。たかが一人のOBがfacebookでほざいたところで何も変わらないのかもしれませんが、いつも悪者扱いされる電通が、こういう時にこそ「クライアントからの理不尽な注文は断る」という毅然とした態度を示せば、何かが変わる気がしたのです。仕事は上流から下流に流れていくとしたら、一番上流にいる有名な会社が、そう宣言してくれれば、どれだけの人たちが救われるか。一番上が「NO!」を言わなければ、その下請け、孫請けは「NO!」とは言えないのです。電通だけでなく、博報堂、ADKといった大手が、せーの!で宣言したら、何かが変わるように思います。

「中村くん、クチで言うのは簡単だけど、それは非常識だよ」という人がいるでしょうか。だって、「非常識」なことが起こっているのだから、今までの常識では出来なかったことをやらないと、何も変わらないんじゃないですか?とボクは言いたい。労働基準監督官に、労働時間だけの問題じゃなく、なぜそんな労働時間になるのか?を調べてください、と言いたいのです。労働基準監督官はボクのfacebookを見てないとは思いますが。

ともかく、この小さな書き込みを読んで、くださったことに感謝します。うれしかったです。ありがとうございました。
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ただいま59%

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2012年10月3日55才の誕生日に、この「ぶ厚い手帳」を書き始めました。
そして2016年、59才の誕生日を迎えました。
59分経過。後半14分。一番キツイ時間帯です。
でも、このキツイ時間に踏ん張って、1点取れば勝利が見えてくる。
59才の1年のテーマは「じっとしない」にします。
考えて動く。考えずに動く。とにかく動く。動きながら考える。
最近の自動車は「アイドリング・ストップを」などと言っていますが、
ボクの場合は、燃費のことなど気にしないで、常にアイドリング状態で、
いつでもアクセルを踏み込めば飛び出せる体勢でいようと思います。
そうやって常にエンジンにオイルを回していないと、固まってしまいそうだから。
自分の身体の中の血液を常に回しておかないと健康でいられないのと同じです。
迷ったら動く。停滞を感じたら動く。考えているだけでは体は動きません。
歯を磨く時も、かかとをあ上げ下げしてふくらはぎを動かして血液を回す。
そういうことからやっていきます。
どうか、じっとしている中村禎を見かけたら、叱ってやってください。
59才の決意です。

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写真は、スティーブ・マックイーンが所有していたジャガーXK-SSです。
なぜこの写真なのか。このクルマはボクと同い年、1957年製なのです。

55分経過 (55才)
56年見てきた手 (56才)
1957年10月3日 (57才)
勝手に新記録 (58才)

独立記念日

独立ノート
独立を考え始めて、最初にとった行動は、ノートを作ることでした。1冊のノートに独立のためのあれやこれやを書いていこうと思って。何も書かない日もありました。しばらく放ったらかしの時もありました。ある日、これじゃイカンと締切を作ることにしました。期限がないとズルズルするだけです。自分を律するために最初のページに決意表明するのです。それがこれ。2016年8月3日に独立する。なぜ8月3日かというと、中村禎がコピーライターになった記念日だから。1981年8月3日にサン・アドに初出社し、コピーライター中村禎の名刺をいただいた日です。

「ジャングルの中のフェラーリ」というのは、ある雑誌を見ていて心に残っていた言葉です。パソコンが出始めて、まだ「パソコン通信」という言葉があった頃の言葉。「インターネットにつながれていないパソコンは、ジャングルの中のフェラーリのようなものだ」と書いてあったのです。フェラーリはサーキットのような道を走って初めてその価値がわかるもの。どんなに高性能でもエンジンを高回転で回して走らなければただの粗大ごみ。お前もそうなのか?そうじゃないはずだろ?と自分のケツを叩く言葉です。言葉は不思議なもの。書いてみただけで、だんだんそんな気になるのです。電通を退職したのは3月31日付ですが、ボクにとっての独立記念日は、今日です。2016年8月3日、コピーライター中村禎、35周年。初心に戻る日です。

独立ノート02
(偶然にも、このノートを書き始めた日が、2013年8月3日とありました。やはり、僕にとって大事な日です)

なぜか8月3日


独立を考え始めて、最初にとった行動は、ノートを作ることでした。1冊のノートに独立のためのあれやこれやを書いていこうと思って。何も書かない日もありました。しばらく放ったらかしの時もありました。ある日、これじゃイカンと締切を作ることにしました。期限がないとズルズルするだけです。自分を律するために最初のページに決意表明するのです。それがこれ。2016年8月3日に独立する。なぜ8月3日かというと、中村禎がコピーライターになった記念日だから。1981年8月3日にサン・アドに初出社し、コピーライター中村禎の名刺をいただいた日です。
「ジャングルの中のフェラーリ」というのは、ある雑誌を見ていて心に残っていた言葉です。パソコンが出始めて、まだ「パソコン通信」という言葉があった頃の言葉。「インターネットにつながれていないパソコンは、ジャングルの中のフェラーリのようなものだ」と書いてあったのです。フェラーリはサーキットのような道を走って初めてその価値がわかるもの。どんなに高性能でもエンジンを高回転で回して走らなければただの粗大ごみ。お前もそうなのか?そうじゃないはずだろ?と自分のケツを叩く言葉です。言葉は不思議なもの。書いてみただけで、だんだんそんな気になるのです。2016年8月3日、コピーライター中村禎、35周年。初心に戻る日です。
(偶然にも、このノートを書き始めた日が、2013年8月3日とありました。やはり、僕にとって大事な日です)

「心の手を抜かない人」永六輔さん

永六輔さん

永六輔さんを悼む瀬戸内寂聴さんの言葉。

永さんを一口で言えば、誠実な人。
仕事にしても何にしても、心のこもったことをする人。
心の手を抜かない人でした。

そういわれる人になりたいと思います。
「心の手を抜かない人」という言葉に打たれました。

その後、とあるテレビ番組で永さんの追悼をしていました。
そこで永さんの映像が流れていた。
「上を向いて歩こう」の詞について語っていた言葉をメモしました。

涙がこぼれないように
とにかく歩こうという状況が
日本のいろんな環境の中で
繰り返されてきたんじゃないか
日本人ってどこか涙ぐみながら
それでも歯食いしばって進んできた
戦後50年だったんじゃないかなって
気がしますね。

永六輔さんの「大往生」をもう一度引っ張り出して読もうと思います。合掌。

インクの染み込み方

白土さん原稿用紙

電通でお世話になった先輩と飲んだ。独立のお祝いに、と作家が愛用する原稿用紙をいただいた。「万年筆のインクの染み込み具合がすごくいいのよ」と原稿用紙をいただいた。書いてみた。本当だった。字は毎日書いている。正しく言うと、打っている。打っているけど書いてはいなかった。紙にインクが染み込む感触なんて、どれくらい久しぶりだろう。万年筆は使っているけど、こんな染み込み方は味わったことがない。ありがとうございました。

ボクは電通で、こういう先輩たちに恵まれてきた。ありがたいことです。今度は後輩たちに、この有難さをパスしていかねばと思った。

自分のカラダが、本社ビル。

 

フラットアイアンビル(モノクロ) ニューヨーク5番街にあるフラットアイアンビル(1902年竣工)昔、仲畑さんの事務所にこのビルの写真が飾ってあって、ずっと気になっていたビル。まだ本物は見たことがありません。このビルの角の部屋からはエンパイアステートビルが見えるようです。

フリーエージェントになって、次の打合せの場所に移動している時、会社員だった頃の自分とは何かが違うぞ、と思ったことがありました。それは「孤独」とかではなく、むしろ楽しい気分で歩いている自分がいる。そうか、今歩いているこの自分が会社なんだ。自分自身が会社なんだ。自分のカラダが本社ビルで、今、ビルごと移動しているのだ、と感じたのです。そうか、いま歩いている自分のこの身体が本社なんだ。

そう思うと、フリーエージェント中村禎の本社ビルですから、背筋もシャキッとするし、お腹も凹ませて歩くし、眉間にシワもなく、穏やかな表情で口角を上げて颯爽と歩きます。身だしなみにも気を配ります。薄汚れた本社ビルでは仕事の依頼も来ないかもしれないし。ビルメンテナンス、大事です。本社ビルが老朽化でしばらく工事中、なんてシャレになりません。上下水道、電気、WiFi環境、空調、防犯、耐震性(?)ビルの健康問題にも細心の注意を払う必要があります。

考えてみれば、スポーツ選手も同じかもしれません。たとえばインテル・ミラノの長友佑都選手。インテルというチームに所属して「給料」をもらっている「会社員」と言えなくもないけど、ある意味「個人事業主」です。自分の身体の手入れを怠らず、常にトレーニングや練習で自分を鍛えてその身体の性能を上げる努力をしている。試合に出られなければ「会社」を「クビ」になる。インテル長友選手も「長友佑都」という本社ビルの性能に磨きをかけているのです。見習わねば。自分のカラダが、本社ビルだから。