俳句の天才たち


芭蕉は『三冊子』のなかで
「俳諧は三尺の童にさせよ。初心の句こそたのもしけれ」
と言っています。

俳句というものは童子の語り口のように
平易な表現で風体も軽やかに詠むことこそ大事で、
難解な文字や奇抜な表現に走る才智依存は句作では
百害あって一利なし、と説いているのです。

いまちょっと、俳句を勉強したくて、
いろんな本に目がいくのですが、
芭蕉の言葉が頭にあったせいか、図書館で、
とあるタイトルに目が止まったのです。

『子ども俳句歳時記』金子兜太監修。

パラパラと読み始めて、ハッとしました。
劇画でいうと、雷に打たれたようなシーン。
ピカソのデッサンのような、芭蕉の走り書きのような、
ダイヤの原石をゴロゴロ発見したような、そんな感動。
これは記録せねば、です。

300ページ余から好きな句を書き写してみたら、なんと139句に。その中でも好きなヤツを選んで35句。「これは秀句だ」と偉そうに選んだのではなく、こんな句を書きたいな、で選びました。

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あおむけば口の中まで春日かな     (中3男)

春風にやめた先生のかおりする     (小4女)

新しきクラスの窓から桜見る      (中2女)

花の種まく一粒は風に分け       (中3女)

うぐいすの鳴き声未熟山の春      (中3女)

モンシロチョウみつすう花をきめました (小4男)

ふわふわと蝶飛び説教つづくなり    (中1男)

ドッチボールがんばれとつばめちゅうがえり     (小1女)

マラソンをしてもしなくても暑い    (小3女)

飾られて細くて涼し埴輪の目      (小6男)

夏服になれば心も夏になる       (中3女)

クロールの上げる腕から見える空    (小6男)

一発の花火がてらす川の幅       (中3男)

せんぷうき兄とわたしに風分ける    (小5女)

かぜやんでかんがえているこいのぼり  (小2男)

あじさいの庭まで泣きに行きました   (小6女)

天国はもう秋ですかお父さん      (小5女)

おはじきの音さわやかに仲直り     (小5女)

秋の風とべたとび箱ふりかえる     (中1女)

ほんとうの願いは書かず星祭      (中1女)

くりひろいしているときもくりおちる  (小1男)

鉛筆の進む音だけ冬の夜        (小6女)

冬の川うごかぬ舟が一つだけ      (小5男)

先生のかみがたかわって新学期     (小5女)

はるやすみとけいはいつもうごいてる (幼稚園女)

虫かごの中にまだある夏休み      (小5女)

真夜中に風鈴思い出して鳴る      (高3女)

原爆忌この日は暑さ口にせず      (中3男)

しまへびの真一文字にひかれけり    (中3女)

おちついたくらしのような虫の声    (小6男)

のけものにされ校庭の秋を見る     (中3女)

ポケットの小銭を鳴らす夏祭り     (中2男)

受験する姉と最後のプール行く     (小6男)

里帰り母のなまりがいきいきと     (小4女)

さよならと空に小さくなる親友     (小5女)

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これらの子どもたちの句、目の付け所の素直さに感心します。
こうすれば褒められるだろう、なんていう大人の薄汚い心はなく
ただ、そう思ったから、書いた。そう見えたから、書いた。
そこには、コピーにも通じる
「だって、そうじゃん」があるように思えました。

ピカソの言葉を思い出しました。
参照:ピカソはこども
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こどもは皆、芸術家だ。
そのままでいることが、難しいのだ。
ピカソ
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そして、ケン・ロビンソン氏の言葉
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大人は失敗を許されない。
こどもは失敗を怖れない。
学校教育がクリエーティビティを失わせている。

Ken Robinson (TEDカンファレンスより)
http://www.youtube.com/watch?v=Tm90Ktww7g4
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以下、ノートに好きな句を書き出していたら、
139句にもなってしまいました。

いかがでした?すごいでしょ。すごいと思うんだなぁ。

参照:ピカソはこども

穏やかな最期(リビングウィルの共有)


駅までの道の途中に公民館のような、いつも選挙の投票で使う場所がある。そこの掲示板のポスターに目がとまった。「穏やかな最期」「自宅で最期を迎えるための…」という言葉。

昨年、中学の時の恩師が亡くなった。最期は自宅でご家族に見守られながら静かに旅立たれたと聞いた。それ以来、「自宅で最期を」ということに関心を持った。「自宅で亡くなると、警察が来て、現場検証とか死因を調べるために解剖されたりとか大変だよ」という根拠のない噂も聞く。実際のところどーなんだ。山田先生は幸せな最期だったそうじゃないか。ボクもそっちがいい。

意識がなくなって(でもホントは意識はあるけど喋れない、体も動かないという状態になって)延命のためだけに管だらけになるのはイヤだ。そうなる前に準備が必要だと感じていた。だから話を聞きに行こうと思った。

当日になって、行くのちょっとメンドクサイなと思ってしまった。無料で予約も不要のフォーラムなので、別に行かなくてもドタキャンにはならない。しかし、『迷ったらメンドクサイ方へ、の法則』でいこうと決めてあるので、やっぱり行くことにした。

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基調講演は「痛くない死に方〜穏やかな最期を迎えるために知っておきたいこと〜」尼崎市のクリニックの院長、長尾和宏氏。撮影禁止だったので、パワポのスライドが写真でメモできなかったので、気になった言葉だけメモをした。忘れないために、もう一度まとめておこうと思う。

リビングウィルを書いておく(生前に延命治療についての意思表示しておく)それを書くだけではダメで、家族、兄弟、親、できれば親戚、かかりつけ医(在宅医)、ヘルパーさんたち、と共有しておくことが大事。

■大橋巨泉さんは自宅で最期を迎えたかったので、ずっと自宅療養していた。しかしある日容体が急変して意識がなくなった。奥様が救急車を呼んでしまった(注)以後、3か月集中治療室で管につながれて亡くなった、という。巨泉さんはたぶんそう望んではいなかったはず。しかし意識はなく(本人は聞こえていたかも知れない)意思表示できないので、救急車→病院→管だらけ→天国となってしまった。巨泉さんの場合は、本人と奥様、医師たちとのリビングウィルの共有ができていなかったのが残念だった、と長尾先生は言う。

注:救急車を呼ぶということは、延命してくださいという意思表示。患者が延命を望まない場合は救急車を呼んではいけないらしい。運ばれた病院も延命措置をする義務がある。だから、管につながれてしまう。問題は、いつそれをやめるか(外すか)だそうだ。

■延命措置とは何か。人工栄養、人工呼吸、人工透析、輸血、酸素吸入、iPS細胞などがそれに当たる。延命措置は大事だけど、それを「いつやめるか」が大事なんだ、と。降圧剤やインスリンの投与はいい。だけど、それを「いつやめるか」のやめどきが難しいのだ、と。やるのは簡単。いつやるか?は、今でしょ、でいい。いつやめるの?これが難しいし重要な問題となる。

■高カロリー点滴や酸素吸入はガンのエサ。

■大阪大学(?)の総長だった(?)○○さんの本に「待つということ」というのがあるらしい。そこには「枯れる」ことの重要性が書かれているという。調べてみるか。

■DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)は,心停止時に心肺蘇生(cardiopulmonary resuscitation;CPR)を実施しないことを意味する。

リビングウィルとは、「生前に発効される遺書」のこと。 通常の遺書は、亡くなった後に発効されるが、リビングウィルは、生きていても意思表示のできない状態になり、その回復が見込めなくなったときに発効される。→これを日本政府はこれを「書くな」と言っているらしい。そんなこという国は世界で日本だけらしいなんで?(禎)

■ACP(アドバンス・ケア・プランニング)人生会議。事前指示書(リビングウィル)は書くだけでなく家族の署名も取っておこう

■「日本尊厳死協会」というのがあるらしい→調べてみよう(禎)

「安楽死」と「尊厳死」は違う
安楽死・・・回復の見込みがなく、苦痛の激しい末期の傷病者に対して、本人の意思に基づき、薬物を投与するなどして人為的に死を迎えさせること。日本では認められていない。

尊厳死・・・回復の見込みがない傷病者に対して、本人のリヴィング・ウィル(生前の意思)に基づき、人工呼吸器や点滴などの生命維持装置を外し、人工的な延命措置を中止して、寿命が尽きたときに自然な死を迎えさせること。

医師法20条と21条
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=9151

■スイスにはいくつかの尊厳死・安楽死の施設がある。
DIGNITAS・・・安楽死による死ぬ権利を訴え、実際に医師と看護師により自殺を幇助するスイスの団体。 医師が作成した診療録をスイスの裁判所が許可した場合に、対象者への自殺幇助を提供する。 (ウィキペディアより)

その施設で家族と何日か過ごし、その施設の部屋でピルを飲んで最期を迎えるらしい。現地で火葬され遺骨を持って帰国する。DIGNITASは外国人でも可。

→まだ自分からそのピルを飲もうとは思わないが、重病でどうしようもなかったらそうするのだろうか。行ってみて、やっぱり怖い、ってなるかも。自分でピルを飲み込めない状態だったらどうするんだろう。まあ、そういう施設があることだけは知っておこう。(禎)

「断食すれば安らかに死ねる」 by 小泉純一郎

「健康より元気だよ」 by 倉本聰 いい考え方だな、と思ってメモしたけど、よく考えてみれば、健康じゃなく病んでいる時に元気は出ない。上っ面な言葉だな、ともいえるか(禎)

■在宅医はどうやって見つければいいのか・・・対談では「いろんな病院にかかって、いい人を見つければいい」「病状を見て薬だけくれるような医者はダメだ」とかあったけど、私の主治医になってくださいって言って「イヤだ」とか「今いっぱいです」とか言われないんだろうか。それと、この先生はいい人そうだな、と思っても、ボクより年上だったら、その先生が先にいなくなったりしないだろうか、などといろんな疑問が沸いてくる。質問はできなかったので、この問題はまだまだ解決しそうもないな(禎)

■対談の最後に、こういうフォーラムを杉並区が主催していることがすごい、と司会者が言っていた。杉並区は進んでいる、と。たくさんパンフレットをもらって帰ってきた。さて、次の行動は?(禎)

篠田桃紅さんとのセレンディピティ③

 図書館での偶然の出会い

セレンディピティ(偶然の出会い)は、amazonにはたぶんない。図書館や大きな書店には、まだあると思う。「あなたにはこれが適当です」と推薦されるものは、過去のデータ(好み)からでしかない。昨日まで気にならなかったものに、今日興味を持つかもしれない。そうやって出会うものも忘れてはいけない。探していた本の近くに、全く新しい出会いがあるかもしれないのです。

日比谷図書館でとある地方の方言を調べようと思って本を探していたときだったと思います。近くにあった、本のタイトルと装丁に目が止まりました。ふと手にとって、ページをめくって、メモした言葉を記録しておきます。墨で描かれた抽象画と文章。絵本のような本でした。


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人生は一本の線

私はこういう線を引きたいと思って、一本の線を引いた。
しかし現実にできた線は、思った線とは違う。
人生も同じ。
人は、こういうふうに生きたいと思って、
しかし現実の人生は違う。

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出来心

出来心は、悪い意味に使われるけど
私は、毎日、出来心。
ふっとどういうところから思いが来るのかわからない。
どうして降ってくるのかわからない。

 

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幸福はあなた次第

私は幸福な人間、と思えるほど恵まれた人はそういない。
こういうときに、ちょっと幸福を感じる、という人はいる。
悩んでもしょうがない、と諦める手立てを
上手に持った人は生きられる。
自分をいなすことで、生きていける。
手立ては人それぞれで、
幸福は、ご自分の意識次第です。
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そうですよね。
幸せは、どこかに「あるもの」ではなく「気づく」もの。
と誰かの言葉で聞いたことがあります。

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なんだかやってみたい

必要があるかないか、誰にもわからないですよ。
必要だから、やるわけではない。
必要ではないから、やらないわけでもない。
なんだかやってみたい、という思いが大事。

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ないものねだり

ないものは欲しい。
あるものは、ありがたくない。
あるものを、ちゃんとありがたく思えて、
ないものは、まあしょうがないと思い、ねだらない。
そういう人は幸福。

自分の置かれた境遇を
これでよかったと満足できる人は、
最後、天に上がれるかな。

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「当たり前」に見えることを「有難い」と思えると、いいですね。
ああ、ここにも「謙虚」という言葉が、あるんだなぁ。

篠田桃紅さんとのセレンディピティ①
篠田桃紅さんとのセレンディピティ②
篠田桃紅さんとのセレンディピティ③

篠田桃紅さんとのセレンディピティ②

篠田桃紅さんのインタビュー番組を偶然見ることができた。その時の言葉をメモした。次元は違うのだろうが、コピーを書くときと同じ感覚があると思った。その言葉。

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心というものがすごく邪魔をしているんじゃないでしょうか、作品を作ることを。

どうやったら心が後ろ側に行ってくれて

ものをつくろうという意思が後ろ側に行ってしまって

私をつくらせている本当の芯みたいなものだけが紙面に出てくる時間、時、機。

そういうときがあるような気がする。

(1982年当時70歳頃の制作風景での言葉)

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全く次元が違うことかもしれないけど、同じようなことを感じたことがある。昔、年賀状のために墨を磨って半紙に書き初めをしていた時期があった。思いを込めてその「文字」を書くのだけれど、どこか「うまく見せたい」という気持ちが忍び出てくる。書いたものを何枚も床に並べて眺めてみると、そういう下心が出た字はすぐわかった。どこかいやらしい、どこか見栄を張った、どこか騙そうとしている文字に見えた。結局一番いいのは、何も考えずにガッと勢いで書いた文字だった。という経験をしたことがあった。

同じように、コピーを書くときもそう。どこか「褒められよう」とか「うまいね、って言われよう」とか「広告賞を獲ろう」とか、そういう不純なものが混ざったコピーはやはり醜い。すぐ化けの皮が剥がれる。それは、広告となって世の中に出たとき、なんの力も持たない。良い悪いの問題以前、消費者の目に入らない。制作者側が自己満足しているだけのものでしかない。だからやっぱりコピーは「うまいこと言おう」ではなく、「本当のことを言おう」だと思う。

桃紅さんとはレベルが違うのだろうが、「心を後ろ側に」というのは、邪念とか邪心とかそういうものが消えて、「自分の芯」が紙面に書かせる状態がいいのだと思う。つまり「ホントに思ったことを書け」なのだ。(「思った」時点でダメなのかも。無意識が書かせる、ということなのだろうか)

そういうことですよね?桃紅先生(怖くて聞けないけど)

篠田桃紅さんとのセレンディピティ①
篠田桃紅さんとのセレンディピティ②
篠田桃紅さんとのセレンディピティ③

篠田桃紅さんとのセレンディピティ①


「セレンディピティ」という言葉が好きです。思いがけないものを発見する、偶然の出会い、という意味です。AIに分析されて「あなたにはこれがお似合いです」と押し売りされるより、たまたま目に留まったものとの出会いのほうが、好き。偶然なんだけど、なんかそこに「見えない運命」みたいなものを感じたりします。

お正月のお笑い番組を流し見していて、それが終わったら何やらインタビュー番組らしきものが流れ始めた。聖路加病院の日野原先生が出ていたので目が止まった。つい先日、日野原先生の言葉をメモしたばかりだったから。日野原さんと上品なおばあちゃんが対談している。画面のタイトルに「篠田桃紅105歳を生きる」とある。篠田桃紅?なんか見覚えがあった。気になって引き続き番組を見ていて、おばあちゃん(篠田桃紅さん)の語りにスーパーインポーズが入る。ん?なんか聞き覚えがあるぞ・・・・。慌てて録画を始めた。その話口調に覚えがあった・・・。

一昨年の手帳を繰ってみて、あった。日比谷図書館で書き物をしていた時、偶然見つけた本があって。その中の言葉が気になってメモをしていた。その本が『人生は一本の線』という、篠田桃紅さんの本だった。その時のメモがあった。お顔は初めて見た。しかも、現在105歳だということも初めて知った。その人の表情と声が聞けるというラッキー。さすがNHKですね。メモした言葉はただの文字だけど、その人の顔と声が聞こえれば、その言葉はもっと染み込みが良くなると思います。

2017年の手帳にメモした言葉 イカン、忘れていた ちゃんと身についていなかったということか

今日メモした言葉と一昨年にメモした言葉を、『ぶ厚い手帳』に残しておこうと思います。
まずは今年の言葉。

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何かに所属しないんです、私は。
ただの桃紅篠田という絵描きとして。
なになにの桃紅じゃない。
ただの桃紅でいい。
どこの国の人であってもかまわない。
「私は日本人です」なんて偉そうに言わない。
アメリカ人ですとも言わない。
「どこの(国の)人」なんていうから戦争の種になる。
人として地球に生きていれば戦争なんて起きないですよ。
私はたくさんの戦争に出会ってきているから。
あんなバカバカしい、くだらない
一番いけないことは戦争です。

戦いをしたい人はスポーツをやればいい。
そしたらみんな面白がって見てくれる。
戦うことをスポーツに置き換えた人間は本当に頭がいい。
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「なになにの桃紅じゃない。ただの桃紅でいい」
「人として地球に生きていれば戦争なんて起きない」
グッときました。

桃紅先生は自分の昔の作品を見ようとしない。そのことに関して・・・
ーーーーーーーーーーーーー
昔のことを思い出していたらダメですよ、人間は。
思い出なんてものは、なるべくないほうがいい。
やはり未来。未来は必要ですよね。
過去はもうすんじゃったんだから、何があったってしょうがない。
ーーーーーーーーーーーーー

いい記憶もあるでしょ?という質問に対して・・・
ーーーーーーーーーーーーー
そんなことをいつまでも自慢していたらしょうがない。
若い時に、みんなにどーだった、あーだった、
そんなこと言ってたらバカじゃないですか。
『私、若い時、モテたのよ』なんて話をしたら、
あの人、バカじゃないですか。
ーーーーーーーーーーーーー
懐かしい思い出は取っておいていいでしょ?桃紅先生。
過去の仕事の成功をいつまでも自慢していちゃ
進歩がないからダメよ、ということですよね?

105歳を過ぎても過去より未来なんだなぁ。

いつが一番楽しかったですか?という質問に対して・・・
ーーーーーーーーーーーーー
いくつの時が一番よかったなんて言えないわ。
人間はその時その時にしかないものを大切にすべきだと思う。
ハタチにはハタチの人生がある。
30歳には30歳の人生、
40歳には40歳の。
その時は二度とないんだから。
ーーーーーーーーーーーーー


自分の作品の価値を問い続ける桃紅さん
ーーーーーーーーーーーーー
自分がものをつくって発表するなんてことは
あまりにいい気なものすぎる。
大声あげて道路を走り回っているようなもんよ。
芸術家なんてね、実に不遜。
傲岸不遜な職業よ。エラソーに。

『誰も引けないだろう、こういうは』なんていうような顔をして
下手くそなを一本引いたりして
人に見せたりしてんだから。
いい気なもんよ。
もう少し謙虚にならなきゃね。

一本ので人に見せるんだったら
そのがどれほど美しいか、どれほど力強いか。
人に何かを、気持ちがスーッとするだけでもいい、
何か力を与えるものがあるか。
そのというものに、人に見せ、
場所を取って発表するだけのものがあるのか、と。
ーーーーーーーーーーーーー
この「線」という言葉を「広告コピー」と置き換えてみる・・・。

一本の広告コピーを人に見せるんだったら
その広告コピーがどれほど美しいか、どれほど力強いか。
人に何かを、気持ちがスーッとするだけでもいい、
何か力を与えるものがあるか。

その広告コピーというものに、人に見せ、
場所を取って発表するだけのものがあるのか、と。
もう少し謙虚にならなきゃね。

コピーライターとして、人として、謙虚は当然だわな。

芸術家篠田桃紅さんとコピーライター中村禎を
同列で考えるのは誠におこがましいのですが
何か一つでも共通点を見つけ、
105歳の先輩の言葉からヒントをもらおうとメモしたのでした。

篠田桃紅さんとのセレンディピティ①
篠田桃紅さんとのセレンディピティ②
篠田桃紅さんとのセレンディピティ③

平成最後の年賀状


大晦日に考えた。来年のテーマは何にしようか。毎年(手書きの)手帳の初めのページにその年の目標を書くことにしています。2019年はどうするか。

『時間をたのしむ』

早い話、時間を大切に使おう、ということなんですが、ただ『時間を大事に!』と書いても、なんか堅苦しい。なんか予定調和。これじゃ心も体も動かない。日々の生活の中で、「いま、たのしいか?」と自問してみる。「あんまりたのしくない」なら、なぜたのしくないのか、やり方を変えてみようか、と考える。そして「たのしい!」となれば、その時間は有効に使われている、ということになる。

ひとりの時間を、たのしむ。
あの人との時間を、たのしむ。
考える時間を、たのしむ。
ボーッとする時間を、たのしむ。
締切までの与えられた時間を、たのしむ。
ちょっとした空き時間を、たのしむ。
限りある時間を目一杯たのしむ。

中村禎はその時間を、たのしんでいるか?と常に問うことにしよう。

そんなことを考えた2019年元旦、
あけましておめでとうございます。

という言葉をfacebookに載せました。元旦に書いてみなさんに見てもらう年賀状です。手書きの文字で書いたほうが自分の声で届く気がするから、手書きの文字で書きたかった。「いいね!」を押してくれた人にはこの原稿用紙の年賀状が届いたということ。切手を貼って出すよりも、多くの人に見てもらうことができました。メッセージをくれた人には、こちらからも言葉を返せる。年賀状は、その人の気持ちとボクの気持ちがつながることが大事だと思うので、郵便局にはわるいけど、こういうカタチの年賀状もいいんじゃないかと思ったのでした。

ロシアより愛をこめて⑧ルジニキに日の丸

ポルトガルも赤、モロッコも赤。

 

2018年6月20日(水)

今日は一日、モスクワ。今日は心配ごとがほぼない一日。決勝戦が行われるメインスタジアム、ルジニキでポルトガルvsモロッコ観戦。しかも試合後に友だちと合流して夕食を一緒にできる予定。試合のチケットは個人で手配して取るのだが、同じ試合を見る友だちがいれば、スタジアムで会うことができる。予定が合えば、そこで会えるという安心感。

今日は何を着て行こうかと考えて、やはり日本代表ユニで行くことにする。だって昨日、勝ったから。ポリエステル100%だし、寝台車では着替えて干してたので、汗臭くなんてないですよ、ほんと。

誇らしい日の丸



地下鉄でモロッコサポーターに挨拶「サラーム・アライクム」W杯では「国旗」のパワーがすごい。必需品だわ。

で、モスクワの街を日の丸を胸に歩く。自然と威張ってる自分がいます。だって昨日、勝ったから。なんか誇らしげ。地下鉄駅ですれ違うロシア人からも「Good Game!」みたいな笑顔を向けられる。W杯で勝つと、こういう気持ちになるんだな。日本人であることが、日本代表のユニフォームを着ることが、こんなに誇らしいなんて。初めての経験だった。

地下鉄1号線でスポルチーヴナヤ駅へ。駅を出て真っ直ぐ歩くとそこがルジニキスタジアム。道路の高架下をくぐるともう見える。スタジアム一帯が広大な公園のようになっていて、スタジアムの座席まではまだあるけれど、もうすでに「スタジアムに着いた」という気持ちになれる。

ルジニキスタジアムで感心した点があった。それは座席の色。一色ではなく、ブラウン系の濃淡で構成されていること。それもアトランダムに。つまり空席が目立たないよう工夫されているのだ。(ポルトガルvsモロッコはほぼ満席だけど)普通のスタジアムの座席はブルー一色とか赤一色とか。空席だとそのシートの色がカタマリで見えてしらけてしまう。それがない。こういうところ、新国立競技場も真似してほしいなぁ。


これがスタジアム全空席の状態、に見えないでしょ?

座席の色。感心した。

試合を見に来た、というより、生でクリスチアーノ・ロナウドを見たくて来た。サッカーの試合自体はテレビのほうがはっきり見える。スローでもう一度見れる。スタジアムで「見る」のは「観る」という字のほうが合っているかもしれない。どちらも「観戦」なんだけど、スタジアム観戦は「観察」というか「目撃」というか「立会い」の感覚。

 


ポルトガルも赤、モロッコも赤。スタンドは真っ赤っか。ボクの席の周りはモロッコだらけ。モロッコの応援はシンプルで強い。一部のグループが応援の歌を唄うのではなく、全員の大声が揃っている。シンプルな声援だから初めての人もすぐ真似できる。参加できる。その声の塊がゴール裏からU字型の観客席からピッチに届く。日本の応援もこうならないかなぁ。

試合は、幸いなことに、クリスチアーノ・ロナウドのゴールを見ることができた。欲を言えば、こっち(自分の席に近いほう)のゴールにも決めて欲しかったけど。

逆光で失敗。もっとアップで撮っておけばよかった。やっぱり気持ちが高揚してたんだなぁ。ロシア最高スマイル、ベスト3に入る笑顔。

試合後は、それぞれ単独で観戦している友だち二人と待ち合わせ。何しろ広大な敷地なものだから待ち合わせの場所をどこにするかで、少々手こずる。これにもfacebookのメッセンジャーが役に立った。目印の写真を撮って送る。大きなレーニン像があったので「その背中のほうにいます」とか。ボク以外の二人は無事合流。すでにレーニン像を通り過ぎていて、もっと駅に近い場所で合流できた。やはり日本代表のブルーを着て行ってよかった。その二人も日本代表ユニだったので見つけやすかった。今日は日本代表ユニで、大正解。
『レーニンの背中』でも迷う

地下鉄で一駅戻ったフルゼンスカヤ駅近くに宿泊しているもう一人の友だちと合流して、シーフードレストランへ。それぞれ宿泊ホテルが違っても、旅程が違っても、こうして会って食事ができるシアワセ。W杯は一人で来ても、なんとかなるもんだわ。それもこれも、ブラジルW杯の日の丸ハチマキ大作戦の説明会に行ったから。そこから顔見知りができ、日本でサッカーサポーターの集会に行き、またそこで知り合いになり。自分も日の丸ハチマキ大作戦に加わることで友だちができ、その輪が広がってきた。有難いことだ。


シアワセな時間が終わり、みんなそれぞれ宿に帰っていく。ボクはまたあの『走らない寝台車』32番の箱に戻る。ちょっと淋しいけど、明日はサンクトペテルブルクの普通のホテルだ、がんばろう。


ロシアより愛をこめて一言

『W杯では日本代表として、どこかに国旗を身につけるべし』

本日出会ったお友だち

○吉田祐介さん@ルジニキスタジアム
○ユージーさん@ルジニキスタジアム
○板谷浩男さん@ポルトガルvsモロッコ戦
○志村岳さん@ポルトガルvsモロッコ戦

○Masashi Peco Satoさん@ルジニキスタジアム〜フルゼンスカヤ駅〜カフェフレスコ
○高見沢徳明@ルジニキスタジアム〜フルゼンスカヤ駅〜カフェフレスコ
○Mitsutaka Kurata ミツさん@カフェフレスコ


ロシアより愛を込めて①はじめの一歩
ロシアより愛を込めて②チケットの戦い
ロシアより愛を込めて③準備を楽しむ
ロシアより愛を込めて④いざモスクワへ
ロシアより愛を込めて⑤決戦はサランスク
ロシアより愛を込めて⑥長い一日(前半)
ロシアより愛を込めて⑦長い一日(後半)
ロシアより愛を込めて⑧ルジニキに日の丸
ロシアより愛を込めて⑨近日公開
ロシアより愛を込めて⑩近日公開

ロシアより愛をこめて⑦長い一日(後半)


2018年6月19日(火)後半

14:55 選手入場 緊張する。ゴール裏の3列目。なんならすぐにでもピッチに降りられるほどの距離。20年前のフランスW杯で初めて聴いた「君が代」には涙が出てきたけど、あれから何回かW杯で「君が代」を聴いたので、もう泣かない。気合いを入れて15:00 キックオフ。

日本代表はリラックスして試合に入れたように見えた。のびのびとやっているように見えた。そんな開始わずか3分で声が枯れた。日本PK獲得。しかも目の前のゴールで。誰が蹴る?おお、香川行くか。よし。日本サポーターが多い方のゴールに蹴れるから多少は心強いんじゃないだろうか。

オーーーーーーーー!!!!!!!
ゴォーーーーーーーール!!!!!!!
よっしゃ〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!

周りのみんなと抱き合う。良かった〜入って。でもまだ試合開始6分。ちょっと早すぎるけど、ま、いいか。最悪同点で引き分けても初戦勝ち点1ならいいか、とか弱気な考え。いや、でも勝ちたい。

緊張の時間が続く。こっちのゴールに攻め込む日本代表。左サイドののとこだけ陽が当っていて暑そう。そのせいじゃないだろうけど、にイマイチいつもの伸び伸びした感じがない。緊張しているんだろうか。初出場の選手にはゴールを決めて欲しい。

前半39分。向こう側のゴール付近でFKのファウル。ウソ?入っちゃった?壁の下を通すシュートが川島の脇をすり抜ける。スロー再生のヴィジョンで見ると「なんで止められないんだ!」って思うけど、あれはスローだからね。実際は目の前でも、手の1cm先でも、止められないもんは止められない。入ったもんは仕方がない。切り替えていこう。前半は1:1で終了。日本サポーターたちの表情も落ち着いている。まあ、1:1でいい出来じゃない?みたいな余裕も感じられた。

後半が始まる。後半15分あたり。59分経過したあたりで、コロンビアの背番号10番、ハメス・ロドリゲス投入。ケガで本調子じゃないみたいだけど、怖い選手が入ってきた。ブラジルW杯コートジボワール戦、リードしていたのにドログバが入ってきて流れが一気に変わった悪夢が蘇る。いやん。でも、あの時のドログバほどハメスにはオーラがないように感じた。なぜだろう。ドログバの方がハメスより、顔が怖いから? やはりケガの影響なのか、実際ハメスのプレーにはあまり怖さを感じなかった。

70分。香川に替えて本田。1:1であと20分。頼むぜ本田。この時、コロンビアサポーターの方が嫌〜な気がしたんじゃないだろうか。何か持っている選手だから。で、73分。本田のCKから大迫ヘッド!入った?入った?向こうのゴールなのでよくわからない。でも、

よっしゃ〜〜〜〜〜〜!!!!!
ゴォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ル!!!!!!

実際は、「誰?誰?誰が入れた?」だったと思う。ビジョンでもう一度見て、また大歓声。

あと15分。息がつまる時間が続く。しかし、退場者を出し10人で戦うしかないコロンビアにもう怖さは残っていなかった。(正直に言うと、ボクはコロンビアが一人退場したことを試合終了まで知らなかった。日本がPKを獲得して周りのみんなとハイタッチしていて、退場のシーンを見ていなかったのだ。なんかコロンビア、怖くないなぁ、と思っていたけど、あらま、10人だったのね)

で、試合終了のホイッスル。
やっったぁ〜〜〜〜〜〜〜。勝っったぁ〜〜〜〜〜〜〜。
ボクの目の前の列のレインボーヘアのヨコヨコさんは泣いていた。わかるよ、だってW杯で日本が勝つ試合に立ち会えるなんて。今までずっと日本代表を応援してきて、目の前でW杯の勝ち点3を取った瞬間。そりゃ泣いてもいいでしょう。

試合後、大迫に声をかける生出さん(ブルーの柔道着とブルーのドレッド)そして泣き崩れるレインボーボンバーヘッドヨコヨコさん背番号9

日本代表は勇敢に戦ったと思います。立派な試合でした。ありがとう。スタジアムを出た帰り道、たくさんのコロンビアサポーターたちが「コングラチュレーション!」と握手してくれた。今まで日本が南米の国に勝つことはなかったんじゃないだろうか。しかもW杯の舞台で。


完全なアウェイだったね

普通ポリ〜スは撮影させてくれないんだけど、扇子に書いたロシア語の発音を教えてって話しかけたら、写真OKしてくれた。今のところ、ロシア人最高スマイル。

幸せな帰り道。思えば、W杯で日本が勝った試合を初めて見た。ああ、勝つとこんな気持ちになるんだ〜と思った。自然と笑顔になっていたんじゃないだろうか。日本人サポーター同士でハイタッチをしあい、コロンビアサポーターたちとは「グッドゲーム!」と肩をたたき合い。ああ、これがW杯の幸せなんだなぁ。初めて知った。

 

今日はこれから楽しみがある。ブラジルW杯で友だちになったペコさんたちと合流して、サランスクのお店で打ち上げだ。サランスクに宿泊している人も、深夜の列車にまた乗る人も、集まる。ああ、なんて幸せ。

20人くらいで予約されていたお店に続々と知った顔がやってくる。そこで初めてお名前を伺ったんだけど、さっきのゴール裏で抱き合ったレインボーヘアのヨコヨコさんブルーの柔道着&ブルーのドレッドヘアで海外メディアにバンバン撮られていた生出さんもいて、友だち申請させていただいた。

そこに集まったサポーター仲間は、いわゆるコアなサポーターたちで、いろんな外国で日本代表の試合を応援してきた人たちばかり。もちろんみんなそれぞれのお仕事をしながら、時間とお金を作って行動している。よく「W杯を見に行く」と言うと、「いいよね〜」と単純に羨ましがられるけど、ここに来ているアフォーターたちは、自分の仕事を調整し、自分で時間とお金を工面して、自力でここに来ている人たちだ。羨ましいと思うなら、努力と犠牲を払って来ればいい。そして、今日のような日に出会えることもある、ということ。

時間はたっぷりある。今夜は01:24サランスク発のFIFA寝台列車でモスクワに戻るだけ。列車組で夜のサランスクを歩く。日の丸をマントのように背負って歩いていると、コロンビア人やロシア人たちが「ジャ〜パン!フォート!フォート!」と寄ってきてくれる。写真に声は入らないが「ニッポン!ニッポン!」と叫びながら。名前も知らないロシア人、再会することもないだろうロシア人たちだけど、一生記憶に残るだろう人たちと出会った。
しあわせな日本人たち

『ニッポン!ニッポン!』歓喜でブレブレ

応援ありがとう!ハチマキあげる!

応援スパシ〜ヴァ!ハチマキしてくれてありがとう!

深夜24時過ぎ。サランスク駅。多くのコロンビアサポーターたちも寝台列車を待っている。丸一日のサッカー観戦。W杯はただのスポーツ観戦じゃない。サッカーを目撃するための旅、W杯という祭りに参加する旅なんだと思う。苦労して長時間列車に乗り、一日歩き回り、勝ってうれしい、負けて悔しい。で、それぞれの宿に帰っていく。サランスク駅の床に寝っ転がって出発時間を待っているコロンビア人や自分たちを見て、そう思った。

みんなクタクタ

01:24サランスク発モスクワ行き Train No.583 15号車21番
4人のブース、ボク以外はコロンビアだった。しかも二人は若い女の子。カーテンなし。疲れていたこともあって、特に会話もなく、寝た。翌朝モスクワ・カザンスキー駅に着いて「Go Together Round16, Good Luck(日本と一緒にコロンビアもベスト16まで行こうね)」と挨拶して、別れた。

帰りの寝台車。隣と上がコロンビアの女の子。

 

ロシアより愛をこめて一言

『負けた悔しさも、勝った喜びも、行った人にはかなわない』

本日出会ったお友だち

○広島の船乗り青年@FIFA列車〜サランスクスタジアム
○横浜からのご夫婦@FIFA列車
○Masashi Peco Satoさん@サランスク駅とお店
○池田重之さん@サランスク駅&スタジアム
○懸田弘章さん@サランスク駅&スタジアム
○萩谷賢さん@サランスクスタジアム
○金原麻愉さん@サランスクスタジアムとお店
○ヨシダのハルコさん@サランスクスタジアム
○生出明浩さん@サランスクスタジアムとお店
○よこよこ横山誠人さん@サランスクスタジアムとお店
○吉田祐介さん@サランスクスタジアム
○鈴木洋平さん@サポ村集合場所
○山西栄輔オコチャ夫妻@サランスクのお店
○深井隆幸さん@サランスクのお店〜ファンゾーン
○平山 みよ子さん@サランスクのお店〜ファンゾーン
○梶本 恵理子さん@サランスクのお店〜ファンゾーン
○ Kyo Katoさん@サランスクのお店〜ファンゾーン
○高見沢徳明さん@サランスクのお店〜ファンゾーン
○阿久津智紀さん@サランスクのお店〜ファンゾーン
○松本貴弘さん@サランスクのお店〜ファンゾーン
○村中雪菜さん@サランスクのファンゾーン
○渡辺伸一朗さんご夫妻@サランスク駅の芝生

あ〜うれしかったッ。

ロシアより愛を込めてはじめの一歩
ロシアより愛を込めてチケットの戦い
ロシアより愛を込めて準備を楽しむ

ロシアより愛を込めていざモスクワへ
ロシアより愛を込めて⑤決戦はサランスク
ロシアより愛を込めて⑥長い一日(前半)
ロシアより愛を込めて⑦長い一日(後半)
ロシアより愛を込めて近日公開
ロシアより愛を込めて近日公開
ロシアより愛を込めて近日公開

もしボクがクレラップの社長だったら

 


我が家はクレラップを愛用しています。551の豚まんを冷凍しておいて、ラップに包んでチンします。その時、キッチンの上の棚からラップを取り出そうとするのですが、ラップには大中小の3サイズがある。22cmの中くらいのサイズが欲しいとき、いつも「えっとえっと、どれだっけ?」となる。「50m」とか「20m」とかの数字の方が大きく表示されているから、そっちが先に目に入るのです。

「15cm」「22cm」「30cm」かがわかりやすいように表示せんかぃ!と思います。使う人はだいたいサイズ違いも使うんじゃい!なんで、「50mも長いです」とか「20mもあります」と自慢するのか? そうか、これはきっと売り場で長い方が得ですよ、と目立ちたいんだ。つまり、買わせることを優先して、使う人のことを第一に考えていない、ということじゃないだろうか。

ボクがクレラップの社長なら、『お客さんは棚に入れて、そこから出して使う。そのとき、何センチのサイズかわかりやすいように、15cm、22cm、30cmをわかりやすいパッケージにせよ』と言うでしょう。もし仮に、営業部長が「売り場で長さを誇張しないと売れないんです」と言うなら、よしわかった。こっちの面はこれでいいとしよう。『じゃあ、逆側の面にセンチメートル表記だけにせい!』と。

売りっぱなしより、長く使ってもらうことの方が大事だと思うんですよ、ボクは。

551の豚まんを食べるたびに、思うこと。初めて書きました。あースッキリした。

ロシアより愛をこめて⑥長い一日 (前半)


2018年6月19日(火)

長い、歴史的一日のはじまり。この日の記憶を時間を追って書くと、何文字になるだろう。そんなダラダラした文章は読んでもらえるのだろうか。と思いつつ書いてみよう。ほぼ24時間の記録。(長文になりそうなので、「ですます調」ではなく「だ調」で書いてみます)

01:10 モスクワ・カザンスキー駅発 Train No.581 15号車21番 寝台車は4人で一つのブース。あとの3人はどんな人だろうかと、やや不安に思っていたら、みんな日本人でちょっと安心。もう時間も時間なので、各々シーツを張って枕と毛布にカバーをつけて寝ましょう。ボクは2段ベッドの下。一人なので2階だと自由に動けないだろうと思って。思ったほどオンボロでもなく、かといって綺麗すぎず。まあ。ロシアかな、という感じの寝台列車。出発前の車内には冷房が入っておらず、もしこのままなら完全な収容所状態になるけど、まさかね。出発したらエアコンが入ってひと安心。ベッドを仕切るカーテンがないのには驚いたけど、ま、いいか。

隣の14号車にブラジルW杯キッカケで友だちになった永沼美香さんが友だちご夫婦と乗っているとわかっていたので、行ってみようとしたら、例の「笑顔の研修」を受けていない方のおばさんに「移動はダメ」みたいなポーズをされてしまって断念。じゃ、寝るか。

モスクワとサランスクの間の線路はまっすぐ

早朝、目が覚める。どこかの駅に停車している。先に出発しているナベさんたちからのFBメッセンジャー情報によると、途中の駅で何度も停まるらしい。確か、モスクワーサランスクの距離は500kmほどだから、東京—大阪くらいのはず。なんで10時間もかかるかというと、途中で何度も停まるから。貸切なのだからノンストップで行けばもっと早く着くのにと思っても、無料だし、仕方ないか。朝早く着いても試合開始は午後3時だし。

まもなく11:10の到着予定時刻。車窓からサランスクアリーナが見えた。興奮。今日、あそこに行くのだ。
ここで降ろして、くれないか

11:10サランスク駅到着。駅前は日本人サポーターがいっぱい。知ってる顔を何人も見つけることができ、うれしくなる。みんな旅程はまちまちでも必ず集合する場所、それがスタジアム。広いスタジアム、広い街なんだけど、なぜか会える。ま、日本代表の格好をしているから見つけやすいというのもあるんだけど。駅前で太鼓の音が鳴り始める。ドンドンドン!ニ〜ッポン!ドンドンドン!ニ〜ッポン!ドンドンドン!♪おーバモ、ニ〜ポ〜ン!ニッポン!ニッポン!ニ〜ポ〜ン!はい、はい、はいはいはい。紋付ハカマ、白い日の丸ハットの池ちゃんだ。池田さんはサポーターの兄貴分のような人で、日の丸ハチマキ大作戦の言い出しっぺの一人でもある。東京でも何度も一緒に飲んだ友だち。ハイタッチをしてイェ〜い。
あ、池田さんだ!あ、懸田さんだ!

駅からスタジアムまでは特にシャトルバスがある風でもなく、歩いていける距離なのでぼちぼち歩こうとしていたら、寝台列車で同じブースだった若者を見つけた。彼は広島でサッカーをやっていて、高校の時、大迫の高校と対戦したこともあるらしい。長期航路の船乗りで、海の上からインターネットでチケットを取って、今回一人でW杯にやって来たという。一人で初参加なら一緒にスタジアムまで行こうぜ、と一緒に歩くことにする。歩いて2、30分かな。地図を見なくても、日本サポーター、コロンビアサポーターがぞろぞろ歩いているから道はわかる。大通りが歩行者専用になっていて、見渡す限りまっ黄ッ黄。なんでこんなにコロンビアが多いの?2014年ブラジルのクイアバのコロンビア戦の時より多くない?ここはロシアだぜ?ブラジルより遠いのにすごい人数のコロンビアサポーターたちがやって来ている。日本はまだまだ負けてるなぁ、と感じてしまう。


船乗りの青年の指が入っちゃってるけどいい写真なので。ブラジルのとき先に帰る友だちから託された日の丸。ポルトガル語とロシア語で『日本を応援してください』と書いたつもり

スタジアムが大きく見えて来た。広場にBBQの出店が。ほとんどまっ黄ッ黄。船乗りの青年と腹ごしらえに寄ってみることに。カタコトの英語でコロンビアサポーターたちと話す。W杯では「Where are you from?」という会話は必要ない。みんなユニフォームを来ているからね。「コ〜ロ〜ンビャ!コ〜ロ〜ンビャ!」「ニッポン!ニッポン!」「コ〜ロ〜ンビャ4、ニッポン0!」「ノーノーノーノー!コロンビア1、ニッポン1(と妙に現実的に言ってみたり)」この中にブラジルのクイアバにも来ていたコロンビア人もいるんだろうな。あそこですれ違っていたかもしれないコロンビアサポーターもいるんだろうな。W杯で複数対戦した国とは仲良くなれる気がする。実際、コロンビアサポーターはいい奴が多かった印象がある。

コロンビア村かと思ったBBQエリア
敵かと思いきやコロンビアユニを着たフランス人で、日本を応援しているというのでハチマキあげる

20年前のフランスW杯初戦トゥールーズでのアルゼンチン戦。チケット騒動に巻き込まれ、試合直前までスタジアム周辺を駆けずり回っていたことを思い出す。20年経って、自力でチケットを取り、自力でスタジアムまで来て、余裕を持ってロシアのビールを飲みながら、バーバキュー食べている。トゥールーズでは、そんな余裕は全然なかったなぁ、としみじみ。さ、スタジアムへ入りますか。

GATE5まで歩き、セキュリティチェックを通過し、LEVEL3まで階段を登り、Dブロックまで行き、No.127入り口でチケットを見せて、中に入ると・・・これがW杯だ!ボクは2018年ロシアW杯に来たんだ、と実感する瞬間です。
W杯に来た、の瞬間

席はゴール裏の前から3列目なので階段を降りて行くと、途中でみんながいた。イェ〜いのハイタッチをしながら。太鼓の池ちゃんが言っていた。『W杯は同窓会のようなものだよ』と。4年に一度、みんなが同じ場所に集合する。よく会う仲間もいれば、4年ぶりに会う仲間もいる。黙っていても日本戦のスタジアムに集まってくる。フランスのトゥールーズだろうと、ブラジルのクイアバだろうと、ロシアのサランスクだろうと。ほんの一瞬でも知った顔に会えるという幸福は、W杯ならではのものだと思う。ただのスポーツ観戦とはわけが違う。世界中からサッカーバカが集まるお祭りなんだもの。サッカーバカな友だちがいることが何と幸せなことかと思い知る、それがW杯かもしれない。

キックオフまで30分。この日は長いので、次回へ続きます。

ロシアより愛をこめて一言

『W杯は同窓会のようなものだよ』

ロシアより愛を込めてはじめの一歩
ロシアより愛を込めてチケットの戦い
ロシアより愛を込めて準備を楽しむ

ロシアより愛を込めていざモスクワへ
ロシアより愛を込めて⑤決戦はサランスク
ロシアより愛を込めて⑥長い一日(前半)
ロシアより愛を込めて⑦長い一日(後半)
ロシアより愛を込めて近日公開
ロシアより愛を込めて近日公開
ロシアより愛を込めて近日公開