岩崎さんの言葉

岩崎さんの言葉ご家族からの挨拶状にあった「岩崎俊一よりひと言」というお手紙にあった、岩崎さんのことば。

岩崎俊一さんのお通夜、告別式に参列してきました。宗教色のない、お坊さんの読経も、線香もお焼香もない、お別れの会でした。喪主の奥さまによると、湿っぽいことが大嫌いだった岩崎さんはこんなお葬式にしたいんじゃないかと、家族みんなで考えたお別れの会だということでした。岩崎さん愛用の原稿用紙と2Bのエンピツが置かれていました。「よかったらそこにメッセージを書いてください。岩崎もよろこぶと思いますので」奥さまの素晴らしいアイデア。岩崎さんが好きだっただろうジャズなどの曲が流れ、スライドショーで岩崎さんが書いた数々の名コピーが紹介されていました。白バックに岩崎さんの好きだった書体で組まれたコピー。既知のもの、初めて見たもの、そのすべてが岩崎さんの声で聞こえてきました。そのコピーはどれも岩崎さん自身の中からにじみ出て来たものです。こねくり回して作ったコピーではなく、岩崎さんの中にあった言葉を取り出した、そんな言葉に見えました。

サン・アドのコピーライターで、次女の岩崎亜矢さんの挨拶がありました。偉大なお父さんと同じ職業を選んだ亜矢ちゃん。ちっともコピーが書けなくてお父さんに一度だけ相談したことがあったそうです。「どうやったらコピーが書けるか、全然わからない」すると、お父さんは真剣な顔でこう言ったそうです。『考えるんだよ。頭から血が出るくらい考えるんだよ。それしかないんだよ』と。ボクはハッとしました。自分はそうやって書いていただろうか、と。岩崎俊一さんのコピーはどれも名作です。いいこと言うなぁ、うまいこと言うなぁ、といつも感心させられていました。そして、その完成度とスマートさから、『頭から血が出るくらい考えて書いていた』ということに気付きませんでした。岩崎さんは自分の身を削ってコピーを書いていたのかもしれません。

喪主である奥さまの言葉にも、心に残るものがありました。岩崎さんはよく言っていたそうです。『書くってこと、言葉っていうのはね、それを聞いてくれる人のためにあるんだよ。文章っていうのはね、それを読んでくれる人のためにあるんだよ』と。言葉や文章というのは、それを書いた人のものじゃなく、それを伝えたい相手のものなんだ、と。言いたいことがある、それを伝えたい相手、読んでほしい相手を想う、そしてその人のために、書く。

岩崎さんが2Bのエンピツを手にして、何かを考えている姿が目に浮かびます。頭から血が出るほど考えて、美しいあの一行を書いていたのです。岩崎さんのコピーに接して、ボクはもう一度コピーを勉強しようと思いました。

岩崎さん、ボクは岩崎さんと同じコピーライターという職業であることを誇りに思います。

コピーライター中村禎


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