1日の計は朝にあり 2017

2017年1月3日部原ビーチ(PHOTO BY 黒田明)

一年の計は元旦にあり

は有名です。で、facebookで
こんな言葉を知りました。

一日の計は朝にあり

そうか、毎日新しい気持ちで行けばいいんだ。
そうか、何度でもやり直していいんだ。

一年の計が元旦にあるんなら、
元旦過ぎたらどうすりゃいいんだ?と思っていました。
元旦の過ごし方で1年が決まってしまうようで
困っちゃうなぁと思っていました。

一日の計は朝にあり

よく晴れた、清々しい2017年1月3日の始まりです。

実は、この話、2013年の1月2日のボクのブログに書いた話なんです。
でも、今朝、CMディレクターの黒田明さんのFBに
1月3日の部原の日の出の写真がアップされていた。
これを見て、この言葉を思い出したのです。
黒田さんに、この写真を使わせてください!とお願いしたのです。
黒田さんは、ご自宅で毎朝この景色が見られるんだなぁ。いいなぁ。
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facebookで見た言葉は四行でした。

一日の計は朝にあり
一年の計は元旦にあり
十年の計は樹を植えるにあり
百年の計は子を教えるにあり

この四行で完結するんだろうけど
ボクにとっては、 『一日の計は朝にあり』だけで十分です。

8760時間の手帳 2017


2017 年 あけましておめでとうございます
新しい『ぶ厚い手帳』に、あれこれ書いていきます。
新しい365日、8,760時間を大切に使うために。

みなさまにとって、中村家にとって、
いい年でありますように。
今年も仲良く、よろしくお願いします。

自分との約束 2016

毎年元旦、手帳にその年のテーマを書きます。2016年はこれでした。
独立する覚悟を決めて、あとはやるのみ、でした。
フリーになってやっていけるのか、
できるかどうか不安な気持ちで
毎日汐留の地下街を歩いていた時、ふと

「できるか、できないか、じゃなくて、
 やるのか、やらないのか、じゃねぇか?ナカムラ!」

という声が自分の中から聞こえたのです。
そう気づいたら、モヤモヤがさっと晴れました。

この「実行する」というテーマは、今年だけじゃなく、
これからもずっとテーマだとは思いますが、
来年の元旦には、また新しい気持ちで新しいテーマを書いて、
1年チカラを出していこうと思います。

今年も1年お世話になりました。
ありがとうございました。
みなさん、良いお年をお迎えください。

2016年 大晦日

エコヒイキ・マーケティング


お礼を言うのが遅くなってしまいました。九州パンケーキさんから、これから新発売される商品のサンプルを頂いちゃいました。

九州パンケーキマーマレード・甘夏(熊本産)
九州パンケーキジャム・しらぬいみかん(熊本産)
九州パンケーキジャム・晩白柚(ばんぺいゆ)(熊本産)
九州パンケーキシロップ・博多いちじくシロップ(福岡産)
九州パンケーキシロップ・桜島こみかんシロップ(鹿児島産)

ラベルの裏に小さく書かれた「どこどこ産」という地名がみんな九州で、九州出身としてはどうしても応援したくなってしまう。九州の農家の畑に九州の太陽の光を浴びて育った果実を思いながらいただきます。

これからの商品は、性能の差だけじゃなく、「応援する」といった気持ちで売れていくんじゃないかと思います。性能がいいから買う、だけじゃなく、好きだから買う。その「商品」が好きなだけじゃなく、その「企業」が好きだから買う。応援したいから買う。ファンが贔屓のチームを応援するあの感じ。選挙で投票しようとするあの感じ。エコヒイキ・マーケティングですw

ありがとうございます。いただきます。株式会社一平の村岡 浩司さま、桑畑宣孝さま、 長谷川実里さま。
(注:マーマレードは食べかけです)

おでん代

ひょんなことからボクより20才も年上の、しかも同じ福岡県北九州市出身の電通OBの方とfacebookで知り合いになれた。その方は、鬼十則をお書きになった吉田秀雄社長の時代に電通社員だった。その方から吉田社長の話を聞くことができました。

「吉田秀雄社長は社員との”絆”を非常に大切にした人です。私は昭和34年に電通に入社し数年後に電通の月額取扱高30億円を達成した時に、全社員に金一封をくれました。表書きに「おでん代」と書かれており、封筒の中には『ご家族でおでんを食べお楽しみ下さい』的なことが書かれていました。歴代の社長の中でこの様な社員に対する心遣いをする社長は吉田社長だけです。まさしく全社員との”絆”です」

「おでん代」とは、なんとも粋な言葉のチョイス。金一封の中に「言葉」を残す心配り。さすが、我ら電通の社長だ!とOBの端くれとして、誇らしく思えました。吉田社長は福岡県北九州市小倉出身、出会ったその大先輩も小倉出身、電通途中入社のボクは、となり町の門司出身。なんとも不思議な縁を感じます。鬼十則を話題にするマスコミも、こんな吉田社長の人となりも、しっかり取材してほしいものだと思います。

追記:そしてこの話は、残業問題で騒がれた時に、石井社長と中本副社長にもメールで伝えたということです。電通を愛するOBとして。

F.C.BACCANO ベストイレブン・ピンバッジ

我ながら、よくやってると思います。FCバッカーノというチームを1999年2月からやっていて。来年の2月で18周年です。毎年、参加した人のポイントをつけてましてね。行事への参加不参加連絡の返事をくれたら1ポイント。ボールを蹴りに来たら2ポイント。そのあと飲みに行ったら1ポイント。ビッグイベントへの参加は3ポイント。そうやって年末の忘年会に集計して、上位11人をベストイレブンとして表彰します。コミッショナー(ボクです)の個人的趣味でピンバッジを贈呈しています。今年で18個目。

写真左上から1999年のピンバッジ。バッカーノのエンブレムの元になったACパルマのピンバッジ。2個目はバッカーノのチーム名の名付け親である小野伸二選手が移籍したフェイエノールト。3個目はFCバッカーノの頭文字と同じ「FCB」であるバイエルンのピンバッジ。そして2002年のは日韓W杯でブラジルが優勝した年なので5つ星のブラジル。クラブW杯で優勝したサンパウロFCや稲本が移籍したガラタサライ。10周年には背番号10のプラティニのピンバッジ。日本のサッカーショップに同じピンバッジが11個も、なかなか売ってなくて、仕入れが大変になってきて。欧州へロケや旅行に行くメンバー頼んで買ってきてもらったり。#25アドリオーノにスペインで買ってきてもらったエスパニョール。#49エイスケッタに頼んだ金色のイタリア代表。ロンドン五輪もアドリオーノの2012ピンバッジ。そしてロンドン旅行に行った#2マイコビッチから送ってもらったマンチェスターシティ。そして2014年はブラジルW杯の。2015年はクロアチア旅行に行ったキャプテン#6ハセゴンに探してもらったディナモ・ザグレブ。

一番下の列は、スペシャルで、9周年の時の9番ファンバステン、MVPにあげたザックジャパン代表ユニ。そして#10タッツィオが発注してくれたFCバッカーノオリジナルピンバッジ。

そして、今夜、2016年のバッカーノ忘年会。レアなピンバッジを贈呈します。数年前に買ってあったもの。リーガエスパニョール、アスレチック・ビルバオのピンバッジ。たぶん、日本に11個しかないと思います。

松下幸之助さんの言葉

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ひょんなきっかけで松下幸之助さんの本を読む。「経営の真髄」なんて本は自分には関係ないかと思っていたら、関係あった。フリーエージェントになって、「自分のカラダが本社ビル」という気持ちになって、「中村禎」という企業を運営していくようなもんだな、と思っていたら、幸之助さんも同じことをおっしゃっていた。

『自分一人の社会活動というものは一つの経営であると、こういうふうに考えられるわけです』

こりゃ、松下幸之助さんの本を読まねばいかんゾ、と思い、あわててメモしておるわけです。

【個人の活動も政治も経営である】
今日、経営というものはたくさんあります。いちばん大きな経営は、国家の経営でしょう。政治も結局は国家経営である。さらに、団体の経営でありますとか、あるいは公共団体、自治体などの経営でありますとか、さらに小さくは、個人の会社や商店の経営があります。これらは全部、経営としてとりあげてさしつかえないと思います。
それからさらに小さくは、自分一人ですね。自分一人の社会活動というものは一つの経営であると、こういうふうに考えられるわけです。

【経営理念を明確に持つ】
創業者に求められる資質なり条件というものは、統率力とか決断力、先見性や実行力、さらには責任感など、いろいろあげられましょうが、なかでもきわめて重要なのが、しっかりとした経営理念をもつことだと思います。
「自分の会社は、何のために存在しているのか」そして「この会社をどういう方向に進め、どのような姿にしていくのか」というような企業の基本的なあり方についての考え、それが私のいう経営理念ですが、そういうものを明確に持つことが非常に大事で、そうしてこそ初めて、いまあげたようなさまざまな要件も、生きてくるのではないかと思うのです。
(→「会社」という言葉を「中村禎」と置き換えてみる。「中村禎は、何のために存在しているのか」そして「中村禎をどういう方向に進め、どのような姿にしていくのか」なのだ。禎)

【経営は生きた総合芸術、経営者は総合芸術家】
経営者というものは、私は、広い意味で芸術家やと思うのです。というのは、経営というものは一種の総合芸術と思うからです。一枚の白紙に絵を描く、そのできばえいかんで、いい芸術家と評価され永遠に残る。要するに、白紙の上に価値を創造するわけですわな。これ、経営と同じです。
むしろ、われわれ経営者というものは、白紙の上に平面的に価値を創造するだけじゃない。立体というか、四方八方に広がる広い芸術をめざしている。それだから、生きた芸術、総合的な生きた芸術が経営だとーーーそういう観点で経営を見なければならんというのが、私のとらえ方です。
そういう目で見ると、経営というものはすばらしいもので、経営者というものはたいへんな仕事をする人なんです。ところが、なかなか世の中はそう評価してくれませんけどな(笑)
単なる金儲けとか、合理的な経営をするとか、そんな目からだけ見たらいかん。結局、人生とは何なのか、人間とは何かというところから出発しなければいけない。それは、人前では商売人です、毎度ありがとうございますと言うてるけれども、内心では、すこぶる高く自分で自分を評価しているんです。総合芸術家なんだと。だから、その評価に値するだけの苦心なり、悩みがある。これが経営者というものの本来の姿です。

【生きた経営は自得するものである】
私は経営は自得するもんやと思う。自得するために、あるいは人の教えを聞くとか、あるいは自分で体験してみるということは必要ですよ。しかし、これは教えられるもんやないんですよ。これはもう自得せなしょうがないですな。
なんか自分でいろいろ考えてみて、人にも聞き自分でも考えてみて、そしてみずから悟るものをもたないといかんのやね。経営というようなものは教えられないものです。
経営学は教えられますよ。経営学というものは、経営学者に教えてもらったら、ある程度わかりますわ。しかし生きた経営というものは、教えられないです。これはもうその人が、自分で体得するもんですわ。

【世間は神のごときものである】
私が経営者としての心がまえとしていることをあげますと、常々思っていることですが、大衆といいますか、あるいは世間といいますか、これは神のごときものだと考えているのです。なるほど一人一人について見ると偏見や狭量の人もたくさんありますが、それは個々の問題で、全体について見れば世間の見方というのは非常に正しいものであると考えるのです。こういうところに私の事業信念がおかれているのです。
自分のしたことが当を得ておれば、必ず大衆はこれを受け入れてくれるに違いない。ここに絶大な安心感があるわけですな。

(→「経営」とは、すべての人に必要なことだったんだ。会社員の時にも薄々感じていたけれど。もっと早く読めばよかった!しかし、関西弁はしみるなぁ。禎)

 

会いたくても会えない人

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訃報はいつも突然だ。サン・アド仲畑チームのプロデューサーだったMさんが亡くなったと、元仲畑チームのテッちゃんから電話があった。実は今年4月に亡くなったということを、奥様からの喪中葉書で知ったという。昨年7月、湯島の「はん亭」で仲畑チームの同窓会を催したとき、Mさんも来てくれて、お元気そうだったのだが。(Mさんの苗字はYさんなのだが、みんなからファーストネームの、Mさんと呼ばれていた)

サン・アドを卒業して、サン・アドでお世話になった人が亡くなられても、知らされなかったことがあった。その時、「◯◯さんが亡くなったそうだよ」と他人から聞くのは嫌だと思った。Mさんの顔が浮かんだ。もしMさんが亡くなった時、誰も知らせてくれなかったり、風の便りで知るなんて嫌だった。だから「サン・アドOB名簿」を作ることにした。サン・アドOBのメールアドレスを集めて、連絡網を作った。OBの人の個展の告知などに使えるが、多くは訃報の連絡だった。でもそれでいいと思った。第三者から聞くより、身内の連絡網で知った方がいいから。

Mさんはメールは使っていなかった。でも仮に、メールを使っていて、奥様からこのOB連絡網に連絡があったとしても、お葬式には行けるかもしれないが、Mさんにはもう会えない。人は遅かれ早かれ、会いたくても会えなくなる日が来る。生前にたくさん会ったから、亡くなって会えなくなっても寂しくない、なんてことはない。亡くなった後に、どれだけその人のことを思い出せるか。何回思い出せるか。それしかないんだなと思った。

そして今日は、11月29日。電通でお世話になったTさんの命日。思い出したい人、会いたくても会えない人が、いっぱいいるなぁ。
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中村組OBから

中村組OBからうれしいメッセージが届いた。その彼は2代目だから今から12年前だが、顔も名前も憶えていた。OBになってから無料掲示板をつくったり、今はフェイスブックにグループをつくったりして、つながっていたが、しばらく連絡がなかった。その彼からうれしいメッセージが届いた。

コピーライター養成講座のOBグループだから、コピーライターにならなかった人がきっと遠慮するだろうと思い、「コピーライターになることが目的じゃないよ」と言い続けてきた。でもやっぱり、賞を取ったとか、お祝い会をやろうとかいう話の中には入って行きにくかったんだと思う。彼は、高齢者福祉関係の仕事をしていたという。介護予防運動指導員の資格を取り、車椅子も押したことも無い状態からの、ど素人介護職だったそうだ。デイサービスで介護の仕事をする中で、介護技術はもちろん、死について生きることについて深く考えるようになったという。そして「納棺士」という職業があることを知る。

映画「おくりびと」で本木雅弘さんに納棺の技術指導をしたスタッフが居る「おくりびとアカデミー」という納棺士専門の学校のオープンキャンパスの門をたたく。学費は前職からの積み立てていたお金5年分を全てを使いきった。生活は厳しくなるが、ボクの書いた2014年4月8日のブログ「自腹という覚悟」(→養成講座に自腹で通う覚悟がある人こそ、吸収する力も強い、という話)を思い出して、覚悟を決めたそうだ。

その彼から久しぶりにメッセージが来て、フェイスブックでつながった。やはり彼も「キラキラ輝いて活躍しているみんなと比べた時に自分に自信が無かった」と思っていたらしい。ボクは「コピーライターになることが目的じゃないよ」と返信した。「素晴らしい挑戦をして、素晴らしい仕事をしているじゃないか。それが一番だよ」と言った。中村組OB会に即加入させた。OB会でぜひ仕事の話を聞かせてほしい。

コピーライター養成講座中村組は、コピーの話をするが、コピーライターになることがゴールじゃないと思っている。どんな職業だろうと、専業主婦だろうと、人として相手の気持ちを思い至ることが大事なのには変わりはない。「自分がされたらイヤなことを、人にしない。自分がされたらうれしいと思うことを、してみる」というボクの座右の銘が基本になっている。

彼は、12年前の授業の言葉を憶えていてくれた。「八百屋さんだって、美味しい野菜を売ろうとしてその言葉を考えたら十分コピーライターなんだ」という話。そして彼は、「納棺士には一見、言葉は必要なさそうだが、ご家族に対しての声かけが非常に重要になる。故人と家族との最後の言葉をつなげる役割があるから、究極のサービス業と感じている」という。「中村組で学んだ言葉に対する気持ちを忘れずに闘っていきます!」とも言ってくれた。

コピーライターになって賞を取ることだけがゴールじゃない。人として生きていく上で、相手を思い至る言葉が必要ないわけがない。そんなことのヒントになる話をしていくつもりだ。と同時に、いろんな職業に就く若者たちに、少なからず影響を与えることをしているんだなぁと実感し、より一層、心して取り組まねば、と気が引き締まった。福居基、ありがとう。約束通り、一生応援するよ。

鋼婚式 2016.11.22

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結婚式の時の牧師さんから、今年もハガキが届きました。
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2016年11月22日
結婚記念日(11年・鋼婚式)おめでとうございます。
記念日というのは、その出来事を思い出す日、もう一度その時の心に返る日、その心を元にして一歩前進しようとする日です。結婚式の時の相手への愛と、皆さんへの感謝と、ご自分の感激を思い起こして幸せな家庭にしていってください。神様の御恵みをお祈りします。
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そうですね、毎日が過ぎていく中で「記念日」があることで初心に返れる。「もう一度その時の心に返る日」なんですね。記念日が多い人生のほうが、楽しそう。