ローリングスタート

SENA-PINS
モータースポーツのレースには二つのスタート方式があります。F1のように予選順位のグリッドから一斉にスタートするスタンディングスタート。そしてもう一つは、インディカーレースのように、ペースカーに先導されて1ラップした後にホームストレート上に静止することなく、そのまま加速して走りながらスタートするローリングスタート

2016年4月1日、新・中村禎はローリングスタートします。走りながらスタートです。独立を決意した日からすでにエンジンに火は入っています。アイドリングしています。ブウォーンブウォーンと吹かしたりしています。なにぶん古いエンジンですので十分な暖機運転が必要です。タイヤも温めないといけません。フォーメーションラップを終えて、ペースカーが離れると、スロットル全開です。

とはいえ、長いレースになるので、マイペースでニコニコ走ります。目的は1位になることではなく、『あー面白かった』っていえるレースをしたいのです。新コピーライターを目指します。これからもよろしくお願い申し上げます。

最後の辞令

最後の辞令
独立する、という意志を最初に伝えたのは、妻にだった。そして二人の親分、仲畑貴志さんと大島征夫さんに伝えた。それから電通でお世話になった人たち、出会った順番に思い出しながら、一人ずつにメールを送った。「中村禎が辞めるらしいね」ということを、人伝てで聞くのはいい気分じゃないだろうな、という人へ直接伝えたかった。

そしてその、心打たれる返信を300通以上いただいて、ふと、「社長に挨拶なしでいいのか?」という思いがよぎった。社長や役員の人たちにも、何人かお世話になったかたがいらっしゃる。メールでは失礼だろうか。いや、心のこもっていない印刷された手紙の方が失礼だろう。メールだろうと手紙だろうと、大事なのは中身だ。そう思って、一人一人に送った。

石井直社長が営業部長だった頃、ご一緒させていただいたことがある。憶えていらっしゃるかはわからなかったが、その頃の話を添えて書いた。『メールなんて失礼な! 君はクビだ!』とはならないだろう。だって早期退職なんだから。メールを送った。

石井社長から返信が来た。うれしかった。

電通に途中入社した頃は「電通の人はみんな偉そうだ」と思っていた。「中村くん、電通っぽいね」なんてゼッタイ言われないようにしようと心に決めた。電通の人がよく言う「お得意」という言葉はゼッタイ使わないと決めた。だって、お得意様というのはサザエさんと三河屋さんのような信頼関係をいうのだから、競合プレゼンをさせるクライアントをお得意様と呼ぶのはオカシイと思ったから。だからずっと「クライアント」と呼んでいた。

28年近くお世話になった。「電通の人はみんな偉そうだ」は撤回する。「偉そうなのは、ごく一部だ」だ。社長にメールをしたら、返事が来た。こんな大人数の大企業の社長が返信をくれるなんて。感激した。やっぱり電通という会社は「人」を大事に思ってくれる会社なんだとつくづく思った。それとも、社長の名前がボクと同じ「タダシ」だからかな。

電通のみなさん、お世話になりました。電通人であったことを誇りに、明日から「コピーライター中村禎」として生きてゆきます。ほんとうにありがとうございました。

時間を使う③自分との約束

ドラッカー行動編
「手帳とはスケジュールを書き込んで真っ黒にするためのものではない。自分の時間を確保するためのものだ」

実践するドラッカー「行動編」に書いてあった言葉です。
ーーーーーーーーーーーーー
第1章 時間が成果を決める
『成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする』
・・・・「経営者の条件」より

時間をどのように使うか→X  どれだけ時間を確保できるか→◎
たいていの人は「スケジュール管理」と「時間管理」を混同している。
時間の使い方の質が成果を左右する。
問われているのは手帳の空欄を埋めることではなく、空欄を生み出す能力です。

「計画」と「スケジュール管理」は別物
例:○時〜○時クライアント訪問
  ○時〜○時営業会議
これは、スケジュールの羅列でしかない

その1週間、何時から何時までどのように時間を使うか書き留めておくべき
例:■水曜13時〜14時半原案作り
  ■木曜20時〜22時 ○○の読書 (具体的なほどいい)

計画とは、自分との約束。自分の時間との約束である。
計画とは、未来の重要なことに取り組むための自分の時間を確保するためのものだ。
期限がなければ計画とはいえない。
計画の本質は、コミットメント(約束)です。
「いつまでに」「誰が」「何を行うか」が重要なのです。
ーーーーーーーーーーーーー
手帳大小左が2016年用 右が2015年用見開き大小土日も平日と平等な大きさにしたかったので、手書きです

なるほど。大納得。というわけで、今年から、「ぶ厚い手帳」を大きくしました。
今までは1行1時間(幅2.3cm)だったのが、
1行30分(幅3.3cm)単位になります。
これで、時間を有効に確保していく。
フリーエージェントとしてこれは、
とても大事なことだと思いました。きっと。

時間を使う②スケジュール管理

手書きのGoogle jpg手書きのGoogleカレンダー

スケジュールについて私は、昔から一つのルールを決めています。それは『手帳に最初に書いた予定は必ず守る』ということです。身内に不幸があったとか、親分に呼び出されたというとき以外、基本的には最初に書いたものを優先するのです。 一度決めた予定を変えてしまうと、芋づる式に他の人も予定をコロコロ変えないといけなくなるでしょ。私が予定を変えちゃうことで、また他の人にも迷惑をかけてしまう。そこは仕事もプライベートも関係なく、絶対に守るようにしています。

例えば、レストランが予約を受けるとき、エライ人から予約が入ったからといって先約をキャンセルするでしょうか?キャンセルされた方はどう思うでしょう。そんな店、二度と行きませんよね。スケジュールにエライ人もエラくない人もありませんものね。

予算の大きい仕事だろうと、規模の小さい仕事だろうと、同じです。社長さんとの約束だろうと、奥さんとの約束だろうと、同じです。先に決まった約束を必ず守る、という極力フェアな方向で行こうと思っています。だって自分の24時間なのですから。

思い出しました。サン・アドの頃、こんなことがありました。葛西薫さん(サン・アド仲畑チームのアートディレクター)のチームでプレゼン準備をしていた時の話です。夏でした。営業が「プレゼン日程が決まりました。○月○日です」という。すると葛西さんが、アッチャーまずいなぁ・・・・という顔をしている。その日は夏休みで家族旅行を予定していたのです。日頃多忙な葛西さんは家族との約束を守りたくて、その家族旅行だけはどうしても行かねば、と思ったのです。「よし、プレゼンを早くやろう」後延ばしにするのではなく、前倒し。その手があったか! 夏休みを取るのでプレゼンを伸ばして欲しい、ではなく、早くやるから文句ないでしょ方式だ。エライなぁ、カッコイイなぁと尊敬しました。『手帳に最初に書いた予定は必ず守る』という葛西さんの執念を見た気がしました。

時間を使う①人との約束

SEIKOダイバー1976大学生の時に買ったSEIKOダイバーズウォッチ

「フリーエージェント社会の到来」にはこんな言葉もありました。
———————————–
組織に属さないで働くことのいちばんのデメリットは、
1日24時間が仕事だということ。
いちばんのメリットは、
どの24時間に働くかを自分で選べること。   

                     ミカ・ジャクソン(イリノイ州シカゴ)
———————————–
自分で自分のスケジュールを厳しく管理しなければいけない。厳しいマネージャーが付いているつもりで行動しなければならないのでしょう。Aという仕事が押して、Bという仕事に遅れていいわけがありません。電通の仕事が長引いたからといって、博報堂の仕事に遅れていいわけがありません。ひとつひとつの仕事は平等ですから。

打合せが長引いて、次の約束に遅れそうになっている状況ほどツライことはありません。つい言い出しにくくて、次に遅れてしまうことがある。でも、次の私との約束を待っている人がいるのだから「すみません、次の約束に遅れそうなので、ここで失礼させていただきます」とハッキリいうしかないし、言うべきなのだと思います。その場で良い顔を繕っても、次に待たせて迷惑をかけている人がいるんだから、結局ダメダメですもんね。

余裕を持ってスケジュールを組むことも大事ですが、要するにダラダラやらない、ということですかね。組織に属さない、ということは、自分でしっかり時間の管理をシビアにやらなければいけないということなのでしょう。

新人の頃に書いた自分のコピーが、今の自分に忠告してくれています。

アイツは
アイツは、時間にルーズな

奴だと思いこまれつつある。
マズイ。マズイ。

わざと
わざと遅れたんじゃ
ないけど、そんなこと
関係ないのよね、
待たされた人には。

いいこと言ってるねぇw

【追伸】あ、こんなことを思い出しました。1994年頃、一番搾りの企画打ち合わせをしていた時のこと。CMの企画をみんなで言い合って出し合って何案かまとめるのです。が、だいたいこういう企画の打ち合わせには「お尻の時間」が決まっておらず、ダラダラやりがちなのです。すると、夕方6時、天才CMプランナー安西俊夫さんのポケットがピーピーピーピーと鳴るのです。エッ!安西さん、ケータイ持ってたっけ? 当時はプロデューサーくらいしかケータイ電話を持っていない時代でした。安西さんはポケットから小さいものを取り出して、「あ、6時だ。ボク帰るね。奥さんと食事の約束なんだ」とポケットから出したのはケータイ電話ではなく、なんと目覚まし時計だったのです。18時にアラームをセットしておいたのでしょう。その「粋」な態度に、誰も安西さんを止めることはできませんでした。約束を守るという姿は美しいなぁと思ったのでした。

フリーエージェント社会の到来

フリーエージェント社会の到来

会社員を辞めて独立する、起業する、と考え始めたとき、いろんな本を読みました。読んでノートを取りました。その中の一冊に『FREE AGENT NATION フリーエージェント社会の到来』という2002年に書かれた本がありました。

著者ダニエル・ピンクさんはこの本の中で、『フリーエージェント』をこう定義しています。
フリーエージェントとは・・・インターネットを使って、自宅でひとりで働き、組織の庇護を受けることなく自分の知恵だけを頼りに、独立していると同時に社会とつながっているビジネスを築き上げた人々のこと。

以下、自分が読んで感じた部分をいくつか忘備録として書き留めておきます。

■フリーエージェントという働き方のメリットは、上司にスケジュールを管理されるのではなく、自分で時間を管理できることにある。ただし、仕事とプライベートの境界線がはっきりしないし、規則正しい生活を送りにくいというデメリットがある。
ーーーダニエル・ピンク
□(←今まではなんとなく言われた通りに働いていたが、これからは自分の意思で働かなければ何も動かないということだ。「自分のリーダーは自分です」という糸井さんの言葉を思い出した。仕事とプライベートの境界線や、規則正しい生活を強く意識しながら自分のスケジュールを決めていかなければいけないんだな。禎)

■フリーエージェントは、完全に「オフ(仕事時間外)の状態になることはほとんどない。24時間営業のコンビニエンスストアと同じように、客がいなくて店が空っぽのときも、店を閉めることがないのだ。
ーーーダニエル・ピンク
□(←えーーーーーっ、それはちょっと厳しいなぁ・・・。最初はせめてエイトエイト(8時から8時まで)とかダメですかね? セブンイレブン(7時から11時まで)も結構ハードですよね。みんなどうしているんだろう? 夜中でも電話に出るのかな。消防署じゃないんだけどな・・・甘いのかなぁ・・・・。でも、相手がフリーだから日曜の夜中に電話しても構わない、というのはどうかなと思います。そもそも仕事でそんな突発事項ってあるだろうか。突発事項やトラブルのないように進めるのが「仕事」なんだから、そういう仕事はうまくいっていない仕事なんだろうな。ま、正直にやっていく、だな。禎)

■第7章:人と人の新しい結びつき
フリーエージェントたちは ひたすら孤独に耐えるのではなく、様々な小規模のグループをつくっている。「フリーエージェント・ネーション・クラブ」は、会員がときどき集まって、お互いにビジネス上のアドバイスをしたり、助け合ったりするグループだ。「フリーエージェント連合」は、フリーエージェントが一緒に仕事をする非公式なチーム。「起業家ネットワーク」は、ミニ起業家が会費を支払って参加するブレインストーミングのための集まり。「同窓会グループ」は、同じ会社の「卒業生」がつくるグループだ。こうしたグループの大半は、会員が自発的に組織した草の根のグループであるため、あまり注目されてこなかった。しかし、このような小規模グループの存在は、アメリカでコミュニティーが崩壊しておリ、フリーエージェントがその傾向を加速しているという主張に疑問を呈するものだ。コミュニティーは死んだわけではない コミュニティーの性格が変わっただけだ。
ーーーダニエル・ピンク
□(←フリーエージェント・ネーション・クラブのようなことは、実は3、4人でやっていた。フリーで働いている年下の先輩たちと何度も質問大会、取材をしていた。うん、それは続けよう。それと、「同じ会社の卒業生がつくるグループ」というのも心強い。独立前に電通OBの方々にもいろいろお話を伺った。これからも情報交換していこう!と話し合ったばかりだ。なーんだ、自然とそうなるもんなのね。でも、こうして書籍に書いてあるってことは、やっぱり正しいことなんだな。禎)

フリーエージェント社会の到来_0002

ところで、フリーランス・コピーライターフリーエージェント・コピーライターの違いは何だ?と聞かれると、正直はっきりわかっていません。ただ、この2016年という時代。インターネットが発達して、街のカフェに電源が整備され、モバイルでデータのやり取りをして、外出先でも映像の確認ができてしまう時代の働き方は、明らかに会社のファックスでコピーを送っていた時代とは変わってきていると思うのです。もちろん、ハート(心意気)の部分は変わってはいませんが。

で、新・中村禎の場合は、ちょっと気取って「フリーエージェント・コピーライター」という言葉を意識的に使っています。それは、ちょっと流行りっぽい、というミーハーな部分もあるのですが、「エージェント」という言葉に「エージェンシー」つまり「会社」という匂いを感じるからなんです。つまり、「個人」なんだけど「会社」としての意識が大事なんじゃないかと感じているからなんです。私に、「中村禎」というカンパニーの社長であるという自覚が必要だということです。社是も決めます。社訓も作ります。就業規則や経営方針、企業理念も決めます。社員教育も厳しくします。なんなら「鬼十則」も作ります。そういう意味で、「エージェント」という言葉がいいと思ったのです。

フリーエージェント・コピーライター  新・中村禎

サン・アドに入れた本当の理由

サン・アド書類2

『経験3年以上』という決まり文句のあった入社試験。
「なんで未経験の僕が入れたんですか?」
入社後しばらくして、時期を見計らって社長の坂根さんに聞いてみた。

「経験者は2人決まっていたんだ。中村クンはおまけだったんだよ。
仲畑クンが『こいつも入れときましょうよ』って言うもんだから、
おまけの3人目ね」

と言われた。なんでおまけになれたのか、仲畑さんに聞いてみた。
『中村の作文が良かったのよ』
と仲畑さん。

作文のテーマは『サン・アドに入って私のやりたいこと』だった。
僕は何を書いたか今でもはっきり覚えている。
当時僕は23才。トンプソンの新入社員の営業で、
夜、コピーライター養成講座の専門コースに通っていた。
その講師である岡田耕さんのことを書いた。

岡田さんは電通の部長クリエーティブディレクターで
隣りの席に山川浩二さんという岡田さんのライバルでもある
部長クリエーティブディレクターがいた。
山川さんも養成講座の講師だった。
そしていつも
「うちのクラスからは糸井(重里)クンが出たんだよね。
岡田くんも講師やってるんだって?」
と岡田さんに自慢してきて、
岡田さんはそれがイヤでイヤでたまらなかったと聞いたことがあった。

僕は書いた。
「糸井さんみたいになる、とはおこがましくて言いませんが、
 サン・アドには中村禎というなかなかいい
 新人コピーライターがいるらしいね、くらいになって、
 岡田さんに肩身の狭い思いをさせないようにしたい」

それはハッキリ覚えている。だって、ほんとにそう思っていたんだから。
仲畑さんはその作文を読んで、
こいつを取ろうと社長に進言してくれたという。
文章が上手なのではない。
書いた中身が仲畑さんの心に引っかかったのだと思う。
稚拙な文章でも本当の本気で書いた言葉にはチカラがあるんだと思った。

2001年の春、僕がKDDIの仕事で
TCC最高賞を獲ったことは知らないまま、
岡田耕さんはお亡くなりになってしまったけれど、
中村禎という岡田クラスの生徒が、
サン・アドで最高新人賞を獲ったことは報告できた。

そして今年、
そのサン・アドでコピーライターになってから30周年となった。
当時の養成講座岡田クラスの生徒だった中村禎が、
現在の養成講座中村クラスの教え子たちから祝ってもらえたことを
岡田さんに追加で報告したいと思った。(2011年8月)

リンク元:サン・アドに内定

さよなら電通 ありがとう電通

12729329_964273426990219_3253382761199685275_n
こんなメールをまず電通でお世話になった人たちへ送りました。
———————————-
さよなら電通 ありがとう電通

ご報告

前略 ●●●●さま

私、中村禎は、電通を去る決心をしました。
3月末日付けで早期退職いたします。

定年まであと1年半ほどありますが、
受け身で退社するのではなく、
自分の意志で、助走をつけて独立しようと考えたからです。

「電通」の看板を下ろし、「中村禎」の看板で生きていきます。
このまま会社にいても、ただ甘えただけの自分からは
脱皮できないと思い至りました。

電通から引き継ぐ仕事はなく、まっさらな状態です。
また何かお手伝いできることがあれば喜んで飛んで行きます。
初心に戻って仕事に取り組みたいと思います。

メールでごあいさつするのは失礼かとは思いましたが
『新しいケータイ番号』や、『新しいメールアドレス』があるので
メールのほうがコピペしやすくていいかなと。
アドレス帳などの変更していただけるとうれしいです。

いろいろお世話になりました。心からありがとうございました。
でも、これでお別れではなく、
これからのほうが、もっともっとお世話になりたいと思っています。 

不安だらけの独立ですが、「できるか、できないか」ではなく
「やるのか、やらないのか」なんだと考えるようになって
吹っ切れました。やるしかないんですよね、もうこうなったら。

高品質、低姿勢、安心価格でご奉仕する、
日本一正直なコピーライターとして。

コピーライター/クリエーティブ・ディレクター 中村 禎
———————————-

退職のメールはいままで何度かいただくことがありました。その時、ちょっと淋しく思うことがありました。それは、「今日で辞めます」という日に、会社のアドレスから一斉メールで送られてくることでした。そのメールアドレスはもう翌日からは使えないじゃないの。返信ができないじゃないの。

それとやはり、デジタルの冷たさを感じていました。印刷された文字だけの年賀状より、なんかひと言手書きの文字がある年賀状のほうが好きなボクとしては、一斉メールに人肌を感じなかった。だから、本来なら手書きの文字のお手紙を皆様へ、がいいのでしょうが、今回の自分の場合は、「新しいケータイ番号」や「新しいメールアドレス」を知らせたいので、それをコピペしやすいように、メールの方がいいと思ったのです。それを、一人ずつに出す。その人との思い出を一言添えて出す。そうすることで、「その人に送った」ことが自分の記憶に残るからです。途中入社で電通に入って、お会いした順番に思い出してメールを送りました。

で、今回。驚いたことがありました。デジタルだろうが、手書きのアナログだろうが、そんなことはどーでもいいんだということ。大事なのは、その人とその人が対話をすることなんだと気づかされたのです。よく「メールで失礼いたします」とありますが、そんなことはないんです。ちゃんと対話ができれば、デジタルだろうがアナログだろうが、そんなことは関係ないのです。

それを思い知ったのは、みんなからの心温まる「返信」でした。長文もあれば、とにかくびっくりした!という声があったり、何と返信していいか悩んで悩んで時間が経ってからの返信があったり。うれしくて泣きそうになりました。(実はその返信のテキストデータをコピペして.docxで保存して、名前の部分をブルーにして大きくしてプリントアウトしちゃいました。325人が返信をくれて、A4で厚さ1cm以上になりました。それくらいのプリントアウトは許してもらえますよね、電通さん!)

デジタルは冷たい、アナログは温かい、という先入観は捨てました。デジタルだろうとアナログだろうと、それは単なる道具の話で、大事なのはその「中身」なんだと気づかされました。

これからはフリーエージェントとして生きていきます。まだまだ気づかないことがいっぱいだと思います。でも1日1日成長できるよう、怠けないで生きていこうと思います。

 

 

合格証書

 

FP3合格証
ほとんどの人が合格するといわれている3級ファイナンシャル・プランニングの技能検定。1月に青山学院大学で受験してきました。自分で答え合わせして点数はわかっていたのですが、やはりこうして正式に『技能検定合格証書』をいただくと、正直うれしいです。夜の講座に通って、自習室で問題集をやり、試験時間に合わせて過去問題を制限時間で解いてみる。そんな受験生をやってみました。資格が欲しいのではなく、自分のためのファイナンシャルプランナーができるように基礎知識だけは身につけておこうと思ったのがきっかけでした。学校の自習室で、もっと難しい試験のための勉強をしている若者たちを見て、「日本もまだまだ捨てたもんじゃないな」と感じました。さて、2級はどーするかっちゅう話です。

心が動けば体は動く


作業療法士 藤原茂NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』を見ていてメモした言葉。リハビリのプロフェッショナル、作業療法士の藤原茂さんの言葉です。
———————————-
機能回復しようと思って一生懸命やるときには、
全然機能回復をはかれない。
もう諦めていたのに、やりたいことを一生懸命やっていくと、
気がついてみたら
「おいおいこんなに元気になってるよ」
「今まで杖を突いて歩いていたのが、杖を置き忘れてきた」
というまでになった。
心が動けば体は動くんだということです。
———————————-
リハビリのスケジュールをこなすだけでは全然ダメで、
でも好きなことをやらせたら夢中になってやろうとする。
そうしたら、なんと動かなかった身体が動くようになったというのです。

「心が動けば体は動く」

身体は筋肉が動かすんだけど、その筋肉を動かしているのは「心」だった。

そんな藤原茂さんは、東日本大震災で被災した子どもたちの中に、自殺する子どもがいたという事実を知る。そして被災地に子どもたちの集まれる「家」をつくった。今でも被災地岩手県大槌町に(山口県から)通って、現地の子どもたちとの時間を過ごしているという。そんな藤原茂さんの言葉。

———————————-
走りながら考える。考えながら走る。
直感的にこうだと思って、とにかく走る。絶えず走る。
計算しない。心のままに動く。やらざるを得ない。
前後見境なくやらないとダメ。

ヘタに計算なんかしてたら
生まれないんじゃないんですかね。

ボクは人のためにやっているという自覚はない。
私がそうやりたい。私が楽しみたい。私が喜びたい。
私がもっと穏やかになって、生きていてうれしいと感じたい。
———————————-

「走りながら考える」

「石橋を叩いて渡る」のではなく、「石橋は叩く前に渡る」だ。
(そういえば、あの人も同じことを言っていたなぁ・・・)

そして
「生きていてうれしいと感じたい」
という最後のひと言が刺さりました。
そのために生きていることを忘れかけていました。
いい言葉は勇気をくれます。