フランス98の記憶③長い一日

フランス98_TLSテレカトゥールーズ競技場の電話ボックスからM氏に電話するために使ったテレフォンカード

フランスW杯に行くために、イベリア航空でバルセロナに向かう。ちょっと変なカンジだが、初戦の会場はトゥールーズというスペイン国境にほど近いフランス南部の町。パリから行くよりバルセロナからの方が近い。バルセロナの空港に付いたのが21時半過ぎ。そこからバス移動だ。バスでピレネー山脈を越える。真っ暗な山道を黙って走る大型バスにはツアー客は9人。空席はキャンセルをした人たちの分だ。無人の料金所のような場所を過ぎる。旅行会社添乗員の「フランスに入りました」の声。9人の拍手がわいた。パスポートにスタンプは押されなかったのは残念だったが、ついにフランスに入った。

今日の宿泊地はトゥールーズではなく、その近くのアルビという町。真っ暗で静まり返ったアルビの駅前を過ぎて、午前2時半頃、ようやくホテルに到着した。ワールドカップの場合、試合のあるスタジアムの町にはだいたい宿泊できない。近くの町に宿泊してバス移動、というのがツアーの常識のようだ。東京に住んでいて埼玉2002に行くどころの距離ではない。御殿場に宿泊して国立競技場の試合を見に行く、そんな距離感だろう。アルビのホテルの部屋にチェックインして5時間ほど仮眠する。翌朝早くにまたバスは出発する。

フランス98_TLSアルビアルビのホテルにチェックインしてまず一番大事なものを取り出す。シワにならないようにハンガーにかける。

1998年6月14日、日曜日、午前11時30分。
トゥールーズの駅前は日本人でごった返していた。青い炎のレプリカユニフォームを着込んだ日本人たち。ボクたちは、M氏と連絡を取らなければならなかった。「2枚だったら、なんとかなるかもしれません。頑張ってみます。当日着いたら連絡ください」と、日本を出発する前、先発していたM氏に言われていたのだった。チケット騒動に巻き込まれた日本人ツアー客たち。ボクたちもその一部分だった。

「入れなくてもいいじゃないですか!その日その時間にその場所に居られることがいいんじゃないですか!タダシサン!」と励まし続けてくれた相棒と言い出しっぺの私、ばかふたり。トゥルルー、トゥルルー。いかにも外国の電話らしい呼び出し音が聞こえる。「ハイ」「あ、中村ですっ!」「今どこすか?」「駅です、トゥールーズの」「大丈夫すよ。2枚ゲットしました!スタジアムの近くに着いたら、また電話ください」電話ボックスの外にいる相棒に小さなガッツポーズを送る。飛び上がりたい気分だったが、ボックス越しに見える他の日本人サポーターに申し訳ない気がしたし、スタジアムのゲートで無事にM氏と会える保証もないので、まだ不安ではあった。大型バス1台にたった9人の客を乗せたツアーバスは、スタジアム近くのだだっ広い駐車場まで行き、そこからは別のシャトルバスに乗り換える。トゥールーズ競技場のそばの公園に旅行社が用意した大画面で、せめてもの中継を観るためだった。

フランス98_TLS騒然サポーターにとっても初めてのW杯 殺気立つ交差点

「ア〜ルヘンティナ!ア〜ルヘンティナ!」2台連結されたシャトルバスの中で、水色と白の縦縞たちと青い炎の日本人たちがごちゃ混ぜになる。老夫婦が水色の縦縞を着ていたりするところが、敵との歴史の差を感じさせる。ゲートの近くで降りると、そこには、なんともいえない殺気のような異様な空気が流れていた。ダフ屋を捜して走る日本人。日本人と交渉しているフランス人。日本人の名前を叫ぶ声。小競り合いの外国語。検問のあたりにはマシンガンを持ったデカイ警備員たち。交通整理の笛を鳴らす警官。ソーセージを焼く屋台。砂埃とクラクション。

フランス98_TLSいい匂いいい匂いだった。しかし買う余裕はなかった。

ボクたちは電話ボックスに走った。「中村ですっ」「いま、どこのゲートですか?」「え?いや、スタジアムが正面に見えて手前に橋が架かっていて、川が左右に流れてて、それと平行に走っている道に、直角に立体交差があって・・・」自分でもよくわからない説明だと思った。地名の書いた標識をさがして、もう一度電話することになる。「 Croix de Pierr」という標識の文字を呪文のように書き写し、ふたたび電話ボックスに戻ると、なんと列ができている(ケータイがまだそんなに普及していなかった)全身の毛穴から汗が噴き出てくる。試合開始まで1時間を切った。「タダシサン!あっちにもボックスありましたよ!」相棒が道の向こうから叫んでいる。ダッシュ!クルマに引かれそうになりながら通りを渡り、ガラス張りの電話ボックスに飛び込む。深呼吸ひとつして、三度めの番号を押す。つながった!

フランス98_TLSメモ現在地を知らせるためのメモ。こんなのでよく伝わったもんだ。

マシンガンを構えたガードマンのいる橋の上。M氏と再会。もう、泣き叫びたいくらいの気持ち。背番号11番のKAZU22番のYOSHIKATSUを着込んだばかふたり、堅い握手。下手に騒ぐと襲われそうな場所である。ボディチェックをひきつった笑顔で通過して、31番ゲートに近づいて行く。場内からリッキー・マーチンの曲が大音響で聞こえる。ああ、ちびりそう。最後のチケット確認をすませ階段を走って駆け上がる。目の前に、鮮やかなグリーンのピッチ上でアップをしている日本代表チームがいる。本当に目の前に日本代表がいるのだ。・・・相棒と抱き合う。スタジアムを見渡すと、ウルウルしてきた。FRANCE98。とうとうワールドカップにやってきたのだ。

フランス98TLS佐倉jpgフランス98_TLS禎なんのトラブルもなくツアーに参加していたらこんな感動はなかったのだろう。チケット騒動のおかげで、初めてのW杯の感動が何十倍にも増幅した。こんな顔、なかなかできない。

 

フランス98の記憶①開幕戦の夜
フランス98の記憶②出発直前
フランス98の記憶③長い一日
フランス98の記憶④最初の試合
フランス98の記憶⑤バスの一日
フランス98の記憶⑥ブラジウ(前半)
フランス98の記憶⑦ブラジウ(後半)
フランス98の記憶⑧クロアチア戦
フランス98の記憶⑨旅の終わり

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