フランス98の記憶④最初の試合

フランス98_TLS左フランス98TLS右

スタジアムは陸上トラックのない、サッカー専用の競技場。3万人ほどの小さなスタジアムだったが、そのぶんピッチが近い。すぐそこに川口能活がいる。名波浩がいる。客席を見渡すとけっこう日本のブルーを着た人が多い。ほんとにチケット騒動があったのか?というくらい日本人は多かった。

ウォーミングアップの選手たちが下がり、応援の声が止んで、スタジアムが一瞬静まり返る。FIFAのアンセムとともに日本代表とアルゼンチン代表、選手の入場です。再びスタジアムが爆発する。選手入場ってだけで早くも泣きそうになる。そして全員起立。国歌「君が代」が流れるともうアウト。胸に手を当てて、泣きながら歌っていた。(それ以来、日本代表の試合はテレビ中継でも「君が代」でうるっとくる体質になってしまった)

FR98アルゼンチン先発

川口・井原・秋田・中西・名良橋・相馬・名波・中田・城・中山。バティストゥータ・オルテガ・ベロン・クラウディオロペス、シメオネ・・・。目の前で日本代表が初めてのワールドカップを闘っている。名波のクリアボールの跳ね返りが運悪くバティストゥータの前へ転がり、能活と1対1になったが、初出場の日本をあざ笑うかのように浮かせたシュートで、アルゼンチン先制。チカラを落とす日本サポーター。意外に思ったのは、初出場で明らかに格下の日本相手に1点取ったくらいで、アルゼンチンの選手たちはメチャメチャよろこんでいた。格下相手に当然だというカンジになるのかと思ったら、違っていた。それほどワールドカップの1点は重いんだということなんだ。(W杯初戦の勝ち点3がどれほど重要かを日本はまだ知らなかった)結果は0対1の敗戦。正直なところ、「初めてのW杯でしかも強豪アルゼンチン相手なんだから、大量失点で負けなくてよかった」的な気持ちがあった。日本サポーターにもそれがあったんじゃないかと思う。チケット騒動もあり、試合後は「W杯を観れた」という満足感のほうが大きかったんだと思う。みんなニコニコしていたから。(これは2戦目のクロアチア戦で変化を見せることになる)

FR98アルゼンチン

スタジアムの外でアルゼンチンサポーターと健闘を称え合う。一緒に記念写真を撮ったり。ワールドカップは対戦相手の国の人と交流することも愉しみのひとつだと思う。「ア〜ルヘ〜ンティナ! ア〜ルヘ〜ンティナ!」そういうふうに発音するんだ、ということも学んだ。

フランス98アルゼンチン

日本サポーターでおそらく一人だけだったんじゃないかと思うほどレアな能活のレプリカユニで臨んだ相棒佐倉くん。試合後、アルゼンチンサポーターとユニフォームを交換していた。バスに戻って冷静になって、「タダシさん、このアルゼンチンユニ、ペラペラのパチモンですわ。しかもワキガ臭いし。オレの能活はKAMOで番号とか全部入れて高かったんだけどなぁw」と笑っていた。もったいないけど、そのアルゼンチンの兄ちゃんはその能活ユニをアルゼンチンに帰って自慢するだろう、と思えば、それも友好かな、と。(ボクは「次のクロアチア戦にも着て行くし、ゴメンね」と断ったけどね)


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