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結婚式の時の牧師さんから、今年もハガキが届きました。
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2016年11月22日
結婚記念日(11年・鋼婚式)おめでとうございます。
記念日というのは、その出来事を思い出す日、もう一度その時の心に返る日、その心を元にして一歩前進しようとする日です。結婚式の時の相手への愛と、皆さんへの感謝と、ご自分の感激を思い起こして幸せな家庭にしていってください。神様の御恵みをお祈りします。
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そうですね、毎日が過ぎていく中で「記念日」があることで初心に返れる。「もう一度その時の心に返る日」なんですね。記念日が多い人生のほうが、楽しそう。
「02 メモした言葉」カテゴリーアーカイブ
最も厳しい頭脳作業
『人生の意味の心理学』アドラー
独立記念日

独立を考え始めて、最初にとった行動は、ノートを作ることでした。1冊のノートに独立のためのあれやこれやを書いていこうと思って。何も書かない日もありました。しばらく放ったらかしの時もありました。ある日、これじゃイカンと締切を作ることにしました。期限がないとズルズルするだけです。自分を律するために最初のページに決意表明するのです。それがこれ。2016年8月3日に独立する。なぜ8月3日かというと、中村禎がコピーライターになった記念日だから。1981年8月3日にサン・アドに初出社し、コピーライター中村禎の名刺をいただいた日です。
「ジャングルの中のフェラーリ」というのは、ある雑誌を見ていて心に残っていた言葉です。パソコンが出始めて、まだ「パソコン通信」という言葉があった頃の言葉。「インターネットにつながれていないパソコンは、ジャングルの中のフェラーリのようなものだ」と書いてあったのです。フェラーリはサーキットのような道を走って初めてその価値がわかるもの。どんなに高性能でもエンジンを高回転で回して走らなければただの粗大ごみ。お前もそうなのか?そうじゃないはずだろ?と自分のケツを叩く言葉です。言葉は不思議なもの。書いてみただけで、だんだんそんな気になるのです。電通を退職したのは3月31日付ですが、ボクにとっての独立記念日は、今日です。2016年8月3日、コピーライター中村禎、35周年。初心に戻る日です。
なぜか8月3日


独立を考え始めて、最初にとった行動は、ノートを作ることでした。1冊のノートに独立のためのあれやこれやを書いていこうと思って。何も書かない日もありました。しばらく放ったらかしの時もありました。ある日、これじゃイカンと締切を作ることにしました。期限がないとズルズルするだけです。自分を律するために最初のページに決意表明するのです。それがこれ。2016年8月3日に独立する。なぜ8月3日かというと、中村禎がコピーライターになった記念日だから。1981年8月3日にサン・アドに初出社し、コピーライター中村禎の名刺をいただいた日です。
「ジャングルの中のフェラーリ」というのは、ある雑誌を見ていて心に残っていた言葉です。パソコンが出始めて、まだ「パソコン通信」という言葉があった頃の言葉。「インターネットにつながれていないパソコンは、ジャングルの中のフェラーリのようなものだ」と書いてあったのです。フェラーリはサーキットのような道を走って初めてその価値がわかるもの。どんなに高性能でもエンジンを高回転で回して走らなければただの粗大ごみ。お前もそうなのか?そうじゃないはずだろ?と自分のケツを叩く言葉です。言葉は不思議なもの。書いてみただけで、だんだんそんな気になるのです。2016年8月3日、コピーライター中村禎、35周年。初心に戻る日です。
(偶然にも、このノートを書き始めた日が、2013年8月3日とありました。やはり、僕にとって大事な日です)
「心の手を抜かない人」永六輔さん
永六輔さんを悼む瀬戸内寂聴さんの言葉。
永さんを一口で言えば、誠実な人。
仕事にしても何にしても、心のこもったことをする人。
心の手を抜かない人でした。
そういわれる人になりたいと思います。
「心の手を抜かない人」という言葉に打たれました。
その後、とあるテレビ番組で永さんの追悼をしていました。
そこで永さんの映像が流れていた。
「上を向いて歩こう」の詞について語っていた言葉をメモしました。
涙がこぼれないように
とにかく歩こうという状況が
日本のいろんな環境の中で
繰り返されてきたんじゃないか
日本人ってどこか涙ぐみながら
それでも歯食いしばって進んできた
戦後50年だったんじゃないかなって
気がしますね。
永六輔さんの「大往生」をもう一度引っ張り出して読もうと思います。合掌。
フリーエージェント社会の到来
会社員を辞めて独立する、起業する、と考え始めたとき、いろんな本を読みました。読んでノートを取りました。その中の一冊に『FREE AGENT NATION フリーエージェント社会の到来』という2002年に書かれた本がありました。
著者ダニエル・ピンクさんはこの本の中で、『フリーエージェント』をこう定義しています。
フリーエージェントとは・・・インターネットを使って、自宅でひとりで働き、組織の庇護を受けることなく自分の知恵だけを頼りに、独立していると同時に社会とつながっているビジネスを築き上げた人々のこと。
以下、自分が読んで感じた部分をいくつか忘備録として書き留めておきます。
■フリーエージェントという働き方のメリットは、上司にスケジュールを管理されるのではなく、自分で時間を管理できることにある。ただし、仕事とプライベートの境界線がはっきりしないし、規則正しい生活を送りにくいというデメリットがある。
ーーーダニエル・ピンク
□(←今まではなんとなく言われた通りに働いていたが、これからは自分の意思で働かなければ何も動かないということだ。「自分のリーダーは自分です」という糸井さんの言葉を思い出した。仕事とプライベートの境界線や、規則正しい生活を強く意識しながら自分のスケジュールを決めていかなければいけないんだな。禎)
■フリーエージェントは、完全に「オフ(仕事時間外)の状態になることはほとんどない。24時間営業のコンビニエンスストアと同じように、客がいなくて店が空っぽのときも、店を閉めることがないのだ。
ーーーダニエル・ピンク
□(←えーーーーーっ、それはちょっと厳しいなぁ・・・。最初はせめてエイトエイト(8時から8時まで)とかダメですかね? セブンイレブン(7時から11時まで)も結構ハードですよね。みんなどうしているんだろう? 夜中でも電話に出るのかな。消防署じゃないんだけどな・・・甘いのかなぁ・・・・。でも、相手がフリーだから日曜の夜中に電話しても構わない、というのはどうかなと思います。そもそも仕事でそんな突発事項ってあるだろうか。突発事項やトラブルのないように進めるのが「仕事」なんだから、そういう仕事はうまくいっていない仕事なんだろうな。ま、正直にやっていく、だな。禎)
■第7章:人と人の新しい結びつき
フリーエージェントたちは ひたすら孤独に耐えるのではなく、様々な小規模のグループをつくっている。「フリーエージェント・ネーション・クラブ」は、会員がときどき集まって、お互いにビジネス上のアドバイスをしたり、助け合ったりするグループだ。「フリーエージェント連合」は、フリーエージェントが一緒に仕事をする非公式なチーム。「起業家ネットワーク」は、ミニ起業家が会費を支払って参加するブレインストーミングのための集まり。「同窓会グループ」は、同じ会社の「卒業生」がつくるグループだ。こうしたグループの大半は、会員が自発的に組織した草の根のグループであるため、あまり注目されてこなかった。しかし、このような小規模グループの存在は、アメリカでコミュニティーが崩壊しておリ、フリーエージェントがその傾向を加速しているという主張に疑問を呈するものだ。コミュニティーは死んだわけではない コミュニティーの性格が変わっただけだ。
ーーーダニエル・ピンク
□(←フリーエージェント・ネーション・クラブのようなことは、実は3、4人でやっていた。フリーで働いている年下の先輩たちと何度も質問大会、取材をしていた。うん、それは続けよう。それと、「同じ会社の卒業生がつくるグループ」というのも心強い。独立前に電通OBの方々にもいろいろお話を伺った。これからも情報交換していこう!と話し合ったばかりだ。なーんだ、自然とそうなるもんなのね。でも、こうして書籍に書いてあるってことは、やっぱり正しいことなんだな。禎)
ところで、フリーランス・コピーライターとフリーエージェント・コピーライターの違いは何だ?と聞かれると、正直はっきりわかっていません。ただ、この2016年という時代。インターネットが発達して、街のカフェに電源が整備され、モバイルでデータのやり取りをして、外出先でも映像の確認ができてしまう時代の働き方は、明らかに会社のファックスでコピーを送っていた時代とは変わってきていると思うのです。もちろん、ハート(心意気)の部分は変わってはいませんが。
で、新・中村禎の場合は、ちょっと気取って「フリーエージェント・コピーライター」という言葉を意識的に使っています。それは、ちょっと流行りっぽい、というミーハーな部分もあるのですが、「エージェント」という言葉に「エージェンシー」つまり「会社」という匂いを感じるからなんです。つまり、「個人」なんだけど「会社」としての意識が大事なんじゃないかと感じているからなんです。私に、「中村禎」というカンパニーの社長であるという自覚が必要だということです。社是も決めます。社訓も作ります。就業規則や経営方針、企業理念も決めます。社員教育も厳しくします。なんなら「鬼十則」も作ります。そういう意味で、「エージェント」という言葉がいいと思ったのです。
フリーエージェント・コピーライター 新・中村禎
心が動けば体は動く
NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』を見ていてメモした言葉。リハビリのプロフェッショナル、作業療法士の藤原茂さんの言葉です。
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機能回復しようと思って一生懸命やるときには、
全然機能回復をはかれない。
もう諦めていたのに、やりたいことを一生懸命やっていくと、
気がついてみたら
「おいおいこんなに元気になってるよ」
「今まで杖を突いて歩いていたのが、杖を置き忘れてきた」
というまでになった。
心が動けば体は動くんだということです。
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リハビリのスケジュールをこなすだけでは全然ダメで、
でも好きなことをやらせたら夢中になってやろうとする。
そうしたら、なんと動かなかった身体が動くようになったというのです。
「心が動けば体は動く」
身体は筋肉が動かすんだけど、その筋肉を動かしているのは「心」だった。
そんな藤原茂さんは、東日本大震災で被災した子どもたちの中に、自殺する子どもがいたという事実を知る。そして被災地に子どもたちの集まれる「家」をつくった。今でも被災地岩手県大槌町に(山口県から)通って、現地の子どもたちとの時間を過ごしているという。そんな藤原茂さんの言葉。
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走りながら考える。考えながら走る。
直感的にこうだと思って、とにかく走る。絶えず走る。
計算しない。心のままに動く。やらざるを得ない。
前後見境なくやらないとダメ。
ヘタに計算なんかしてたら
生まれないんじゃないんですかね。
ボクは人のためにやっているという自覚はない。
私がそうやりたい。私が楽しみたい。私が喜びたい。
私がもっと穏やかになって、生きていてうれしいと感じたい。
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「走りながら考える」
「石橋を叩いて渡る」のではなく、「石橋は叩く前に渡る」だ。
(そういえば、あの人も同じことを言っていたなぁ・・・)
そして
「生きていてうれしいと感じたい」
という最後のひと言が刺さりました。
そのために生きていることを忘れかけていました。
いい言葉は勇気をくれます。
人が気づかないかもしれない場所
ときどき思い出したかのように「こんなとき、色鉛筆があったらなぁ・・・」と思うことがあるんです。ちょっと書き物をしていて色をちょちょっと足したいときがある。そんなときのために取っておいた、以前いただいた12色の色鉛筆を引っ張り出してきました。これはサン・アド(私がコピーライターとして育てていただいた会社)のカレンダーとしてつくられたもの。カレンダーとしては使わなかったけれど、けっこう重宝しています。
この色使って、あの色を使って、をしていたら、「アラ、まッ!」。色鉛筆を取り出したあとの、ケースの底になにやら文字が書いてある。そこには12ヶ月の12種類の詩のようなコピーがありました。(いままで何度かこの色鉛筆を使ったのですが、今回初めて気づきました)なかなかいい、その「月」のことを想った言葉が書いてある。はは〜ん、これはきっとアイツのコピーだナ。こういう、人が気づかないかもしれない場所にもこころを配ってモノをつくるって、いいですよね。気づいてくれた人へのサプライズ。やっぱりモノづくりには「丁寧」という言葉が大切なんだよな、と感心させられました。サン・アドからもらった、2006年のカレンダーです。
うまく写真に撮れなかったので、書きます。
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つよい じぶん より よわい じぶん が じぶん ○一月のサン・アド
すき な ひと に すき と いえる こうふく ○二月のサン・アド
ゆめ とか きぼう とか わすれない ために ○三月のサン・アド
さく はな も いい ちる はな も いい ○四月のサン・アド
かぜ に ながされる か かぜ に のる か ○五月のサン・アド
よく わらう よく なく よく ふる ○六月のサン・アド
ねん に いちど しか あわない から ねがう ○七月のサン・アド
あい も へいわ も へいわ で わすれる ○八月のサン・アド
かける みちる くりかえし つき も ひと も ○九月のサン・アド
くも ばかり ながめてる と なみだ は こぼれない ○十月のサン・アド
よる の ながさ に いじめ られたり たすけ られたり ○十一月のサン・アド
しらない だれか の ため に ゆき が ふる ○十二月のサン・アド
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本は、読むだけじゃダメだ。
手書きのBOOK NOTE これをEVERNOTEにも入れていつでも読み返せるようにしています
ボクはあまり本を読まないタイプだと思います。でもそれはイカンと最近(この年齢になって)読むようになりましたから、読むスピードは遅いです。すぐ眠くなります。そんなボクがたまたま出会った本があります。赤羽雄二さんの『ゼロ秒思考』という本です。赤羽雄二さんとは数年前、護国寺の講談社で行われた『ソーシャル・メディア・ウィーク』というセミナーの講演で初めてお話をうかがう機会がありました。その時の講演内容に感銘を受け(その話はまたいつか別の機会に)お名前とお顔をハッキリ記憶していました。
ある日、書店の平積みコーナーに赤羽雄二さんの『ゼロ秒思考』という本を見つけました。「あ、あの赤羽さんだ」と思い、手に取ってページをめくってながめていると、ある一行に目が止まったのです。コピーライターという職業柄、いい言葉には敏感なのかもしれません。で、それは『時間をかければ考えが深まるとは限らない』という一行でした。「時間をかけないといいものはできない」というのは妄想、あるいは錯覚ではないか、と疑ってみる。時間をかければ「会議コスト、人件費(残業代)がかかるだけ」「仕事をした!という気になるだけ」とズバッと斬ってくれていたのです。そうだっ、自分の中でモヤモヤしていたものが霧が晴れて視界がクリアになった瞬間でした。
その本を読み、そのメモをノートにまとめ、なんども見返していたとき、赤羽雄二さんの講座があることを知りました。今日、その講座の第1回目に出席してきました。この赤羽雄二さんの講座はすでに5期目で、いままでの4期までの参加者もフェイスブックの秘密のグループでつながっていて、いまだに盛んな分化会がいくつも行われているそうです。そのつながり、いいですよね。ボクの主宰する『宣伝会議コピーライター養成講座専門コース中村組OB会』と同じ主旨だと思いました。まだ1回めですが、とてもワクワクしています。自分に投資して新しい自分のために新しいヒントを得て、それを習慣になるまで繰り返す。
本で読んだ文章はただの文字です。その「文字」を書いた人が目の前にいて、書いた本人の「声」で、深く話を聞くことができれば(さらに直接質問したりできて)、これ以上身体の中に入ってくる方法はないな、と思いました。またレポートしますが、たぶんガッカリしない、メチャメチャ有意義な講座ではないかと、予感しています。(つづく)
















