新しい日本を見せよう。


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新しい日本を見せよう。

2014年  KIRIN 
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このコピーは(残念ながら)2014年の元旦の新聞広告、ではなく、昨年暮れに日本サッカー協会で行われた「サッカー日本代表2014年活動計画発表記者会見」で公式に発表されたKIRINからのメッセージです。この言葉は、すべてのカテゴリーのサッカー日本代表チームに向けた言葉であり、代表を応援する私たちサポーターへ向けた言葉でもあり、代表を支援するKIRINという企業に向けた言葉として書きました。

このプレゼンは、とても気持ちのいいものでした。このコピーを気に入っていただけたのはもちろんうれしいのですが、このコピーに至るまでの気持ちを書いた文章に同意いただき、社長にもとても気に入っていただけた。それがうれしかった。以下、そのときの文章です。

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2014年はサッカー日本代表が新しい世界へ挑戦する年です。
今までで一番強い日本代表を見せる時が来ました。
そこで、日本代表を支援する
オフィシャルスポンサーKIRINグループは、
新しいサッカーコミュニケーションのために、
ひとつの言葉を掲げます。

「新しい日本を見せよう」

新しい日本の「サッカー」を見せよう。
新しい日本の「フェアプレー」を見せよう。
新しい日本の「声援」を見せよう。
新しい日本の「心意気」を見せよう。
そして、私たち社員一同も、
新しいKIRINを見せよう、という覚悟です。

なぜKIRINは、サッカー日本代表をサポートしているのか。
サッカー日本代表を販売促進に利用するためか? 答えはNOです。

私たちKIRINはただ飲料をつくるだけの企業ではなく、
人々に歓びの場を提供する企業でありたい。
そこにKIRINの価値があると考えています。
KIRINは、サッカー日本代表を支援することで
多くの人と歓びを共有できる場をつくりたいのです。

サッカーで日本を元気にしたい。
そのために私たちKIRINグループは、
全国の日本代表ファンとともに、サッカー日本代表を支援します。

KIRIN LOVES SOCCER 2014

日本代表チームのみなさん全員と、 私たち日本代表サポーター、
全員の合い言葉は 「新しい日本を見せよう」です。
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昨年からサッカー日本代表を応援するサポーターたちの集いに、何回か参加しています。ブラジルへ行くための集会も。その後に懇親会などがあるのですが、そのときの飲み物がKIRINじゃないんですよ。みんなサッカー日本代表が大好きで集まっているのに、そのサッカー日本代表がまだ人気のなかった時代からサポートしているのがKIRINなのに・・・。KIRINはボクらと同じ(ボクらより先輩の)代表サポーターなのに・・・。そこで飲むビールは当然KIRINでしょ、とボクは思うのですが、みんなは全然気にしてないみたい。それが現実なのかなぁ。

しかしボクは個人的にもそこをなんとかしたいと思っています。ふだんはスーパードライ派でもいい、プレモル派でもいい。だけどブルーのユニフォームを着た時はKIRINだよな、と思ってほしい。そのために広告をガンガン打つというのではなく、なんか「行動」で「自然と」そういう流れにならないものかと思案しています。

サントリーの社員の人がサッカー日本代表を応援するときだけはKIRINを飲むことにしている。そんな人がいたら・・・ボクはステキだなと思うんですよね。

関連記事 後藤健生氏の予言

おいしさを笑顔に

おいしさを笑顔に

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おいしさを笑顔に

2007年〜2013年  KIRIN
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澁江俊一くん、堤恵理さん、中村直史(ナカムラタダシ)くんと中村禎(なかむらただし)。企業スローガンのプレゼンですからたくさんの案が求められるだろう、ということで複数コピーライターで臨みました。2003年から2006年にかけて使っていた「うれしいを、つぎつぎと。KIRIN」というスローガンの次にくるもの。

企業スローガンはムズカシイです。案はいくらでも出せるのですが、どう決めるか、何で決めるか、どう覚悟を決めるかに時間がかかります。やがてヘトヘトになります。今回は4人のコピーライターで案を出し合い、みんなで選びながら絞って行きました。たぶん何回もプレゼンしたと思います。もうこのへんで決めてくれないと、もうモチベーションがもたない、という最終プレゼン。ボクは中村家に代々伝わる大きな風呂敷に、いままで書いた全部のコピーを包んで持って行きました。高さ6、70cmはあったでしょうか。クライアントとも何度も話し合って、最終的に3案に絞って持って行く。クライアントは「もっと他にありませんか?」と言うかもしれない。そうしたら、この風呂敷包みを置いて帰ろうと思っていました。クライアントは納得してくれました。「わかりました。この3案から決めます」

企業スローガンは自分の服を選ぶようなものです。自分が着る服を選ぶことに似ています。私はこういう人間です、という自己紹介であり自己表現でもある。だからクライアントも「私はこんな服は着ない」とか「私はこんな服はあまり好きじゃない」と言います。

ちょうどこの仕事をしているとき、自分の服を買う時に妻に言われたことがありました。ボクは「こんな服は着ない」とか「こんな服はあまり好きじゃない」と言うと、妻は「自分が好きな服と似合う服って違うこともあるんだよ」と言うのです。(そうかもなぁ・・・)同じように「自分の好きな色が必ずしも自分に似合う色とは限らないよ」とも言われました。(確かに一理あるな・・・)

企業スローガンも一緒なんじゃないか。その企業の内側から見たその企業らしさと、周りから見たその企業らしさ。自分では似合わないと思っていた言葉も実は周りからみたら似合う言葉だったりしますよ、とプレゼンした記憶があります。たしか、「笑顔」とか「スマイル」といった言葉が照れくさい、KIRINらしくないんじゃないか?と心配されていたようでした。(その当時)

KIRINというロゴを見るとしあわせになる、KIRINのロゴの周りには笑顔がある、そうあって欲しいと思った。だから、「おいしさを笑顔に」を提案しました。2007年から7年もの間使っていただいたコピー。この写真のように社員の名刺にも印刷されました。その「おいしさを笑顔に」というスローガンも2013年12月31日を持って、その役目を終えました。今年の広告からはとくに企業スローガンはありません。気づいてました?

追伸:KIRINのロゴの上にこのスローガンがなくなっても、KIRINを見たお客さんに「笑顔」が思い浮かべば、7年間のこのスローガンにも意味があったということですかね。

名前の天才⑤俺の考え

俺の考え

名前の天才 05

「俺の考え」

本のタイトルです。本田宗一郎さんが「放言暴言」というテーマで寄稿したものをまとめた本。初めは、なんとまあ乱暴なタイトルをつけたものだなぁと思ったのですが、前書きを読むと、ご本人の意思ではないらしい。編集者に乗せられ、その気になって「ま、いっか」と思ったそうです。本田さんの肉声で率直に仕事のエッセンスを語るエッセイは、とても痛快で、読んでいるこっちが元気になる文章でした。本田宗一郎という名前と、タキシード姿の表紙の挿し絵、そしてその奔放な内容を読むと、「俺の考え」という題名に、ちっとも偉そうな素振りはなく「だって、そう思うんだもん」という姿勢が見えてきて、実に気持ちのいい題名だなと思えてきます。天才の「ま、いっか」は、さすがのものですね。(コピーライター)

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昔、毎日新聞に「名前の天才」という小さなコラムを書かせていただいていました。その当時の原稿がでてきたので、これも「書いたコピー」として記録に残しておこうと思います。前書きにはたしかに本田宗一郎さんも「エラそうなタイトルだからどうなんだろう」と思っていたそうですが、編集者に押し切られた、と書いてあった。たしかに、このタイトルのほうが売れそうだし、手に取りそう。やはり、自分で自分の名前をつけるより、客観的な第三者の視点も大事なんだなぁ。

関連:本田宗一郎さんのビル

名前の天才④都忘れ

image

名前の天才 04

「都忘れ」

通勤途中の道端の、緑が鮮やかに見える季節になってきました。相変わらず名前を覚えきれない僕なんですが、憶えている花の名前があるんです。紫色の小さな花を咲かせる野菊「都忘れ」です。 昔、順徳上皇という貴族が佐渡に流されていたとき、草でぼうぼうになった庭に一茎の野菊が紫色に咲いているのを見つけ、「紫といえば京の都を代表する美しい色。今日からはこの花によって都のことを忘れることができる」と言ったのに由来するそうです。 ほんとに忘れる気があるのなら「都」なんて字は使わなきゃいいじゃん、と(意地悪く)思うので、側近が付けた名前かも。ちいさなちいさな、紫色の野春菊の名前に、日本人の切ない気持ちが込められている。忘れられない名前になっちゃいました。 (コピーライター)
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毎日新聞に「名前の天才」という小さなコラムを書かせていただいていました。その当時の原稿がでてきたので、これも「書いたコピー」として記録に残しておこうと思います。これは新緑の5月頃の掲載だったかと思います。

名前の天才③ポリ100

バカポリ富津

名前の天才03

「ポリ100」 

読み方は「ポリヒャク」です。これ、友人の草サッカーチームの名前なんですね。F.C.ポリ100。ヘンな名前でしょ。 サッカーのユニフォームは、たいていポリエステル100%なんです。どうやらそこからきているらしい。強いんだか弱いんだかわからいところが、妙に不気味なカンジを漂わせています。 「ポリ100」の「100」がいいんです、男らしくて。なんか「完璧!」って言っているカンジで。それに「ポリ」という、頼りなさげでユーモラスな音感が、うまくミックスされていて、かなりのセンスだと思います。 ユニフォームもユーゴ代表や、スウェーデン代表で揃えている。並のセンスでは、とうてい思いつかない渋いチョイス。う〜む、恐るべし「ポリ100」です。 (コピーライター)

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ポリ100のスローガンは「健康のためなら死んでもいい」です。背中にスポンサー名のように「面白い恋人」と入れたのも、たしか吉本興業より先だったと思います。たしかにぶっ飛んでます。しかしプレーは紳士です。負けるとメチャメチャ口惜しい、勝つとメチャメチャうれしい。そんな相手なんだけど、試合後はいつも笑顔になれるチームです。

名前の天才②しりあがり寿

shiriagari

名前の天才 02

「しりあがり寿」

「しりあがり寿」というおチャメな名前。売れっ子漫画家のペンネームなんですが、初めて目にしたとき、なんとも心地よい衝撃を受けたことを覚えています。奇をてらった様子もなく、淡々としたユーモラスな人柄ってカンジ。

「しりあがり」と聞くと僕は、子供の頃の鉄棒の技を思い出すのですが、企画意図は「なんだか上り調子なカンジがいいと思って」だそうです。(彼は昔、某企業の宣伝部にいて、一緒に仕事をしたことがあるんです)そこに「寿」という、本名にもある一文字を入れ、さりげなく本人のキャラクターをほぼ完璧に表現しています。 

 自分で自分の名前を付けるって、実に頃合いが難しい。自己満足で終わりそうで怖いですしね。僕は「ペンネームのいらない職業」でホント助かったな、と思います。(コピーライター)

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最初にこの名前を目にしたのはたしか「ホットドッグプレス」だったと思います。小さな挿絵とこの名前。その時はまさかクライアントとコピーライターとしてお仕事する人だとは思いもしませんでした。Mさんはビールの仕事の海外ロケに行ったとき、当時まだ戦争中の携帯電話のようなデカイ電話機で、スーツ姿で片膝付いた姿勢で、日本と電話していました。その写真があるのです。その電話は会社ではなく雑誌社との電話だったらしく、締切のことで話していたようです。

毎日新聞に「名前の天才」という小さなコラムを書かせていただいていました。その当時の原稿がでてきたので、これも「書いたコピー」として記録に残しておこうと思います。

名前の天才①ニューライン

もう10年以上前になるでしょうか。毎日新聞に「名前の天才」という小さなコラムを書かせていただいていました。その当時の原稿がでてきたので、これも「書いたコピー」として記録に残しておこうと思います。

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newline

名前の天才 01

「ニューライン」

 ここ十何年ほど通っている理髪店がありまして。短髪ならココ!と何人にも紹介している、腕前の確かなお店、理容「ニューライン」。限りなく普通っぽくて、どことなく頑固な職人芸を匂わせつつ、決しておしゃれすぎずちゃらちゃらもせず、かつ男らしくもある。絶妙なポジションだと思います。短く刈り込んだ頭がゴルフ場のグリーンの起伏のような美しいラインを出している、あのカンジ。 コピーライターがネーミングを考えるとき、英語の辞書などをひっぱり出して、言葉や理屈をこねくり回してしまいがち。しかしこの「ニューライン」という名前には「えいやっ!」と大将が決めた潔さのようなものを感じます。短くしたアタマをなでながら、店を出て、ああニューラインだぁと思う瞬間も、気に入っています。(コピーライター)

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newline&me 最後の日。オヤジさんとボク

もうこの「ニューライン」は閉店してしまいました。オヤジさんが高齢で「もうしんどいわ」と多くの常連客におしまれつつ閉店してしまいました。ボクはここに20年以上通っていましたかね。ニューラインに通っていた「短髪系オヤジ」たちは、床屋難民になってしまったのでした。

名前の天才①ニューライン
名前の天才②しりあがり寿
名前の天才③ポリ100
名前の天才④都忘れ
名前の天才⑤俺の考え
名前の天才⑥瓶覗
名前の天才⑦やや重

…親のほうこそ金かかる。

au-gakusei

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学生さんは金かかる。
親のほうこそ金かかる。

ガク割は、オヤ割でもある。
2000年  au by  KDDI
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「学生さんは金がない」というコピーを最初に書いていました。中学入学から大学卒業まで「半額」という思い切ったauだけのサービスです。こりゃauにしない理由はないだろう、知らせるだけでOKだろうと思っていた。そんなある日、東横線の電車の中。中学生みたいな男子生徒が数人乗っていた。ゲームをしたりケータイをいじったりしている。ボクはよくやるのですが、「観察」しながら、その人たちと頭の中で「対話」してみるのです。ターゲットからヒントをもらうために。

「ねえ、学生さん?そのケータイ、ドコモの?」
「そうだよ」
「なんでauにしないの?」
「デザインがダサイじゃん」
(たしかに当時はドコモのほうがデザインいいものが多かった)
「でもさ、こんど学生半額ってサービス始まるんだけど、どうよ?
中学から大学卒業まで半額なんだよ?」
「半額?安っ!でも半分しかつながらなかったりして。アハハ。」
「そんなこたぁないよ。半額だからauに変えたほうがよくない?」
「でもウチは親もドコモだから」
「僕も電話代は親が払ってるし」
「!」

そうか!学割半額といっても学生向けに広告するだけじゃなく、お金を払っている親に向けた広告も必要なんだ!と実物の中学生を見ていて気づいたわけです。調べてみると、高校生は7割以上、大学生でも5割以上は親の援助に頼っていることがわかりました。そこで「親のほうこそ金かかる」とauは親の財布の味方でもある、と新聞15dを打ったのでした。

一人勝ちをだまって…

auひとり勝ち合併1ヶ月後 auの新聞15dです

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一人勝ちをだまって
見てるわけにはいかない。

オモシロイほうのケータイ!

2000年  au by  KDDI
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auのスタートです。当時のケータイはドコモの独壇場でした。というより、auのケータイが正直ダサかった。デザインがダサダサで、ボクらも「これは欲しくない」と思っていました。スタッフに支給されたauケータイは営業の人間以外はほとんど使っていなかったくらい。これでドコモと闘うために、佐々木隊長はクライアントに厳しい注文を出しました。まず、全国にあるショップの看板をオレンジ色のこのロゴで揃えること。当時は赤い看板で、ドコモと一緒じゃん、でした。とにかくいろんな機種のある携帯電話。auはどーする?となったとき、「オモシロイほうのケータイ!」という方向を打ち出すことにしました。ドコモがどっちの方向を向いてるかは関係なく、ウチらはこっちに行きますという宣言です。携帯電話を「ケータイ」と広告で表記したのも初めてだと思います。(ユーザーはすでに使っていたかもしれませんが)最後につけた「!」がいいと思っています。千代の富士が引退の時「・・・体力の限界!・・・」と歯を噛みしめたときのあのカンジです。「こっちを目指します!」という気持ちと、「こっちのほうが楽しいよ」という思いを込めた「!」でした。

それとさりげなく、「学割半額」も始まっていますね。「学生さんは金がない」というコピーもちゃっかり入っています。

「一人勝ちをだまって見てるわけにはいかない。」というコピーは、鼻息荒く言うのではなく、クールにのんびり静かに言うカンジにしたかった。だから「黙って」を漢字にしなかったんじゃなかったかと思います。あの時の気分で「黙る」を漢字にすると、ムキになっているように思えたんじゃないかな。たぶん。

「一人勝ちをだまって見てるわけにはいかない。」・・・(平静)

「一人勝ちを黙って見てるわけにはいかない。」・・・(ムキ!)

ま、これはボクの個人的な感覚ですから、どっちが正しいとかではありません。

日本はまだケガをしたまま。

日本はまだケガをしたまま
2005年1月31日 日経新聞夕刊

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日本はまだ、ケガをしたまま。

2005年  三宅島災害・東京ボランティア支援センター
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三宅島の全島避難指示が出されてから約4年半。
明日2月1日、ようやく島へ戻ることができるようになります。
依然として一部地域では火山性ガスの影響があり
まだ安全が確保された状況ではありませんが
ご支援いただいたみなさまへ
謹んでご報告をさせていただきます。

10年前、阪神淡路大震災で被災された方々も。
昨年の台風被害で被災された方々も。
新潟中越地震で被災された方々も。
スマトラ沖地震で被災された方々も。
元の生活を取り戻すためには、
気の遠くなるほどの長い時間がかかるものです。
私たちはこれからも支援活動を続けてまいります。
どうかみなさま、ニュースの扱いが小さくなっても
心のどこかで、ご支援いただけると心強く思います。
災害は自然のチカラですが、
復興は人間のチカラなのですから。

三宅島災害・東京ボランティア支援センター
代表:山崎美貴子
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CD:白土謙二  AD:小塚重信  C:中村禎

もしボクが被災者だったとしたら、何が一番イヤだろう? と考えました。日に日に新聞のニュースの扱いが小さくなっていくことに、心細さを感じるんじゃないか、と思いました。忘れられてしまうことが一番怖いと思ったのです。みんながみんな、被災地を毎日支援することはできないでしょう。でも頭の片隅にでも、まだ復興に汗を流している人たちのことを忘れてほしくない。そんな気持ちで書きました。ボク自身も忘れかけていました。いろんな自然災害が次々と起こり、最近の出来事に目を奪われるけれど、ニュースに取り上げられなくても、まだ復興の途中なんだ、と。

日本をひとりの「身体」だとすると、いろんな場所にケガをしてて、それがまだ全然治っていない。そんな状態だぞと。痛みはだいぶ無くなったけど、傷跡はまだジュクジュクしたままだぞと。

ボディコピーの「災害は自然のチカラですが、復興は人間のチカラなのですから。」の最後の一行はキャッチ案のひとつでした。たくさんキャッチを書いて捨て難いものをボディコピーのアタマや締めに持ってくる。ボディコピーのある一行が心に刺されば、ボディコピーはそれでいい。だからキャッチはたくさん書くのです。

この広告は、日経新聞と電通が企画をして掲載しました。「こんな広告するお金があるなら被災地に送れ」という声を防止するために、その一行を入れてくださいと言われたのです。広告に金を使うことがそんなに意味のないことか? 支援を集めるためにも、もう一度国民に向けて「忘れないで!」と叫ぶことに意味がないというのか?と、ちょっとムッとしました。(ボランティア支援センターの人にムッとしたのではなく、そういうイチャモンを付ける人がいることにムッとしたのです)

もっとムッとしたことは、この広告がコピー年鑑の一次審査で落とされたことです。コピー年鑑に掲載してもらえなかった。ボクはいいコピーだと思っています。だからボクはここに残します。