尊敬すべきサッカーバカたち② BRASIL 2014

アシシ説明 サッカー日本代表を心から愛する男のひとり、村上敦伺さん(通称:アシシさん)。彼がつい先月単身ブラジルを下見して回って来た話を聞く会。水道橋の古いビルの貸会議室に1部2部合わせて270人が参加。『いままでのW杯で、サポーターにとって一番難しい国、一番予測のつかない国、一番危険な国でのW杯です』(世界中で観戦してきたアシシさんが言うんだからけっして脅しなんかではない)だからこそ、すこしでもノウハウを共有してブラジルW杯を思う存分楽しむための注意事項説明会です。チケットのこと、移動のこと、治安のこと。聞きたいことだらけです。その説明会に行ってきました。

●ブラジルの航空会社は頻繁にフライト時間や変更するので要注意。
●ゲートも変るので要注意。
●スーツケースを持っての地下鉄移動は薦めない。タクシーで。
●ホテルによってはWiFiが飛んでないこともある。そんなとき「ホテルWiFi」があれば便利(即、購入しました)
●「スカイプアウト」に登録しておくと便利
●変換プラグは当然だが、日本からタコ足ソケットを持って行く。
●腕時計は安物のデジタルがベスト
●財布は3つ。チンピラに渡す安いビニール財布を持っておく
●ポケットの多いパンツ。隠しポケット付き
●極力夜は歩かない
●複数で行動する
●荷物を多く持たない
●金目のモノを人目につかないように(iPhoneを使っているところを人に見せない)
●ホテル内のスーツケースを留めておく小型リール(ワイヤーロック)を
●レシフェのファベーラ(危険地域)では麻薬がらみで1ヶ月300人死亡している
●街中にもファベーラがある。迷い込まないように。
●虫さされにはキンカン
などなど、ディープな話満載の時間でした。こんな貴重な情報を自腹で仕入れて、安い参加費で多くのサッカーファンにシェアしてくれる。会場を借りて、懇親会まで企画してくれて。これはJFA(日本サッカー協会)やメインスポンサーであるKIRINが本来ならやるべき「行動」なんじゃないかと思いました。せめてこのアシシさんをサポートできないか、と思っていたら・・・。

ブラジルまで高い航空運賃を払って、会社を休んで行く人たちが大勢(ボクもその一人)集まる説明会後の懇親会。そこでの飲み物は何でしょうか? サントリーですか? アサヒですか? いいえ、KIRINでしょ!そこはKIRINでしょ!サッカー日本代表を30年以上サポートして来たKIRINです。サッカー日本代表を応援する日本人たちを応援しなくてどーするんです! というわけで、KIRINさんが動いてくれました。『KIRINサッカー応援部』という名前で一番搾りを差入れしてくれました。ブラジルでの生産が決まったキリン一番搾り10ケース(240本)いただきました!
一番搾り1

コカコーラのトロフィー大使に任命されているアシシさん。KIRINとコカコーラ社は競合するんじゃないか?と心配されていました。でも大丈夫。我らが本田圭祐選手はソフトドリンクはアクエリアスと、アルコールはKIRIN淡麗と契約しています。サッカー日本代表を愛するサポーターを応援する気持ちは一緒でしょ?一番搾りとコカコーラが配られた、みんなが喜んでくれた懇親会になりました。

(アシシさんは「日本代表をサポートする人をサポートしたいんです」と言っていました。これ、まさにKIRINの「サッカー応援部(サポーターをサポートする部隊)」と全く同じ気持ちです)

【お知らせ】その村上敦司さんがテレビ東京のFOOT&BRAINに出演されます。放送は 4月5日(土)です。サッカーファンならすでに連続録画予約されていると思いますが。

 尊敬すべきサッカーバカたち① BRASIL 2014

4才年下のアドバイス

藤巻幸夫さん

1960年生まれだというからボクより4才年下になる。ボクが高校1年のときの中学1年生。ボクが大学1年のときの高校1年生。大学4年のときの大学1年生だ。藤巻幸夫という人を最初に知ったのはNHKの番組だった。伊勢丹のカリスマバイヤーから福助の社長に就任し、そこをどんどん生き返らせて行く仕事をしていた。嫌味のないエネルギッシュさを持った人だと感じた。その藤巻幸夫さんが弊社のホールで講演をしてくれるという。これは何としてでも行かねば、と思った。行ってよかった。藤巻さんの元気な口調が耳に残る。子どものように夢中でしゃべる姿。そのあと、藤巻さん著書を2冊読んだ。お会いした人、生で顔を見たことのある人、生で声を聞いた人の書いた文章は、沁みるように身体の中に入ってくる。中学1年生のガキが、高校1年生のボクにアドバイスしてくれる。刺激をくれる。影響を与えてくれる。

藤巻幸夫さんの本を読んで、何ページもノートにメモをした。この本の帯にもある「名刺を捨てろ。自分の名前で行きて行け!」は、ボクもコピーライター養成講座の生徒たちに言っている。「会社の名前で呼ばれるな。フルネームで呼ばれるコピーライターになれ」と言っている。ノートの中から目についた言葉をふたつ、記します。
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■借金してでも『きっかけ』を。
新たな体験をすれば、絶対に心に『きっかけ』が貯まっていく。
何でもいいから、同じことの繰り返しになっている日々からいま一歩抜け出そう。
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■自分はよい出会いに恵まれていないーーーと感じている人にまず問いたい。
あなたは「この人にぜひ会いたい!」と具体的に何人以上思い浮かべられるだろうか。
そうした思いで5年、10年と見つめてきた人が果たして何人いるだろうか。
その人に会えたらこんな話をしたい、と頭の中で何度も想像してきただろうか。
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藤巻幸夫さんは『きっかけ』をくれた。そして、「この人にぜひ会いたい!」というリストのひとりだった。けれどもう、お会いすることはできない。もうお会いすることはできないけれど、藤巻さんの残した言葉はボクの中にずっと残ると思います。ご冥福をお祈りいたします。

人生史上一番ナニナニ

本田さん吊り橋

敬愛する先輩、本田亮さんのfacebookに「人生史上1番怖い吊り橋」という写真がアップされていた。今でも日々「人生史上」を更新していることが「いいな」と思った。本田亮さんの本「僕が電通を辞める日に絶対伝えたかった79の仕事の話」という本の中にもこんな話があった。

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自分の行動範囲を意識的に大きくする。
人間の行動範囲は人間のスケールを図る定規だ。
今まで行った一番遠い所は?一番高い所は?
一番寒かった所は?一番深い所は?

本田亮
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この本を読んで、ここはメモしていた。しかし、甘い! メモしただけで満足していてはダメだ。ちゃんと記録して、それを見ながら更新していかなくては何の意味もない。そのことを著者である本田亮さんのfacebookが教えてくれた。(というか自分で気づいたんだけど)よし、とりあえず項目を書き出そう。そして、定期的に見直そう。

【人生史上一番ナニナニ(行動範囲篇)】2014.3.14の記憶現在

●人生史上一番高い場所ーーーーどこの山だろう・・・門司の戸の上山?500mくらいの?
●人生史上一番深い場所ーーーーシュノーケルしかつけたことないからせいぜい3mくらいか。
●人生史上一番遠い場所ーーーーモロッコ・アガディール(今年ブラジルになる予定)
●人生史上一番暑かった場所ーーーーバリのウブドの寺(今年ブラジルになる予定)
●人生史上一番寒かった場所ーーーーどこだっけ・・・
●人生史上一番怖かった場所ーーーー(今年ブラジルになる予定、じゃイヤだ)
●人生史上一番怖かった吊り橋ーーーー伊豆の海のどこかの吊り橋
●人生史上一番速かった場所ーーーー○○自動車道時速170kmホンダCBR400
●人生史上一番怖かった場所ーーーー○○自動車道時速170kmホンダCBR400

こうしてリストアップしてみると、何も覚えていない情けなさ。。。意識的に更新していかねば。
と同時に、行動範囲以外にも「人生史上一番ナニナニ」シリーズは展開できそうだ。

【人生史上一番ナニナニ(記憶篇)】
●人生史上一番キレイだった夕陽ーーーー
●人生史上一番おいしかった外国で食べたものーーーーフランス・ドーヴィルのスープ・ド・ポワソン
●人生史上一番感動した景色ーーーートドラ渓谷とサハラ砂漠
●人生史上一番大きな何かーーーー
●人生史上一番高い買い物(現金で)ーーーー何だろう・・・。

そうやって項目を考えていて、ふと思う。
●人生史上一番長生きーーーーそれが、「今日」か。そうか、日々更新している記録なんだ。さ、会社、行こか。

追記:コピーライター安藤隆さんのサントリーウーロン茶のコピー「自分史上一番キレイ」もすごく好きなコピーです。「人生史上」と「自分史上」どっちがいいか。「人生史上」のほうがこの場合、年齢を重ねても続ける行為としてふさわしい、と判断しました(そんな大袈裟な話じゃないんだけど)

 

 

 

 

「もう」と「まだ」

なでしこPK

「もう半分しかない」と「まだ半分ある」という考え方。コップに飲み物が半分の状態をどう見るか、という例え話。楽観的か悲観的か、という話なのだが、正直この例え話、どうでもいいと思っていた。どっちだっていいじゃん、と思っていた。ところが、ある本の中のこんな例え話で「ピン!」ときた。それは「お金」についての話。例えば、財布に一万円あった。それが、五千円になった。その時、どう思うか。というか、どう考えるか。
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お金が「これだけしかない」としか思えない人は、
そう思った時点で思考が止まる。
「これだけある」と考えれば、
使い道、計画を考える。知恵が湧く。
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そうだ。楽観的か悲観的かというより、頭を未来に向かって使うか、後悔に時間を使うかなんだ。【例1】サッカーの試合で後半43分。1点取らなければいけない試合。「もう時間がない」と思えば、ただ焦るしかない。「ロスタイムもいれると4分はある」と考えれば、どういう攻撃をするか冷静にプレーできる。【例2】9連休。気づいたらあと3日になってしまった。あっちゃ〜、何もしてないや、と後悔するより、あと3日どう使うかを考える方がいい。

たしかに・・・。要するに、今ある現状を受け入れて、これからできるベストな道を見つけようとすることだな。

「もう」と「まだ」。同じ話なんだけど、例え話の違いで「ピン!」とくるかこないか。うん、やはり、いい例え話はわかりやすいわ。

(写真はなでしこの2014年アルガルベカップ、スウェーデン戦。スウェーデンは引分でも決勝進出。日本は勝たないと決勝には進めない。後半43分。日本はPKを獲得し、キャプテン宮間が決めて勝利。見事決勝進出。決勝は12日夜、ドイツ戦です)

今日が最初の一日

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残された人生の、
今日が最初の一日だと思えば
変われる可能性も
あるんじゃないでしょうかね。

ジョン・カビラさんの言葉
フジテレビ・クールジャパンフットボールにて
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思わずメモしてしまった。サッカー好きで知られているジョン・カビラさん。サッカー番組の中で、「いま心配な日本代表選手」というコーナーでの発言。試合に出れてない選手、チームで調子が上がらない選手についてみんなで話していたときの言葉。

「残された人生の、今日が最初の一日」

今日のような晴れた日。足もとはまだ残雪でぐじゃぐじゃだけど、今日が最初の一日だと思って、行ってきます。

売り手よし 買い手よし 世間よし

長岡理恵さん

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売り手よし 買い手よし 世間よし

三方よし

近江商人の経営理念より
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江戸時代から明治期にわたって活躍した近江国、滋賀県出身の商人、近江商人の言葉。とある本を読んでいて出会った言葉です。(これ、最近読んだ別の本でもこの言葉を書いている人がいた。その本がどれだったか探し中・・・)

売り手、買い手だけが利益を得ることだけでなく、社会全体の利益までを考えるべき、という考え方。売り手、よろこぶ。買い手、よろこぶ。世間も、よろこぶ。自分がいかに得をするか、だけを考えないという教えの言葉です。よく、「WIN・WINの関係」なんていうけど、それじゃ足りないよ、と。「WIN・WIN・WIN、つまりトリプルWINの関係」だと江戸時代の先輩は気づいていた。スゴイです。この考え方は、最近企業が言い始めているCSV(Creating Shared Value)に近い考え方ですよね。Creating Shared Valueって、「ハーバード大学教授のマイケル・ポーター氏が提唱している社会課題の解決と、企業の成長を両立させるという経営コンセプト」ってことらしいですけど、近江商人から言わせれば、「何百年も前からやってますけど?」ですね。恐るべし、近江商人。

①競合プレゼンに勝つ→広告会社、一番よろこぶ。広告主、まあよろこぶ。世の中、まだよろこばない。

②広告賞を獲る→制作者、すごくよろこぶ、広告主、ちょっとよろこぶ。世の中、別にどうでもいい。

③必要なサービス(広告)を考える→買い手、よろこぶ。売り手、よろこぶ。世の中、よろこぶ。

ボクは、近江商人になりたい。③をやる。

 

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【写真注釈】このコラムに合う写真が思いつかなかったので、コピーライター養成講座中村組OBで近江八幡のレタス農家に嫁いだ長岡理恵サンの幸せそうなプロフィール写真を無断で使用させていただきました。レタスなどの野菜でつくった「サラダブーケ」が贈り物によろこばれます。ボクも誕生日に贈っていただき、よろこびました。食べれるし。
https://www.facebook.com/nakamura.tadashi21/posts/530722130345353?stream_ref=10
http://www.nagaokafarm.com/

あなたが死んだら…

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会社のデスク脇に貼ってある言葉です。会社の荷物を整理しなきゃ、と思わせるために貼りました。ずっと貼ってあるのでちょっと効果が薄れてきた感もありますが、もう一度思い直す意味で、ここに紹介します。

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その荷物 あなたが死んだら ただのゴミ。

「捨てる技術」より
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ボクの会社ではしばしば社内で引越があります。そのたびにダンボールに詰めて、行き先を書いて。ある時、友だちのダンボール箱の山を見て思ったことがありました。その彼は大阪から来たCMプランナー、林尚司くん。今までの仕事のVTRやラジオCMのテープなどがたくさんあって、ダンボール箱に囲まれた席でした。「またいつ引越があるかわからんやろ?」ということで、そのダンボール箱をそのまま積んで彼は生活していました。そこでボクはちょっとしたイタズラをしました。そのダンボール箱に尚司冬物」とか尚司古着」とか尚司卒業アルバム」とか、お母さんが家の荷物に書くように太いマジックで書いたのです。すぐボクがやったとバレましたが。で、その時、思ったのです。

もし林尚司クンが事故かなにかで亡くなったら、この荷物は全部家に送られるんだろうな。そうなると家族は全部開けるのかな。全部ビデオとか見るのかな。いくら形見が欲しくても、こんなにたくさんは要らないよな。ご家族はムカつくかもしれないな、と思ったのです。そう、まさに「あなたが死んだらただのゴミ」なんだ、と。

万が一、自分が死んじゃったら、この荷物が家に送られて家族が迷惑しないように、よし、いま捨てておこう。

(名前を出してもいいよ、と林さんが言ってくれたので本名で書きました)

記憶に残る幕の内弁当はない

秋元康

何かの番組で秋元康さんがしゃべっていた言葉を、メモしました。
仕事について、企画についてのインタビューを受けていたときの話です。

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記憶に残る幕の内弁当はない。

秋元康
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何かを企画する時、何かをつくる時、あれもこれもと欲張ると、何の特長も魅力もないものができあがる。と、秋元さんは言っていた。まったく同感です。出張のとき東京駅で買う紀ノ國屋の「プレミアムのり弁当」、2002年日韓ワールドカップ、アルゼンチンvsスウェーデン戦の帰り、仙台駅で買った、ひもを引くと蒸気で温められる「牛タン弁当」、熱海に行く時、踊り子号で食べた「深川あさり飯」。カンタンに思い出せる弁当がある。しかし、思い出せる幕の内弁当はない。広告も同じですね。あれも言いたい、これも言いたい。これも入れて欲しい、あれも入れて欲しいとクライアントは注文する。「ハイわかりました」と文句も言わずその通りにつくるとクライアントは満足する。しかし、そうやってつくられた広告を世の中に出したとき、目立たず、誰にも気づかれずにひっそり消えていく。ああお金のムダ遣い。結局、効果がない。その広告をつくったのは誰だ? スタッフを変えろ! となる。なんだかなぁ。そうならないために、この言葉を教えてあげたい。

40年前の新聞記事

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コピーライターという職業があるなんて夢にも思っていなかった16才の頃。母がある新聞記事を見つけこんなことを言った。ひとり言のようだった。「CMディレクターっちゅう人が自殺したんやってねぇ。資生堂とかの有名なコマーシャルをつくっとった人やったんやねぇ」杉山登志さんの訃報を知らせる記事だった。1973年師走。福岡県北九州市門司区の高校生の家では、テレビコマーシャルといえば小倉魚町銀天街ハラ家具のセールを知らせる3コマCMや、ばってん荒川の博多銘菓「にわかせんべい」などのCMがほとんどで、資生堂やサントリー、TOYOTAといった全国区の商品のCMはたまにしか流れなかった。

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 『リッチでないのにリッチな世界など分かりません。
 ハッピーでないのにハッピーな世界など描けません。
 夢がないのに 夢を売ることなどは……とても……
 嘘をついてもばれるものです』
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将来の職業のことなんて当然何にも考えていなかった高校生、中村禎少年に

「コマーシャルをつくるという仕事があるんだ」

ということと

「それは自殺してしまうほど真剣に悩むタイヘンな仕事なんだ」

という記憶だけはしっかりと刻まれました。
その記事のことを今でも憶えているというのも、
なにかの縁だったのかもしれません。
ただ「伝わる広告をつくりたい」と純粋に悩んだ、
お会いしたことのない、同じ広告屋の先輩を想う日。

(このブログに自分のプロフィールを書こうとしていて、ふと杉山登志さんの記事のことを思い出し、自分は何才だったのだろうかと調べてみたら1973年12月12日が命日だと知りました。40年前の記憶。合掌)

シュルツさんの手から

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スヌーピー展に行ってきました。「中村はそんなにスヌーピーが好きだったのか?」といわれると、そうでもなかったんですが、今年のぶ厚いモレスキン手帳をスヌーピーバージョンにしたこともあり(とはいえ好きなのはチャーリー・ブラウンのほうなんですが)原画を見たくて行ってきました。こういう展覧会には、いままで出不精だったのですが、行ってみて、やっぱり良かったと思います。自分にいろんなものを見せてやることは大事だと思いました。

ボクが一番見たかったのは「原画」です。どのくらいの大きさで、どんな筆記用具で、どんな紙に描いていたのか。完成品もすばらしいのですが、下書き(下描き)というか、悩んで描いている様子を見たかった。展示の中の映像でシュルツさんがメモ帳にサラサラッとチャーリー・ブラウンを描く様子が映し出されていて、見とれてしまった。ペン先から魔法のようにチャーリー・ブラウンが現れる。この線は世界中でシュルツさんにしか描けない線なんだ。そう思うと、「その人にしか描けないもの」ってすごいなぁと憧れます。

スヌーピー下書き

展示の中に彼の言葉がありました。

「漫画家にとって根本的な問題は、
 いかにしてアイデアを思いつくかどうかなのです。
 チャールズ・シュルツ」

その下に解説がありました。
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シュルツが漫画に取りかかる際には、ウォーミングアップとしてノートに鉛筆でスケッチを描くことがよくありました。ドゥードゥル(いたずら書き)と呼ばれるこうしたスケッチを描くとアイデアがどんどんわいてきたからです。もっとも、完成した漫画がスケッチとかけ離れたものになる場合もありました。シュルツは作品の仕上げにインクで描く細かい作業よりもスケッチの生き生きとした感覚を好み、それらを「おそらく自分で描いたうちでも最高の出来」と呼ぶほどでした。

それにもかかわらず、毎日仕事を終えるときには決まってほかのゴミと一緒に捨ててしまいます。幸運なことに晩年には、彼の秘書がゴミ箱から丸められたスケッチをひそかに取り出して家に持ち帰り、アイロンでしわを伸ばして、後世に残してくれました。
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ゴミ箱から

アイロンかぁ。いい話だなぁ。

人間の小さな手。5本の指。1本のペンと紙。ただそれだけでいろんな「線」が引ける。その線がチャーリー・ブラウンになったり、日本語の言葉になったり。手でできることって無限なんだな。電源もなしで。