プロとしての準備

長野パルセイロ

あるスポーツニュース番組の特集を見た。元日本代表のサッカー解説者、都並敏史氏が、J3・AC長野パルセイロに所属する息子のもとを訪れた様子だった。都並優太選手は24歳。U16日本代表に選ばれた経験を持つものの、今シーズンは監督が変わり、出番なし。引退平均年齢25歳と言われるサッカー選手、崖っぷちだ。レギュラーポジションを取るための練習や、監督へのアピール、体調管理、メンタルの管理など、全て自己責任でやらなければいけない。チームからいつ解雇されるかわからない不安。今シーズンは良くても来年はわからないスポーツ選手の厳しい現実。親が元日本代表だからといってレギュラーポジションが保証されるような甘い世界ではない。親の七光りだけでコネ入社が許される一般企業とはわけが違う。

フリーエージェント・コピーライターを生業とする自分の姿と重なって見えた。年齢も環境も違うけど、「今シーズンは良くても来年はわからない」という点はサッカー選手と同じだ。身が引き締まる思いがした。

インテルミラノで出番を失っていた長友佑都選手は、監督にアピールするべく常に120%で練習にのぞみ、徹底した食事管理と体幹トレーニングで90分闘える身体を作っている。Jリーグ最年長で挑み続ける三浦知良選手は、毎年シーズン前にハードな自主トレ合宿で身体を作っている。選手としての心と身体の準備。プロフェッショナルとして見習うべき点がたくさんある。甘えてんじゃねぇぞ、中村禎。

ようこそ、反面先生!

IMG_2849写真はイメージです。青空の写真を載せたかったから。ここは行きつけの寺、秋篠寺。静寂の場所、心穏やかになる場所です。

腹が立った時って、どうしています? 嫌な思いをさせられた時、一刻でも早く忘れたいのに、頭にきているものだから、余計に頭から離れない。そんなときボクは、親分(仲畑さん)のコピーを思い出すようにしています。『世の中、バカが多くて疲れません?』(エーザイ・チョコラBB)桃井かおりさんのナレーションの声を思い出すのです。これ、意外といい。みなさんもぜひお試しください。そして最近、新しい手を発見しました。名付けて「ようこそ、反面先生!作戦」です。

駅で、電車の中で、公共の場所で、レストランで、会社で。いろんな場所でいろんな人と出くわします。傘の先を後ろに振りながら歩く反面先生、そのまま振りながら駅の階段を駆け上がっていく反面先生、電車の中で足を組んで靴が人に当たりそうな反面先生、お店で偉そうな口調で説教している反面先生、ただただ不機嫌そうな顔をした年配の反面先生、並んでいる列に割り込んでくる外国反面先生、客商売なのに客に非常識な態度をとる店員反面先生・・・。

昔、東横線に乗っていて、渋谷駅(当時は渋谷が終点でした)に着いたとき、飲み終えた缶コーヒーの空き缶を床に置いたまま降りようとしていた高校生らしき若モンに「忘れモンだよ」と言ったことがあります。あのときは、言おうか言うまいか迷って、脈拍もバクバクしてきてとても疲れました。最近なら逆ギレされて刺されたりすることもあるかもしれません。今度そういう場面に遭遇したらどうしましょう。怖い顔じゃなくて、ニコニコしながら「忘れモンだよ」って言おうかな・・・。

世の中にはいろんな人がいます。「なんだコイツ?!」と思う人に出くわします。でも、その都度ムカつくのではなく、「あは、反面先生だw! 可哀想にw」と思うことにしました。大事なのは「あは」と「w」です。心の中で笑うことで「余裕」を生み出します。毎回ムカついていると、疲れるのです。「あは、反面先生だw! 可哀想にw」と思うことで、「怒る」という無駄なエネルギーを使わなくて済むようになりました。そして「ボクはあんな反面先生みたいなことはしないように気をつけよう。いいこと教わった。ラッキーw」とつぶやいて、そのことは記憶から消します。

もちろん、自分や身内に直接的な被害を受けた場合は、当然直接言います。その場合も、できる限りゆっくり、冷静に、声を荒げずに、「それは違うだろ?」と伝えます。理想は、竹中直人さんの昔のギャグ『笑いながら怒る人』なんですけどね。

スリランカ初期仏教長老、アルボムッレ・スマナサーラさんの本、「怒らないこと」のメモを読み返して、この方法を開発しました。

怒らないこと vol.1
怒らないこと vol.2

ローリングスタート

SENA-PINS
モータースポーツのレースには二つのスタート方式があります。F1のように予選順位のグリッドから一斉にスタートするスタンディングスタート。そしてもう一つは、インディカーレースのように、ペースカーに先導されて1ラップした後にホームストレート上に静止することなく、そのまま加速して走りながらスタートするローリングスタート

2016年4月1日、新・中村禎はローリングスタートします。走りながらスタートです。独立を決意した日からすでにエンジンに火は入っています。アイドリングしています。ブウォーンブウォーンと吹かしたりしています。なにぶん古いエンジンですので十分な暖機運転が必要です。タイヤも温めないといけません。フォーメーションラップを終えて、ペースカーが離れると、スロットル全開です。

とはいえ、長いレースになるので、マイペースでニコニコ走ります。目的は1位になることではなく、『あー面白かった』っていえるレースをしたいのです。新コピーライターを目指します。これからもよろしくお願い申し上げます。

最後の辞令

最後の辞令
独立する、という意志を最初に伝えたのは、妻にだった。そして二人の親分、仲畑貴志さんと大島征夫さんに伝えた。それから電通でお世話になった人たち、出会った順番に思い出しながら、一人ずつにメールを送った。「中村禎が辞めるらしいね」ということを、人伝てで聞くのはいい気分じゃないだろうな、という人へ直接伝えたかった。

そしてその、心打たれる返信を300通以上いただいて、ふと、「社長に挨拶なしでいいのか?」という思いがよぎった。社長や役員の人たちにも、何人かお世話になったかたがいらっしゃる。メールでは失礼だろうか。いや、心のこもっていない印刷された手紙の方が失礼だろう。メールだろうと手紙だろうと、大事なのは中身だ。そう思って、一人一人に送った。

石井直社長が営業部長だった頃、ご一緒させていただいたことがある。憶えていらっしゃるかはわからなかったが、その頃の話を添えて書いた。『メールなんて失礼な! 君はクビだ!』とはならないだろう。だって早期退職なんだから。メールを送った。

石井社長から返信が来た。うれしかった。

電通に途中入社した頃は「電通の人はみんな偉そうだ」と思っていた。「中村くん、電通っぽいね」なんてゼッタイ言われないようにしようと心に決めた。電通の人がよく言う「お得意」という言葉はゼッタイ使わないと決めた。だって、お得意様というのはサザエさんと三河屋さんのような信頼関係をいうのだから、競合プレゼンをさせるクライアントをお得意様と呼ぶのはオカシイと思ったから。だからずっと「クライアント」と呼んでいた。

28年近くお世話になった。「電通の人はみんな偉そうだ」は撤回する。「偉そうなのは、ごく一部だ」だ。社長にメールをしたら、返事が来た。こんな大人数の大企業の社長が返信をくれるなんて。感激した。やっぱり電通という会社は「人」を大事に思ってくれる会社なんだとつくづく思った。それとも、社長の名前がボクと同じ「タダシ」だからかな。

電通のみなさん、お世話になりました。電通人であったことを誇りに、明日から「コピーライター中村禎」として生きてゆきます。ほんとうにありがとうございました。

サン・アドに入れた本当の理由

サン・アド書類2

『経験3年以上』という決まり文句のあった入社試験。
「なんで未経験の僕が入れたんですか?」
入社後しばらくして、時期を見計らって社長の坂根さんに聞いてみた。

「経験者は2人決まっていたんだ。中村クンはおまけだったんだよ。
仲畑クンが『こいつも入れときましょうよ』って言うもんだから、
おまけの3人目ね」

と言われた。なんでおまけになれたのか、仲畑さんに聞いてみた。
『中村の作文が良かったのよ』
と仲畑さん。

作文のテーマは『サン・アドに入って私のやりたいこと』だった。
僕は何を書いたか今でもはっきり覚えている。
当時僕は23才。トンプソンの新入社員の営業で、
夜、コピーライター養成講座の専門コースに通っていた。
その講師である岡田耕さんのことを書いた。

岡田さんは電通の部長クリエーティブディレクターで
隣りの席に山川浩二さんという岡田さんのライバルでもある
部長クリエーティブディレクターがいた。
山川さんも養成講座の講師だった。
そしていつも
「うちのクラスからは糸井(重里)クンが出たんだよね。
岡田くんも講師やってるんだって?」
と岡田さんに自慢してきて、
岡田さんはそれがイヤでイヤでたまらなかったと聞いたことがあった。

僕は書いた。
「糸井さんみたいになる、とはおこがましくて言いませんが、
 サン・アドには中村禎というなかなかいい
 新人コピーライターがいるらしいね、くらいになって、
 岡田さんに肩身の狭い思いをさせないようにしたい」

それはハッキリ覚えている。だって、ほんとにそう思っていたんだから。
仲畑さんはその作文を読んで、
こいつを取ろうと社長に進言してくれたという。
文章が上手なのではない。
書いた中身が仲畑さんの心に引っかかったのだと思う。
稚拙な文章でも本当の本気で書いた言葉にはチカラがあるんだと思った。

2001年の春、僕がKDDIの仕事で
TCC最高賞を獲ったことは知らないまま、
岡田耕さんはお亡くなりになってしまったけれど、
中村禎という岡田クラスの生徒が、
サン・アドで最高新人賞を獲ったことは報告できた。

そして今年、
そのサン・アドでコピーライターになってから30周年となった。
当時の養成講座岡田クラスの生徒だった中村禎が、
現在の養成講座中村クラスの教え子たちから祝ってもらえたことを
岡田さんに追加で報告したいと思った。(2011年8月)

リンク元:サン・アドに内定

さよなら電通 ありがとう電通

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こんなメールをまず電通でお世話になった人たちへ送りました。
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さよなら電通 ありがとう電通

ご報告

前略 ●●●●さま

私、中村禎は、電通を去る決心をしました。
3月末日付けで早期退職いたします。

定年まであと1年半ほどありますが、
受け身で退社するのではなく、
自分の意志で、助走をつけて独立しようと考えたからです。

「電通」の看板を下ろし、「中村禎」の看板で生きていきます。
このまま会社にいても、ただ甘えただけの自分からは
脱皮できないと思い至りました。

電通から引き継ぐ仕事はなく、まっさらな状態です。
また何かお手伝いできることがあれば喜んで飛んで行きます。
初心に戻って仕事に取り組みたいと思います。

メールでごあいさつするのは失礼かとは思いましたが
『新しいケータイ番号』や、『新しいメールアドレス』があるので
メールのほうがコピペしやすくていいかなと。
アドレス帳などの変更していただけるとうれしいです。

いろいろお世話になりました。心からありがとうございました。
でも、これでお別れではなく、
これからのほうが、もっともっとお世話になりたいと思っています。 

不安だらけの独立ですが、「できるか、できないか」ではなく
「やるのか、やらないのか」なんだと考えるようになって
吹っ切れました。やるしかないんですよね、もうこうなったら。

高品質、低姿勢、安心価格でご奉仕する、
日本一正直なコピーライターとして。

コピーライター/クリエーティブ・ディレクター 中村 禎
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退職のメールはいままで何度かいただくことがありました。その時、ちょっと淋しく思うことがありました。それは、「今日で辞めます」という日に、会社のアドレスから一斉メールで送られてくることでした。そのメールアドレスはもう翌日からは使えないじゃないの。返信ができないじゃないの。

それとやはり、デジタルの冷たさを感じていました。印刷された文字だけの年賀状より、なんかひと言手書きの文字がある年賀状のほうが好きなボクとしては、一斉メールに人肌を感じなかった。だから、本来なら手書きの文字のお手紙を皆様へ、がいいのでしょうが、今回の自分の場合は、「新しいケータイ番号」や「新しいメールアドレス」を知らせたいので、それをコピペしやすいように、メールの方がいいと思ったのです。それを、一人ずつに出す。その人との思い出を一言添えて出す。そうすることで、「その人に送った」ことが自分の記憶に残るからです。途中入社で電通に入って、お会いした順番に思い出してメールを送りました。

で、今回。驚いたことがありました。デジタルだろうが、手書きのアナログだろうが、そんなことはどーでもいいんだということ。大事なのは、その人とその人が対話をすることなんだと気づかされたのです。よく「メールで失礼いたします」とありますが、そんなことはないんです。ちゃんと対話ができれば、デジタルだろうがアナログだろうが、そんなことは関係ないのです。

それを思い知ったのは、みんなからの心温まる「返信」でした。長文もあれば、とにかくびっくりした!という声があったり、何と返信していいか悩んで悩んで時間が経ってからの返信があったり。うれしくて泣きそうになりました。(実はその返信のテキストデータをコピペして.docxで保存して、名前の部分をブルーにして大きくしてプリントアウトしちゃいました。325人が返信をくれて、A4で厚さ1cm以上になりました。それくらいのプリントアウトは許してもらえますよね、電通さん!)

デジタルは冷たい、アナログは温かい、という先入観は捨てました。デジタルだろうとアナログだろうと、それは単なる道具の話で、大事なのはその「中身」なんだと気づかされました。

これからはフリーエージェントとして生きていきます。まだまだ気づかないことがいっぱいだと思います。でも1日1日成長できるよう、怠けないで生きていこうと思います。

 

 

合格証書

 

FP3合格証
ほとんどの人が合格するといわれている3級ファイナンシャル・プランニングの技能検定。1月に青山学院大学で受験してきました。自分で答え合わせして点数はわかっていたのですが、やはりこうして正式に『技能検定合格証書』をいただくと、正直うれしいです。夜の講座に通って、自習室で問題集をやり、試験時間に合わせて過去問題を制限時間で解いてみる。そんな受験生をやってみました。資格が欲しいのではなく、自分のためのファイナンシャルプランナーができるように基礎知識だけは身につけておこうと思ったのがきっかけでした。学校の自習室で、もっと難しい試験のための勉強をしている若者たちを見て、「日本もまだまだ捨てたもんじゃないな」と感じました。さて、2級はどーするかっちゅう話です。

錫婚式2015.11.22

錫婚式20152015年11月22日は結婚記念日です。今年も結婚式のときの牧師さんから手書きのハガキが届きました。10年目は錫(すず)婚式だそうです。だんだん堅いものになっていきます。
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2015年11月22日 
結婚記念日(錫婚式・10年)おめでとうございます
幸(さち)は狩猟時代に獲物が充分確保できたこと。幸(さいわい)は栄えるプラス賑わいで収穫がたくさんあること。幸(しあわせ)は仕合わせで、仕え合うこと。いずれも心の底からの喜びを表わしています。「この人と共に生きる喜び」を噛みしめて。次の10年も『幸』であってください。
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とありがたい言葉をいただきました。
しかし、色鉛筆で塗り絵をされたハガキにシールが貼ってあって、やはりご病気がちだそうで。結婚を取り持ったご夫婦のお子さんの誕生日にもハガキを出されていたようです。1年に1度のこのハガキに、ボクたちは毎年励まされています。「言葉」と、ハガキを出してくれるという「行動」が、心に沁みます。